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2016年04月08日

自分の興味に従うだけの外科医じゃ先細りになる
育児と専門医取得、そして地域への貢献――
松本協立病院・冨田礼花先生の飽くなきチャレンジ

女性医師が増えてきたとはいえ、まだまだ少ないのが女性外科医。長時間オペも多いハードな勤務環境で、ワークライフの両立は困難を極めます。そんな中、二児の出産・育児と外科医の両立はもちろん、専門医取得、さらには地域に貢献する新しい専門領域への挑戦とエネルギッシュにチャレンジを続けるのが、松本協立病院の冨田礼花先生です。バイタリティ溢れる先生の挑戦を取材して見えてきたもの。それは「思い立ったら即行動」という行動力と、それを全面的に支える病院サイドとの最強タッグでした。

冨田礼花先生
東京都出身。2005年秋田大学医学部卒業後、長野中央病院にて初期研修。2007年より松本協立病院にて外科後期研修。外科専門医。松本市内にて、消化器内科医の夫、2008年生まれの長男、2013年生まれの長女との4人暮らし。

 

松本協立病院
JR松本駅に隣接。西に北アルプス、東に美ヶ原高原を臨む199床(一般病床)の病院で、松本市近郊の急性期から慢性期まで幅広い医療を担っている。現在全面改築中で、2017年に新病院オープン予定。

当初は考えてもいなかった
子どもを持つという選択

思い立ったら即行動。「あれこれ悩んで考え込むというより、決断してから調整を図るタイプ」と自己分析する通り、冨田先生はとにかく思い切りが良い。「今思えば、子どもを持とうという決断も速かったですね。初期研修が始まる直前に結婚しましたが、当初は子どもを望む気持ちなんて全然なかったんです。それなのに、当院に入職してオペ室や病棟の看護師さんからお子さんの話を聞く中で、子どもを持つ人生もいいんじゃないかって思って」。

当時はまだ後期研修中。唯一の女性外科医として、体力的なハンデに屈してなるものかと、食事もままならず必死に食らいつく研鑽の日々だったが、「ほしいという気持ちが芽生えたら、迷いはありませんでした。だって、子どもってほしいと思ってもすぐに授かるものじゃないじゃないですか。だとしたら、ほしいと思ったその時の気持ちに従うのが大切。外科医としてのキャリアは、できたあとに調整を考えればいいやって思ったんです。医師って常に研鑽が求められる仕事。子どもを持つベストなタイミングを計っても、そんなの一生来ないぞって踏み切りました」と潔い答え。

精神面だけに止まらず支えられた
院内の「女性医師の会」

もちろん不安がゼロだったわけではない。でも「やれるんじゃないか」と一歩踏み出す勇気を与えてくれたのは、松本協立病院の女性医師たちの存在があったから。「外科では女医は私1人ですが、他の科目は女性医師も多かったんです。しかも研修医を除いてほぼ全員が子持ちで、中には4人のママという先生も! 一緒に話していても、皆さん本当に溌剌として素敵なんです。そんな先輩医師たちの姿を見ていたから、“なんとかなるかも”って思い切ることができたんだと思います」。

自分の数歩前を生き生きと歩む先輩の姿。数年後の自分の姿を自然に重ね合わせられるロールモデルと交流が持てたのも、“松本協立病院ならでは”だったという。「大きな病院だと、同じ科の先生としか密なコミュニケーションを取れないことも多いですよね。でも、当院は科目を超えた横の繋がり、科目も年齢も超えた斜めの繋がりを生む仕組みがあるんです」。その1つが「女性医師の会」。「私が入職する何年も前から継続している会です。時々集まって美味しいものを食べながらワイワイするいわゆる“女子会”ですね。でも、こういう普段からの何気ないコミュニケーションが、いざというときに効いてくるんです。関係性を築けているから、悩み相談も気負わずにできて自分の中で溜めこまないですむんですよね」。

その効果は、精神面の支えだけに止まらない。「実際に私が妊娠した際にも、妊娠中の私のマネジメントについて、他科の先輩女性医師が私の上司に助言してくださっていたようです。何せ外科医局の中での前代未聞の出来事。普通、混乱しちゃいますよね」。そのためか、よく言われる「妊娠を考慮しない勤務負担」も「過剰な配慮による望まない勤務軽減」もなかった。「上司からは『どうしたい?』と希望を丁寧に聞いてもらえました。ごく初期に出血もあったので当直は外してもらいたいけど日直には入れること、外科医としてオペにはきちんと携わりたいことなど率直な思いを伝えることができました」。

