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2016年06月24日

500名の職員を率いる姉御肌院長の
「病院らしくない病院」への挑戦
HITO(ひと)病院・石川賀代先生を突き動かす情熱の源とは

愛媛県宇摩医療圏域の二次救急を担うHITO病院。洗練された中にも温かみのある医療空間、病院でありながらホテルのようなくつろぎを提供する同病院は、他に類を見ない病院ブランディングの成功例としても有名です。地域医療のあり方、そして新時代の病院のあり方を、実践的に提唱し続けるチャレンジングな病院。その500名近い職員のトップに立つのが、石川賀代院長です。「私は徹底的な行動主義」と変革をリードしながらも、「大変だからこそ、暗くはやってられないのよ!」とチャーミングな魅力で現場に寄り添う姉御肌。圧倒的なエネルギーで病院を、そして地域を照らす石川先生が目指す理想の病院づくりをお伺いしました。

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石川賀代先生
愛媛県生まれ。1992年東京女子医科大学卒業後、同大学病院入局。1999年より大阪大学にてウイルス研究に従事し、2000年医学博士取得。2002年に愛媛に帰郷し、医療法人綮愛会石川病院(現社会医療法人石川記念会HITO病院)入職。2005年副院長、2010年院長に就任。2012年HITO病院開設。2013年愛媛大学臨床教授。日本肝臓学会専門医。日本内科学会総合内科専門医。日本消化器内視鏡学会専門医。日本人間ドック学会指導医。日本消化器病学会指導医。

 

HITO病院
1976年開設の石川外科医院、1979年開設の医療法人綮愛会石川病院を前身とし、2013年に257床で開院。開院後も脳卒中センターや人工関節センターの開設や、積極的な各種専門外来の設置で地域医療の向上に寄与。1976年の創業以来、2次救急病院として24時間体制で地域医療を支えている。また、「いきるを支える」をコンセプトにした病院ブランディングにより、2014年日経ニューオフィス賞を受賞。

まさかの愛媛帰郷――
窮屈で仕方なかった「院長の娘」の立場

「もともとは、愛媛に帰ってくる気持ちはなかったんです」。意外な言葉から始まったインタビュー。「当初は東京女子医大の医局員としてずっとキャリアを築いていこうと思っていました。しかし、様々な環境の変化が重なり、気がつけばこの地に戻ってきていました」。

まさかの愛媛帰郷。父が開設した地域の中核病院・石川病院への入職を「最初は窮屈で仕方がなかった」と振り返る。自分では気にしないようにしていても、どうしても周囲から距離を置かれてしまう「院長の娘」という看板。その壁を取り払っていったのは、持ち前のフラットなコミュニケーションスタイルだった。「ちょうどクリニカルパスの導入や医療安全管理の整備など病院も変化を求められる時期でした。タイトではありましたが、新しい取り組みを進める中でスタッフとも勉強会や委員会を行ったり、一緒に出張したりという機会があったのが良かったですね。もともとサバサバした性格ですし、話す機会が増えることで、見えない壁が取り払われていったように思います」。その過程の中で二代目だからこその自身の役割が見えてきた。「院長と現場を繋ぐことが私の役割。現場の立場としてみんなの総意を院長に伝えて円滑な病院運営を支えていく。それが、私には求められているのかなって思ったんです」。

そんな中で、県立病院の民間移譲の話が持ち上がる。「104床が石川病院に移譲されることになりました。そうなると、新築移転は必須。場所はどうする、資金はどうするという大混乱の中で、自然な形で世代交代の話も持ち上がりました。院長である父は高齢だし、こんな大きな転換期を目の前にして、やらないという選択肢なんてなかったというのが正直なところです」。

選択肢がなかったとはいえ、管理職経験もなく全くの未経験分野への挑戦。迷いはなかったのかと聞くと、「腹が決まれば早かったです。女性って意外とそうなのではないでしょうか。清水の舞台から飛び降りれるのって男性より女性。病院を建てるなんて、一生に一度の経験。だったら、自分の思いを全て実現させようと決意しました」と潔い答え。

一生に一度の病院作り。
2代目だからこそ、こだわったアイデンティティの継承と具現化

医療法人から社会医療法人への転換。病院名の変更。地域のニーズに根差した診療科の新設。理想の病院作りへ火のついた思いに突き動かされた石川先生が、最もこだわったのが「病院のアイデンティティの継承と具現化」だった。

「新築移転をすると急激に病床が増え、それに伴いスタッフも増える。そんな中で私たちのコアである“石川病院らしさ”が薄れてしまうのでないかという危機感が大きかったんです。1976年からこの地域の医療を担ってきた私たちのアイデンティティ。それは、歴史を共にしたスタッフには無形でも継承されていますが、新しいスタッフには根付いていない。だからこそ、病院が新しくなるタイミングで核となるアイデンティティの共通言語を作りたいと思いました。2代目の役割とは、確固たる継続性を実現すること。それは、スタッフ、地域の皆様に対しての責任です。父がこの地域に病院を開設したときの思いを受け継ぎながらも、新しい時代に、この地域に求められる変化を加えていく。それができてこそ、患者さんからもスタッフからも選ばれる地域の中核病院として確かな存在感を発揮できる。そんな思いで病院版コーポレートアイデンティティ、ブランディングには徹底的にこだわりました」。

