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2016年01月13日

将来の妊娠のために準備しておく、
未受精卵凍結の可能性とは?

2012年にNHKクローズアップ現代で放送された『産みたいのに産めない~卵子の老化の衝撃~』をはじめ、メディアで多く取り上げられたことで「卵子」への意識が少しずつ変わり始めている。外見は若々しくても、妊娠の可能性を左右する卵子は確実に年老いていく。しかし、妊娠適齢期とされる20代から30代前半にかけては、仕事がおもしろくなってくるとき。女性医師たちにとっては、研修が終わり専門医を取るために必死に勉強し、現場でのスキルを磨かなくてはいけない時期でもある。30代半ばを過ぎてそろそろ子どもでも思ったとき、卵子の老化が原因で妊娠のチャンスを逃してしまうのは、あまりに残念なこと――。

 卵子の老化の対策のひとつとして考えられるのが「未受精卵凍結」。以前から、がん治療などによる「医学的理由」での未受精卵凍結は認められていたが、健康な女性が将来を見据えて卵子を保存しておく「社会的理由」での凍結も近年可能になった。2015年2月に発表された日本産婦人科学会の見解は、「妊娠率の低さ」や「妊娠の先送りにつながる」などの理由から「社会的理由」での未受精卵凍結は奨励しないが、医師と患者との合意のもとで行うことは禁止しないとしている。同じタイミングで、千葉県浦安市が順天堂大学浦安病院とのプロジェクトで未受精卵凍結に助成金を出すと発表し、大きな話題となった。

パートナーがいなくても
卵子を保存しておくべき?

では、未受精卵凍結した場合、妊娠率はどれくらいなのか。2012年の日本産婦人科学会の報告によると凍結した未受精卵を移植した68例のうち妊娠したのはわずか8例。妊娠率の低さが最大のネックとなっている。そんななか東京・世田谷の『杉山産婦人科』は、2015年2月より未受精卵の凍結保存をスタートした。不妊治療において高い実績を持つ、当病院の生殖医療科・金山昌代医師に、未受精卵凍結の実施から約1年が経過した現状をうかがってみた。

 ――未受精卵凍結をはじめた理由について教えてください。

金山先生(以下同)
不妊治療で当院に来られる方は30代後半の方が多く「仕事に夢中で気づいたらこの年齢だった」と思われる方が少なくありません。働く女性たちが仕事をしながら妊娠、出産するタイミングを見つけにくいなか、未受精卵凍結によって、妊娠の可能性が少しでも広がればという思いでスタートさせました。 

■杉山産婦人科における未受精卵凍結保存に関する決まりごと(一部抜粋)

・採卵する年齢は満40歳の誕生日まで。
・未受精卵の預かり(使用)は満45歳の誕生日まで。
・保存は採卵日より1年契約(延長の際には費用が必要)。

 

――現時点でどれくらいの人数の方が凍結されたのですか?

うちは世田谷と丸の内の2か所に病院があるのですが、2016年1月現在で世田谷が42件、丸の内が23件、合計で70件近くの方が凍結されました。2015年2月に告知してから実質的には3月末から患者さんが来院され、毎月数件の凍結実績があります。ただし、凍結した未受精卵を融解した例はまだありません。

――未受精卵凍結のメリットを教えてください。

一番は将来に備えて、できるだけ若い年齢で卵子を備蓄できる点です。卵子は年齢による影響が大きく、加齢とともに「数と質」が変化します。数に関していうと、卵子を育む原始卵胞は、出生時には約200万個が卵巣に存在しますが、排卵が起こる思春期の頃には20~30万個ほどまで減少し、月経ごとに少なくなります。37歳を過ぎると急激に減り、1000個をきると閉経します。そして、妊娠率を下げるもうひとつの原因が加齢などによる「卵子の質の低下」です。質が悪くなると受精や着床がしにくくなります。ですから将来の妊娠に備えて未受精卵凍結をすることは、妊娠・出産の可能性を広げる選択肢となるわけです。

 ――反対に大きなデメリットとは?

凍結した卵子を融解する際、未受精卵は受精卵に比べて生存率が低いのがデメリットのひとつです。各報告によると融解後の卵子の生存率は30~60%(受精卵凍結の場合は99%以上)。加えて妊娠率も低く40歳で良好な受精卵を子宮に戻した場合10%以下(受精卵凍結の場合は15~20%)になります。当院では子宮に戻す年齢が45歳の誕生日までですが、ギリギリ45歳で受精卵を移植して妊娠した場合、高齢出産のリスクの可能性が高まってしまいます。さらに、高額な料金も患者さんにとって大きな負担になります。当院では、採卵代が20万円、卵子凍結が容器1本(最大で2個の卵子凍結が可能)につき5万円ですので10個の卵子が採れたら25万円。他に排卵誘発剤や検査代などがかかってきます。さらに1年ごとに延長料金がかかり卵子10個だと毎年25万円が必要となってしまいます。

 ――採卵から凍結まではどんな流れになりますか?

基本的には体外受精の採卵と同じです。生理3日目ごろに来ていただき血液検査でホルモン値を見ながら、排卵誘発剤を使用して排卵のタイミングに合わせて採卵します。誘発剤を使わずに自然排卵で採卵する場合もあります。お仕事をお持ちの方は、朝8時半に採卵し9時には病院を出て会社に向かったり、採卵日が休日になるように多少調整したりなど、苦労しながらも両立されています。凍結する未受精卵の数は年齢による差が大きいですが、できれば10個以上が目安。一度に多く採れる方もいれば、1回に1~2個しか採れない方もいらっしゃいます。少ない方は採卵を何回か繰り返し、ストックしてきます。採卵後は成熟卵のみを院内の専用ルームで凍結し保存しています。

 ――どういう方が凍結されているのですか?