事務次長の日高大地さんは、「病院の風土だけでなく、冨田先生だからこそのコミュニケーションがあったから、外科で初めての事態にも理想的な体制を築けたと思います」と振り返る。「こうしてほしいという要望を率直にあげてくださることはもちろんですが、希望を言いっぱなしにするのでなく、その代わりにできる部分は“これは私がやりますよ”と申し出てくれる。だから、気持ちよく補い合う体制ができたんだと思います。たとえば、連休に輪番制当番医となった際にも、“私は当直帯は入れないから、代わりに土日月の日直帯は引き受けるよ”と申し出てもらえる。お子さんと過ごせる連休の日直帯は勤務を避けたい医師も多いですからね。“ありがとう。助かるよ”となるわけです。そんな融通し合う空気を作られたのはさすがだなと思いました」。

冨田先生は、要望を溜めこまずに都度あげる姿勢の重要さも指摘する。「小さな不満や要望って、溜めこむといつか爆発しちゃうんですよね。そうなると禍根を残す感じになっちゃう。だから、すぐに言って相談することが大切だと思うんです。そうやって微調整を図っていくことのほうが、事が大きくなってから大改革を求めるよりやりやすいですから。私は上司にも恵まれていて、折に触れ要望をあげたところで“細かいこと言いやがって”と煙たがる先生でもなかった。受け入れることは受け入れ、受け入れられないことはなぜダメかをちゃんとおっしゃってくださる。そういう上司だからこそ、もともとの医局の文化として何でも言いやすい雰囲気にあったんだと思います」。

初めての育児に自分らしさを失いかけた日々
仕事は育児の、育児は仕事の気分転換になる!

2008年12月に第一子となる男の子を出産。思い切りの良い冨田先生だが、初めての育児ではくよくよすることも多かったとか。「今思えば、神経質になっていたのかもしれません。母乳に悩んだり、子どもの体重の増え方で一喜一憂したり。“昨日から体重が増えてない、どうしよう”と落ち込んだりもしましたね。当時、主人が単身赴任中だったのも不安を大きくしたのかもしれません。見かねた義母から“礼花ちゃん、ちょっと産後ブルーなんじゃない? 赤ちゃんの体重はそんな頻繁に測らなくてもいいと思うよ”と言われたくらい。自分でも今の姿って本来の私じゃないって思っていました」。義母からの指摘をきっかけに、ベストの精神状態で子どもに接することができるようにするにはどうするべきかを考えたという冨田先生。「1人でずっと子どもにかかりきりになるのは、やっぱり辛い。精神的にも余裕がない状態で子どもに接するのは、子どもにとっても良くないですよね。とはいえ、義理の母や実母だけに頼りっぱなしになるのもダメ。だとしたら、やっぱり保育園の力を借りようと思ったんです。育児は頼れる人、相談できる人が多い方がいいですから」。4月1日、生後4か月を過ぎたタイミングで職場復帰。一般的にはまだまだ早い段階での復帰となったが、「仕事に没頭できる時間があることで、いい切り替えができると心から実感しました。忙しくはなりましたが、イライラもくよくよも劇的に減りましたね」と振り返る。仕事は育児の、育児は仕事の気分転換になる――思い切りのいい冨田先生らしく断言した。

16時半までの時短勤務。当直は免除してもらったが、オペは担当。加えて専門医試験の対策もある日々。「時短は取っていましたが、残れるときはフル勤務するようにしていました。保育園は最長時間で契約していましたね」。スキルアップはもちろん、できるときはやることで周囲に負担をかけまいとする冨田先生らしい理由からの判断だったのだろう。

小さな子を抱えながらの勤務につきものの「子どもの急な体調不良」。万が一の際は、夫婦、双方の両親のいずれかで対応という複数ルートを準備していたもののピンチはあった。「オペ中に保育園から急な発熱との電話が入りました。もちろん私は抜けられない。夫も内視鏡検査中で迎えに行けない。双方の両親ともその日は無理で途方に暮れてしまって…」。その日はなんと医局事務が保育園まで迎えにいき、面倒をみてくれたという。「本来、あってはならないことですよね。でも、そこまでしてくれるサポート体制を本当にありがたく感じました」。

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偶然をきっかけにたぐり寄せた
生涯に渡って取り組みたいテーマ

