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2017年03月03日

「何があっても、続けること」
オペ百戦錬磨の医師が切り拓く、女医が輝ける場所とは。
―順天堂大学産婦人科学講座 教授・北出真理―

「女性医師が少ないからこそ、自分を活かせる道がある」

1991年、医局で1人きりの女性医師として、産婦人科の世界に飛び込んだ北出真理氏。

それから25年後の2016年、腹腔鏡手術を主流とする婦人科領域において、国内トップレベルの症例数を誇る順天堂大学産婦人科学講座・教授の座に彼女は就いた。

決して平たんではなかった道筋。男性優位社会、ハードワーク、熾烈な競争の中で、北出氏はいかに考え、行動し、自分を高めてきたのだろう。

チームはずっと一緒にやってきた「仲間」
共に働けることが、私たちの誇りです

小児科か産婦人科か――。

進路に悩んでいた北出真理氏に決意を固めさせたのは、自身の婦人科受診体験だった。当時大学5年生。月経不順があった彼女は、女性医師に診てもらえる病院を探し続けたという。

「でも、地元に女性医師は皆無でした。仕方なく、男性の先生に診ていただいたのですが、内診は恥ずかしかったですね。

だけどそれ以上に抵抗を感じたのは、女性特有の悩みを伝えることでした。それで『きっと、自分と同じ想いをされている方は多いはず。産婦人科にはもっと女性医師が必要。私が変えて行きたい』と、使命感が湧いたのです」

実は、北出氏の父親は産婦人科の開業医である。だからこそ彼女は、一層強く問題意識を抱いたのかもしれない。心を決め、入局したのは、現在も籍を置く婦人科内視鏡チーム。日本を代表する腹腔鏡手術のエキスパート、武内裕之氏のもとだった。

女性は私を入れて、1人か2人。環境は厳しかったですね。着替える場所もなかったし、女性の意見はなかなか通らない、男性社会でした。

時が経って、ある程度女性の割合が高くなってからも、『大切なことは任せられない』みたいな、時代錯誤の空気は残っていましたしね。産婦人科の世界は結構そんな時代が長かったのです」

だが、腹腔鏡は面白かった。

武内氏は「順天堂式」を呼ばれる婦人科腹腔鏡手術を確立し、同大の内視鏡手術の業績を、国内トップクラスまで高めた立役者である。

その指揮のもと、1996年には年間164件だった腹腔鏡手術件数は、その後10年の間に年間1000件以上に増え、当時の国内最多記録を樹立した。

ハイレベルな現場で北出氏も着々と実践を積み重ね、頭角を現していく。

「91年に入局し、腹腔鏡手術に絡むようになったのは95年あたりからです。腹腔鏡手術は新しく、楽しくてもあったので、手術に参加しない時でもとにかく、武内先生がやることを見ていました。

先生は指導者としても素晴らしく、メンバーそれぞれの能力を引きだし、得意分野を伸ばしてくださいましたし、知識や技術に個人差があった私たちの能力を集結させ、一つのチームとして力を発揮できるよう育て上げてもくれました」

ところが2008年、武内氏は突然の病魔に侵され、49歳の若さでこの世を去ってしまう。

「そこからが大変でした。強力な求心力を失い、チームのモチベーションは急激に下がってしまいました。

私は准教授というメンバーを牽引する立場でしたので、チームを守るため、皆と協力して頑張りました。メンバーは男性も女性も、ずっと一緒にやってきた仲間。チームで共に働けることが、私たちの誇りです

誰もが嫌がるビデオ編集を買って出て
腹腔鏡の基礎をインプットしました

今や腹腔鏡手術の名手として、看板医師の1人となった北出氏のもとには、他院で「腹腔鏡手術は困難」と告げられた症例を始め、大勢の患者がやってくる。

彼女はどのようにして、その技量を磨きあげてきたのだろう。

「腹腔鏡は習得に、大変な時間を要する技術です。モニター画面は2Dで立体的ではないため、距離感がとりづらい上に、長い鉗子を用いて細かい繊細な動作を行うには熟練を要します。不慣れなうちは、切除箇所を普通に縫うだけでもすごく時間がかかったりもします」

そこで順天堂の内視鏡チームの医師たちには、まずカメラを操作する第二助手として100件、次に第一助手として100件の下積みを義務付けられる。その後技術認定医の指導のもとに教育枠として100件の手術を行い、独立した執刀医になることが許されるのはその後だ。

「カメラを通した2D画面の中で目と手を慣らすことは、最高のシミュレーションになり、腹腔鏡手術の基礎が身につきます。これは、順天堂式の伝統的な術者教育で、スパイラルアップシステムと呼ばれています」

ただ、北出氏の場合、そんな用意された鍛錬だけでは満足しなかった。

「武内先生が学会で発表するためのビデオ編集を、積極的に買って出ました。大変な作業なので、やりたがる人は私以外ほとんどいませんでしたが(笑)。

編集作業を行うと、動画を繰り返し何回も見ますよね。一回ではピンとこないことも、いつの間にか自然に身についている事も少なくありませんでした。やっぱり、体に覚えこませるといった右脳へのインプットはすごく重要です。

手術をじっと見ていたこととビデオ編集のお陰で、私はここまで上達できたのかもしれません。あとはやはり、継続することですね

まさに、継続は力なり。それにしても腹腔鏡手術の何が、北出氏をそこまで惹きつけるのか。

「大変な手術もありますが、術後に患者さんがつらい症状から解放されたり、不妊症の人に子どもが産まれたなどと聞くと、本当にうれしくなりますね。

術後生まれたかわいい赤ちゃんを連れてきてくださったり、QOLが改善して仕事やプライベートも順調ですと感謝の気持ちを伝えられると、ここまでやってきて本当によかったと思います」