凍結をする理由はさまざまですが20代のお嬢さんがお母さまと一緒にいらしたケースがありました。お嬢さんが長期間海外に行かれるため、将来のことを考え「できるだけ若い時期に」と未受精卵を凍結されました。卵子がどれくらい残っているかの目安となるAMH値が低いと知り、来院される方もいらっしゃいます。他にも、採卵できる年齢制限の40歳誕生日のギリギリにお越しになる方や、結婚予定のパートナーがいる方でも「今は出産のタイミングではないが、卵子の老化が心配」と来院される方もいらっしゃいます。その方には精子と受精させ受精卵にして凍結したほうが融解後の生存率が高いので、受精卵での凍結をおすすめしました。

 ――未受精卵凍結の今後についてどう思われますか?

現状ですと未受精卵凍結例が少なく、妊娠、出産率のデータが多く集まっていないので、少子化対策に有効かどうかは未知数です。とかく今は、妊娠率が低い、高齢出産を助長する、料金が高いといったデメリットが強調される傾向ですが、妊娠を望む女性の選択肢として未受精卵凍結の存在意義はあると思います。卵子の年齢が重要視される中で、1か月でも1年でも若い卵子を残しておくことのメリットが生かされるケースもあるかと思います。それぞれの方にとってベストの形を一緒に考えていくのが私たち医師の役目だと思っています。

joy.netパートナーの女性医師に聞いてみた。
未受精卵子凍結についてどう思いますか?

joy.netパートナーの先生方に、専門家として、女性として、未受精卵凍結について率直な意見をうかがってみた。「社会的理由」での未受精凍結を行うことについて、賛成か反対か。結果は6割以上の先生が賛成。とはいえ「安全性が確立されていれば」といった慎重論も少なくない。


(joy.net調べ)

 賛成派

賛成意見の中には、どうやっても食い止めることができない「卵子の老化」の対策として、未受精卵凍結がひとつの手段、という考えが多かった。

「女性が社会で活躍するためには出産年齢の高齢化は避けられない。働くことによって妊娠機会を失うのは気の毒なので、希望者は卵子を凍結してもよいと思う。しかし高齢出産になるとリスクが高くなることは重々説明すべき」(内科)

 

「加齢による卵子の劣化は防ぐことが不可能で、将来的に妊娠を希望する人のベネフィットとリスクのバランスが取れていれば問題ないと思う」(総合診療科、内科)

 

「リスクや費用やその他諸々を理解した上でそれでもいつか出産したいという希望があるのであれば、できることは全部やった方が悔いがないと思います」(麻酔科)

 

「卵巣機能は不可逆的に低下するため得策だと思う。とくにお世継ぎの問題で切迫感のある人にとっては選択肢のひとつ」(一般内科)

 

「産む時期のリミットが解除されて女性の生き方の選択肢が広がる。日本の人口減少に少しでも歯止めをかけることができるかもしれない」(皮膚科)

 

「どうがんばっても卵子は老化してしまう。タイミングよく産むことは医師のキャリア形成上とても難しいと痛感したから。自分も20代の凍結卵があれば使いたい」(小児科)

 

「個々の状況が錯綜する現代においては、さまざまな方法、価値観があって然るべき。晩婚化が進み、女性の社会進出が進むなか、高齢出産となる確率は右肩上がり。高齢出産を支援する環境が整わなければ少子化はさらに進むと思う」(内科)

 医療現場で放射線リスクと向き合っている女性医師の切実な意見も……。

「放射線業務がある身としては、常に卵子が減るんじゃないかという恐怖と戦っています。だから、どうしても放射線業務は男性に任せがちになってしまう。それでも100%避けることはできないので未受精卵凍結がひとつの逃げ道というか、手段があるのは気持ちの上でも救いです」(消化器内科)

反対派

 反対と答えた理由は「自然の流れに反する」「倫理的に賛成できない」といったコメントのほか、「高齢妊娠は卵子が若いだけでは難しい」という専門家としての意見が目立った。現実を見据えた冷静なアドバイスとして受け止めておきたい。

「卵凍結できるからと安心して、妊娠出産が後回しになる。卵があっても着床率は加齢で下がり、確実に妊娠できる保証もない。さらに育児には体力が必要。大事なのは、卵凍結ではなく働きながら妊娠出産できる環境や職場の理解」(小児科)

 

「医療技術の発展は受け入れるが、子供を授かるということは、人為的に操作されるべきでないと考えるから」(産婦人科)

 

「凍結した卵子が必ずしも無傷とは言いがたく、それでも子供を望むのは、ただのエゴでしかないと思うので」(循環器内科)

 

「妊娠のタイミングを逃したのは運命なのでは……」(放射線科)

 まだまだ賛否両論が飛び交う未受精卵凍結の問題。紆余曲折を繰り返しながら、近い将来妊娠を望む女性たちにとって幸せな選択肢になることを願いたい。

 joy.netでは随時アンケートを実施し女性医師の生の声を募集しております。多くのエピソードを集め記事に反映したいと思っておりますので、パートナー登録をお待ちしております。


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