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2016年01月29日

医局、開業、そして行き着いた新たなステージ
共働き育児で描く小児科・S先生のワークライフ

医師としての1つの大きな決断である開業。でも、出産や育児という女性のライフイベントを考えた際には、何かと不安もつきまとうもの。そこで今回は、大阪府内で小児科クリニックを開業しながら、2歳の女の子の子育てにも奮闘するS先生のワークライフについてお話を伺いました。

S先生
関西地方の大学医学部卒業。小児科学教室入局後、大学病院並びに関連病院に勤務。2006年に医局人事を抜けた後は、一般病院、クリニックの常勤医・非常勤医として勤務。2010年に北摂地域に小児科クリニックを継承開業。エンジニアの夫、2歳の長女との3人暮らし。

ご主人が取得してくれた2時間の時短勤務

小児科クリニック院長と2歳のお嬢さんの育児との両立――。S先生の毎日は、ご主人との二人三脚なしには成り立たない。「開業していると、やはり24時間365日仕事がついてまわります。非常勤の先生にもお手伝いいただいていますが、どうしても穴があいてしまうこともありますから。主人も朝1時間、夜1時間の2時間の時短を取得してくれています」という育児フォーメーション。朝食の準備は先生、片付けはご主人、保育園送迎は二人で分担、お風呂は先生、お風呂後のケアはご主人、診察のある土曜午前は丸々ご主人という役割分担。状況に応じて臨機応変にカバーし合いながら、二人三脚でチーム力を日々高めている。

サラリーマンのご主人が2時間の時短勤務というまだまだレアなケース。どんな経緯があったのか聞いてみたところ「主人の時短勤務は、特に私からお願いしたわけでも、何か夫婦で話し合いをしたわけでもないんです。院長をしながら1月に娘を出産し、2月から少しずつ仕事復帰し4月から本格復帰。幸い娘は、夜も比較的寝てくれる子でそれほど手はかからなかったのですが、やはり早めの職場復帰はしんどいことも多くて……。そんな話もしていたからか主人のほうから申し出てくれたんです。」とのこと。「“朝の準備とか1人で全部するのは大変なんじゃない?”と時短をとってくれたのですが、朝の子どもの世話は特に主人が率先してくれているわけではありません(笑)」と軽い不満を漏らしながらも、「夫を会社に送り出すために慌てて準備をする必要がないだけでも随分助かります。朝食の片付けをしてくれるだけでもありがたいことです」と感謝の言葉も忘れない。

「仕事の疲れで家事をこなしきれないことも多いし、多忙な分、他業種に比べて収入も多く、いわゆる“男性を支えるいい奥さん”とは言えない私ですが、主人は変に卑屈になったり、上に立とうとするタイプの人ではありません。“それは最初から分かっていたこと”と穏やかにやり過ごせる人」との評。取材中もあれこれ小さな微笑ましい愚痴を交えつつも、「でもこうして話してみると割と偉いですね、うちの夫。普段忙しくしていると、“もう!”とイライラしてしまうこともありますが(笑)」との気付きも。「仕事オンリーでなく、家族の生活が持てるようにしてくれているのはありがたいことですね」と感謝の念を深めていた。

過酷な医局での研鑽の日々を経て
思いがけず訪れた転機

今でこそ院長を務めているとはいえ、もともとは開業を全く考えていなかったというS先生。大学卒業後、小児循環器の経験を積む中で、一般の小児科も幅広く対応できるようになりたいと医局で研鑽を積んできた。「それ相応にハードな勤務環境でやってきたとの自負はあります。循環器は急変も多いので、帰りも遅いし呼び出しも多い。当時は大学病院も主治医制でしたからね。ハードな時は、月に10回当直ということもありました。もちろん当直後も勤務です」。過酷な環境ではあったものの、「若いうちでないと疑問も質問も許されないから、とにかく経験値を積もう」と思っていたという。6年の研鑽の後に医局人事からは外れる決断を下したが、それは「キャリアも積みたいけど、生活も大切にしたいと、一番どうすればいいのか迷っている時期で行った決断でした」と振り返る。「今では、大学もチーム主治医制や複数主治医制など生活との両立がしやすい制度が整ってきつつありますよね。それは、ドクターの働きやすさだけでなく患者さんにとっても良いこと。複数の目が入ることでより精度の高い治療ができますから。ただ、私が医局にいるころはまだまだそんな制度もなく、医局にいても悩みは大きくなるばかりでした」。