目の回るような忙しい日々の中、外科専門医取得、第二子出産、職場復帰も果たした冨田先生。息つく間もなく、現在は将来を見据えた新たなチャレンジにも取り組んでいる。「実は、肛門外科も始めたんです。これは、私自身の医師としてのキャリアのためだけでなく、病院への貢献、そして地域への貢献も考えて決断しました」。きっかけは、育児休業中に月1回で肛門外科のベテラン医師による外来が始まったこと。「ちょうど自分の医師としての将来像を考えていた時期でした。外科医である以上、ずっと若い時と同じパフォーマンスをあげられるわけではない。でも、年齢を重ねたとしても地域や患者さんのニーズに応えられる医師でいたい。そのために何ができるかなということを模索していて。そんなとき、肛門外科外来が始まることを聞いて“これかもしれない!”ってひらめいたんです」。自身の腹部疾患患者さんにも痔も発症している方が多かったことを思い返した冨田先生。すぐに地域の有病率を調査。その高さはもちろん、肛門外科を担当する女性医師がほぼいないことにも気付いた。「これだ!と思いましたね。生涯をかけて取り組むべきテーマになるぞって。外科医として自分の興味だけで仕事していると先細りになってしまう。これからの私には、患者さんや地域のニーズに応えること、お世話になり続けている病院にも貢献できることに取り組むべきだと改めて思ったんです」。チャーミングな冨田先生、「そうすれば、病院からもお払い箱になることはないかな、なーんてやらしいことも考えちゃって(笑)」とおどけるが、「先生のこういうところが周りの気持ちの良いサポートを引き出すんですよね」と事務次長・日高さん。「女性外科医で、このライフステージで育児がありながらも、病院にも地域にも必要なことを“やりたい”と言ってくれる。だからみんな、最大限のサポートをしなければと自然に思えるんです」。

働く女性外科医のもう1人の大切なサポーター、いやパートナーであるご主人についても聞いてみた。「もともとは単身赴任していたこともあり、育児の戦力とは言えませんでした。でも、今では何でも任せられますね。保育園送迎はもちろん、食事やお風呂、洗濯、掃除もお手の物です」。忙しい消化器内科医の夫がどうしたらそんなに変わるのか!?「その秘密は、パパ会に参加させることです。保育園のパパ同士の飲み会で、他にも忙しいパパや同業者の医師が家事・育児に積極的に取り組んでいるのを目の当たりにして愕然として心を入れ替えたみたい(笑)。“少しは家事もやってよ”と文句言うだけだとぶつかりますが、他者の力を借りてプライドを傷つけるのは効きますよ~」とイタズラな表情。「育児に関わるまでは時間がかかっても、実際育児に関わるとやっぱり子どもはかわいい。よりなついてくれるようになりますしね。今では自分から“今日迎えにいこっか”なんて言ってますよ」。さらには、病院の枠を超えて「女医の夫の会」を作ろうという話まで持ち上がっているという。

行動力に溢れ、前を見て挑戦し続ける冨田先生。そして、それを全面的に支える病院にご主人。「後先考えずに、すぐ思い切っちゃうタイプなんです、私」と謙遜するが、そのポジティブな姿勢こそが周りを明るく照らし、サポーターを増やしているに違いない。「女性医師の会」に支えられたという冨田先生。今では、後に続く女性医師にとっても最良の環境を整えていきたいと日々の小さなコミュニケーションにも気を配っているという。支えられた経験は、支える側へと人を動かす。その積み重ねが習慣を作り、その習慣が揺るぎない風土を作っていく。松本協立病院の働きやすさの秘訣はそんなふうに形づくられてきたのかもしれない。

◆採用情報◆
松本協立病院では、常勤医師、非常勤医師ともに募集中です。
募集概要は下記よりご覧ください。

常勤
 一般内科消化器内科循環器内科呼吸器内科
 人工透析内科・腎臓内科在宅医療専任医師
 整形外科心臓血管外科
 麻酔科放射線科

定期非常勤
 日勤
  内科外来:月・水・木・金・土曜火曜
  循環器内科外来:月~土曜
  消化器内科外来・内視鏡:月・水・木・金・土曜
  呼吸器内科外来:月~土曜
  放射線科・読影:火・水・木・金曜

 当直、日直
  内科当直:月曜木曜
  内科日直:1・3週/土日PM2・4・5週/日曜AM2・4・5週/土日PM
  内科当直:1・3週土日2・4・5週土日

※ 勤務週や勤務時間など応相談です。
  ご希望ありましたら
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