これぞ婦人科の醍醐味。最近も、心を打たれた出来事があった。

「5~6年前に50個近い筋腫を切除し、手術から1年もしないうちに妊娠できて、帝王切開で無事赤ちゃんが生まれた患者さんがいました。

その後も、定期的に通っていただいていたのですが、筋腫の再発もなく、閉経も間近ということで、『これで通院は終了にしましょう、もう大丈夫ですよ』とお伝えしたのです。

そうしたら、『今まで本当にありがとうございました。先生のおかげで、人生が変わりました』って泣きながらお礼を言われたので、驚きましたね。クールな雰囲気の方で、そんなふうに言われると想像していなかったので、とても感激しました」

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内科・外科・救急すべての要素がある。
最高にやりがいを感じてきました

2016年、北出氏は女性では初となる、同大産科婦人科学講座の教授に就任した。

気が付けば今は、20~30代の若手メンバーの7割、医局員全体でも5割を占めるほど、女性医師の割合は増えていた。かつて北出氏が「変えたい」と感じた、産婦人科の姿に変化はあったのだろうか。

「女性が増えた分、女性の意見は以前より通りやすくなり、昔とは比較できない程働きやすくなってきたと思います。

とてもいい傾向ですが、これ以上女性医師の割合が増えると出産育児中のフォローが難しくなる可能性もあり、今くらいがちょうどいいと思います。。女性医師が増えた分、受診する患者さんの羞恥心もかなり解消された事でしょう。

従来産婦人科は深夜のお産や救急が多く、女性医師が続けて行くのは大変と言われていましたが、私はむしろ、女性医師が活躍しやすい科だと思っています。脳外科や心臓外科と比べて、一つ一つの手術時間は2~3時間と短いので、体力差でデメリットを感じることはほとんどありませんしね。

若いうちは当直も多いですが、年齢が上がるにつれて当直もなくなり、ワークライフバランスもとりやすくなります。

いつ妊娠・出産したらいいかという女性医師特有の悩みは昔も今も変わりませんが、それはどの診療科でも一緒。

私は子どもがいないので、これまでなんの問題もなく、仕事を続けてこられましたが、やはり、出産・育児を経て復帰し、働き続けるのは大変ですよね。

近年、キャリアを中断することなく働き続ける人が徐々に増えて来ています。この流れを絶やしてはいけないと思いますね」

管理職となり、より主体的に改善して行ける立場で感じている課題もある。

「一番難しいのは、妊娠・育児中の医師と他の医師のバランスをどうとるかです。育児中の人は、限られた短い勤務時間のなかで集中して、休む暇もなく働いて、家に帰ったら今度は家事と育児をこなして、本当に大変だと思います。

でもそれで特別扱いし過ぎると、今度は当直を引き受けている他の医師たちが疲弊してしまうので、バランスが非常に重要です。私としては、子育て中のお母さんに肩入れしてあげたい気持ちは強いのですが、あからさまにすると周りからの文句がでる可能性も高く難しいのが現状です。

今後は、バランスのとれたルール作りが必要になるでしょう。

託児所等の環境整備をはじめ、フレックスタイム制など家庭環境に応じた勤務体系のバリエーションを増やすことも重要な課題だと思います。

また育休中でも手術手技を維持できるような教育システムの整備など、出産後の復帰をサポートする体制もつくっていくべきだと考えています」

後輩の女性医師たちに期待するのは、とにかく仕事を継続することだと語る。

「今多いのが、復帰するとしても、外来だけのクリニックや、検診のアルバイトとかに甘んじて手術や分娩から離れてしまうケースですね。

それも1つの人生かもしれませんが、やっぱり、専門医の資格を取得したり研究で成果を出すなど、キャリアを継続してもらいたいです。

たとえブランクが空いたとしても、やる気さえあれば可能だと思います。だってもったいないじゃないですか、せっかく医師になったのに。続けたいと思う人が続けて行けるよう、サポートしていきたいですね。

この頃は、育児中の女性医師でも、周囲の人たちに支えてもらっていることを自覚して、家でできそうなことは買って出るなど、ギブアンドテイクの関係が成立するように気遣いできる人が増えてきたと感じています。とてもいい傾向だと思います」

北出氏自身、これまで仕事を継続できたのは、何より、産婦人科にやりがいを感じてきたからだ。

「内科系・外科系・救急のすべての要素がある産婦人科は、こんなに長くやっていてもまったく飽きません(笑)。特に腹腔鏡手術は最高にやりがいがありますね。

今は中高生の女性アスリートのサポートにも取り組んでいるのですがそれがまた楽しくて、スポーツに打ち込む選手たちを何とかしてサポートしたいと常に感じています。

産婦人科は、幼少期から老年期までを通して、女性の一生に寄り添える素晴らしい仕事です。産婦人科ほど診療内容が幅広く、魅力的な科はありません」

北出真理(きたで・まり)先生

 

1991年に順天堂大学医学部卒業後、同大学医学部附属順天堂医院産婦人科に入局。2000年に外来医長、2007年に准教授、2016年には教授に就任。日本産婦人科学会専門医、産婦人科内視鏡技術認定医、日本生殖医学会生殖医療指導医。現在までに4,000例以上の腹腔鏡手術を行い、年間手術件数は300例以上に及ぶ。書籍『医者に聞けないことまでわかる子宮筋腫』(主婦と生活社)監修の仕事にも携わる。

文/木原洋美

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