 その後、一般病院やクリニックで勤務をしていたS先生。転機が訪れたのは、勤務していた小児科クリニックの院長が体調を崩されたときだった。「院長先生に継承を申し出ました。それまで開業を考えたことは全くありませんでしたが、開業医の裁量の大きさも魅力に感じましたし、せっかくのチャンスなのでやってみてもいいのかなと思ったんです」。ご主人からも「やってみたらいいんじゃない?」との言葉。「普通、妻が開業するとなると懸念もあげると思うんですけどね(笑)。拍子抜けするほどあっさりとした反応でした。でも、それで逆に決心がついた気がします」と振り返る。

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小さな軌道修正を積み重ねて描く
仕事と子育てのベストバランス

仕事と生活と子育て。どれも大切にしたいというS先生。「医師として誇りを持って働いていきたいけど、子どもに寄り添うことも疎かにしたくないと思っています。二律背反といえばそうなのかもしれませんが、私はキャリアに振り切ることも、子育てに振り切ることもできない。中庸なベストバランスを模索しているからこそ、悩みも大きくなるのかもしれません。子どもに寂しい思いをさせてしまったなとか、今日は子どもと一緒にあまり遊んであげられなかったなとか、主人に当たってしまったなとか、日々反省点はたくさん。でも、1つ1つ小さな軌道修正を加えながら少しずつ前に進んでいくしかないんですよね。その小さな前進が私なりのベストバランスに繋がっていくはずと信じています」。

これからはお子さんも食事や着替えのケアだけでなく、話を聞いたりおしゃべりに付き合うといった内面的なサポートが必要になっていく。そんなときにも仕事に追われ過ぎている自分にならないようにしたい。そんなふうに考えた結果、また1つ大きな転機を迎えたS先生。「実はクリニックを閉め、産婦人科病院の小児科医として週4回の時短勤務をすることになりました。周産期に関わりたいとの思いが強くなったことに加え、今後より内面的なサポートが重要になる子どもと十分な関わりを持つことが今の私たちには必要と思い至ったのです。ちょうど良いお話をいただいたことに加え、方向転換をするなら今の年齢が最後のチャンスと思い決断をしました」。一歩一歩、そのときのときのベストを考え、ワークライフを模索してきたS先生。駆け抜けることも、スローペースになることもありながら、その歩みだけは止めてこなかったからこそ、また1つ新しい“自分なりのスタイル”に行きついたのかもしれない。

最後に今だからこそ思う“第一子の産みどき”について聞いてみた。「私は30代後半で産んでいるので、もう少し早く産めばよかったなとの思いはあります。ただ、若い時期に医師としての研鑽に没頭できたのは何物にも代えがたい経験だったと思っています。若手医師で周りが手をかけて教えてくださる時期、何を聞いても恥ずかしくない様々な吸収ができる時期。そういう若い時期にしか許されない特権で経験値を高めていけましたから。仮に若い時期に何らかの事情でキャリアに分断があったら、その後の立ち上がりに苦労があったのかもしれないと思います。何でも聞ける年齢でも医歴でもなくなってしまっていますからね。私の場合は、必死に研鑽を積んだ時期の経験値の貯金があったからこそ、今の別種類の大変さも何とか乗り越えられているのではないかと思います。産み時としていつがベストかはあくまで結果論。ただ、若手医師としての特権を生かしてある程度の一人前になってからが良いのかもしれませんね。あくまで今だからこそ言えることですが…」との答え。

 「女性医師の中には、お子さんも複数いる中でバリバリ大学の最前線で活躍されている尊敬すべき先生もいらっしゃいます。でも、私は仕事も生活もどちらも大切にした程よいバランスはどこにあるのかを模索しているタイプ。医局人事を辞めたころが一番悩みも迷いも大きかったけど、今はなんとか“これが私のスタイル”といえるものが見えてきた。悩みながらペースダウンする時期があっても、歩みだけは止めないようにしてきたんじゃないかと思います。バリバリじゃないこんなロールモデルもあると思ってもらえれば…」と謙遜されたS先生。仕事や生活どちらかに振り切るのでなく、最適なバランスを模索するほうが実は難しい。でも、それを可能にするのは1つ1つ小さな軌道修正を積み重ねていくことに他ならない。常に“現在進行形”のS先生の姿から、そんなことを実感させられた。

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