8cb44c33 433a 4c2b b1db 81286f251749医療トピックス
2016年03月07日

宙先案内人・高橋真理子さんが届ける
「病院がプラネタリウム」。
星空を見上げる機会のない、
難病の子供、おとなにこそ星空を。

長期入院の患者さん、そのご家族、医療スタッフの方々に病院で星空を上映する「病院がプラネタリウム」。その活動を主宰する高橋真理子さんに取材しました。

宙先案内人・高橋真理子さん

1970年生まれ。北海道大学理学部卒業後、名古屋大学大学院宇宙理学を専攻しオーロラの研究に携わる。多大な影響を受けた写真家・星野道夫氏の訃報を受け、いつかミュージアムを作るという夢を思い出し、1997年に山梨県立科学館準備室に入り翌年には天文を担当。2013年に独立し『星空工房アルリシャ』を設立。「病院がプラネタリウム」を始め、宇宙に関連した企画、イベントを開催。山梨県立大、日大芸術学部、帝京科学大学などで非常勤講師も務める。

星空工房アルリシャ代表、宙先案内人こと高橋真理子さんは、元山梨県立科学館の名物学芸員。天文担当として、プラネタリウムの番組制作やワークショップなど、これまでのプラネタリウムの発想を超えた斬新な企画で、星と人、人と人をつないできました。平原綾香さんが歌い、全国的に知られるようになった「星つむぎの歌」プロジェクトもそのひとつ。

 2001年頃から、いつか病院でプラネタリウムができたらと考えていた高橋さん。「長期入院などで本物の星を見ることができない患者さんたちに宇宙を少しでも感じて欲しい。無限に広がる宇宙と私たちがつながっていると実感することで、少しでも肩の力が抜けて、大らかな気持ちになってもらえたら……と」。

彼女の夢は次第に現実となっていきます。2013年4月に独立し『星空工房アルリシャ』を立ち上げ、2014年からは、病院や施設に星空を届ける「病院がプラネタリウム」を主な活動として力を入れていきます。「移動式プラネタリウムの上映場所を探していた時に、山梨大学医学部附属病院の先生が天文好きでいらして、“うちの病院で上映するのはどうですか”と言ってくださった。そこで具体的な一歩が踏み出せたんです」。さらに活動を継続していくため、支援者を募るクラウドファンディングもスタートさせます。

患者さんの顔ぶれや病状に合わせて
語り口、内容を変えていく

 高橋さんが「病院がプラネタリウム」を定期的に開催している場所のひとつが、独立行政法人国立病院機構甲府病院。こちらには重症心身障がい児(者)病棟があり、約120名の患者さんが「生活」しています。

高橋さんは病院に到着すると、普通車の荷台にすっぽりと収まったコンパクトな機材を院内に搬入し準備を始めます。ボランティアスタッフと大型扇風機で空気を送り込み、あっという間に簡易式のドームが完成。



プロジェクターを設置しセッティングが整うと保育士さんとともに、ストレッチャーや車椅子ごと重心(重症心身障がい)の子供たちがドームの中に入っていきます。

そして、いよいよ上映会がスタート。「街のあかりを消すと……」という高橋さんの語りとともに、暗闇に包まれたドームの中に満天の星が一面に浮かび上がり、甲府病院の上空に実際に広がる山梨の星空が映し出されます。今回が初めての体験となる男の子は、驚いたのか、泣き出してしまいました。保育士さんに抱きかかえられながらも、なかなか落ち着かない様子。ところが、地球を飛び出し、赤い大地の火星へやってくると、笑い声が自然とこぼれます。「楽しくなってきた?」と高橋さん。その時々の状況や顔ぶれ、患者さんの体調に合わせて、ナレーションや時間を無理なく調整しながら進むのが「病院でプラネタリウム」の魅力。自分たちの住む街の空から始まり、地球、太陽系、銀河、宇宙……、そしてまた自分たちの街の空へと戻っていき、天体の世界が身近に感じられます。


 約20分間の上映会が終わると、付き添いのご家族、看護師さん、ドクターたちの表情も和らいで見えます。「患者さんと二人三脚で病と闘う周囲の人たちにとっても、宇宙を旅する時間が癒しとなっていたらうれしいですね」と高橋さんは言います。

プラネタリウムの光、音、空間が
患者さんの感性に届くことを祈って

「病院が“生活の場”である重心(重症心身障がい)の患者さんには、星空体験があまりありません。NICU(新生児特定集中治療室)からそのまま入院され、自宅で過ごしたことのない患者さんの中には、一度も星空を見たことのない方もいらっしゃるかもしれません」と、甲府病院の療育指導室の主任保育士である片桐有佳さん。いまでは2ヶ月に1度のプラネタリウムを心待ちにしている人も少なくないと言います。「重心の患者さんは、刺激がないとすぐに眠ってしまう傾向にありますが、プラネタリウムの間ずっと起きていられたり、からだのチカラが抜けてリラックスしていたりといった変化が見られます。また、普段は指しゃぶりが激しいにもかかわらず、プラネタリウムを見ている間とその後は指しゃぶりしなくなったという方もいらっしゃいます。プラネタリウムという閉ざされた空間で、刺激が限定的であることが、重心の患者さんにとってプラスの効果をもたらしていると考えています」。甲府病院では来年度も継続して「病院がプラネタリウム」を開催していく予定です。

ハードルは多いけれど
応援してくれる人たちの声を力に

甲府病院のように院内プラネタリウムにプラス効果を実感してもらえる所もあれば、すぐには受け入れてもらえない病院があるのも現実です。「閉ざされた空間に患者さんを入れるのは危険、急変が起きた時にすぐに対処できるか不安、といった理由で実現できないことも多々あります。私が使用しているプラネタリウムのドームは風船のように空気で膨らんでいるだけの簡易式。何かあった時はすぐに出られるような体制は整えてあります」と高橋さん。

 そんな彼女の活動にエールを送る医師のひとりが大阪大学医学部附属病院の小児科医・宮村能子先生です。「星に詳しいわけではないのですが星空を見るのは昔からだ大好きでした。……かといって日常的に寝転がって星をゆっくり見るような時間もないので、自分自身がまず”病院がプラネタリウム”という企画に魅了されました。毎日病院のベッドでがんばっている子供たちに、子供たちと一緒にどうしても星空を見たいと切望して、昨年来ていただきました。子供たちは大喜びで、さらに付き添いのお母さんたち、スタッフにまですてきな星空と語りをプレゼントしていただきました。すてきな時間、流れ星のようにあっという間の時間でした。このような取り組みを始めようと思われたこと、こつこつと全国をまわっておられる取り組み、本当にすばらしいと思います。これからもよろしくお願いします」と宮村先生。

ひとりでも多くの人たちに星空を―――

「普段星空を見上げることのない人たちにこそ届けたい」という思いから始まった「病院がプラネタリウム」ですが、高橋さんの胸には後悔がひとつ。「星空を見たい」という14歳の少年のたっての希望で病院側から依頼を受けた高橋さん。訪れる予定だった2日前に容体が急変し、プラネタリウムを見るのが無理になってしまい、それからまもなく少年は宇宙へと旅立ってしまいました。「もっと早くに何がなんでもいけばよかった―――」。この思いは、ひとりでも多くの人たちに星空を届けるという使命へと、高橋さんを一層駆り立てます。

 「私たちのからだは星から生まれて、また星へ帰っていきます」。高橋さんの語りとともに星空を見上げて、宇宙という存在の大きさを、そして私たちもまた宇宙の営みの一部であることに思いをはせるひととき。あなたの病院でも高橋さんと一緒に星空を見上げてみませんか?

■文 今村美都


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