こうして始まった「いきるを支える」をコンセプトにした「病院らしくない病院」づくり。タッグを組んだのは、博報堂ユニバーサルデザイン(現博報堂ダイバーシティデザイン)。HITO病院への病院名変更も、行動規範をネーミングにとの強い思いから実現された。

Humanity ー患者さまを家族のように思い、温かく接します。
Interaction ー患者さまとの対話を尊重し、相互理解に努めます。
Trust ー技術と知識の研鑽に努め、信頼される医療を目指します。
Openness ー心を開き、患者さまと公平に向き合います。

コンセプトの体現は、建築や内装、ユニフォーム、スタッフの導線に至るまで徹底的に計算し尽くした。「旧病院は、増築増築で統一感がなく雑然としていました。病院って本来、病気で癒されなければいけないところなのに空間として癒されないものになっていたんです。だから、統一感と温かみ、くつろぎを感じる空間づくりを目指しました」。ダークブラウンの落ち着いた内装とオレンジ色の照明。上品なピクトグラムにさりげなく飾られたアート。洗練された空間でありながら、ホテルのような居心地の良さを感じる「病院らしくない病院」を体現した空間は、療養を苦しみでなく癒しに変えている。


  緩和ケア病棟内のライブラリー。温かな思いで歩みを振り返り、穏やかに人生を見つめられるよう、
  ブックディレクターと選定した500冊が取り揃えられている。

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理想の病院づくりは、ハード面だけでは成り立たない。
風土作り、環境づくり、採用にもHITO病院らしいこだわりを――

「病院らしくない病院」作りは、患者さんだけでなくスタッフに対しても具現化されている。「チーム医療の重要性が指摘されていますが、チームとして垣根なく連携が取れるかは日々のコミュニケーションがモノを言います。人が多くなってコミュニケーションが希薄だとどうしても縦社会になってしまう。だから、スタッフが集う仕組み作りにはこだわっていますね」。

たとえば、病院11FにあるレストランSORA | DINING。夜は職員専用のバイキングとして無料で開放しているとか。「業務都合でどうしても遅くなることもある。そんなとき夜遅くの仕事後にコンビニ弁当を食べることを続けていては少し寂しい気持ちになりますよね。だったら、軽くバイキングで食事をとり、周囲との会話でリフレッシュしたうえで、ラストスパートをかけたほうがいい。仕事が終わっていたって、スタッフオンリーで気兼ねなく、部署の垣根を超えてコミュニケーションが取れれば、部署間の溝もなくなりますしね。当初は、1年限定の取り組みとして様子を見ようと思っていましたが、利用者が減らない。これは、スタッフもメリットを感じてくれているんだろうと継続しています。経費はかかりますけどね(笑)」。他にもクラブ活動費補助も行い、積極的な院外活動も支援。中でも駅伝部は県内でも屈指の強豪チームだという。

そんな柔軟な環境づくりは、医師採用においても発揮されている。「当院の女性医師は5名。様々なライフステージの先生がいますね。中には、週3回東京から勤務に来てくれている4人の子どもを持つママさん先生もいらっしゃいます。女性医師だけでなく、男性医師でも単身赴任の医師など制約のある医師は多い。女性医師であれ、男性医師であれ、ライフステージに応じて望む働き方や選択肢は様々でしょう。フレキシブルな対応が必要だし、その思いを応援できる法人でありたいとは思っています。当院の場合は、様々な制度もありますが、それだけで画一的に支援というだけでなく、医師に応じて個別に対応していっていますね。その際に気を付けているのは、肩身が狭くなく働ける環境を用意することと、今だけでなく長期的なキャリア形成の場となれるようにすること。医師は真面目で責任感が強いですから、現時点でのマッチだけでなく長期的なマッチを描くのは重要です」。毎年のように新たな外来やセンターが開設されるチャレンジングな取り組みの秘訣は、ここにあるのかもしれない。

変化の時代だからこそ、行動第一主義
大変だからこそ、暗くなんてやっていられない!

ずっと医局員として邁進しようとしていたキャリアビジョンから、500名近い職員をまとめる院長へ――。管理職経験もなかったのに、全国的にも注目を集めるユニークな病院を率いているという現状に、ご自身でもびっくりしませんか?と尋ねると、「必死なだけなんです、私。現在は、医療の世界も変化の真っ只中。これまでの経験値だけでは乗り切れない時代ですよね。だとしたら、現状維持ではダメで自ら変化を起こしていくしかない。私は慎重に熟慮するというよりは、“まずやってみよう”というタイプ。スタッフは大変かもしれないけど、そのくらいしないと人口減少や高齢化、競争に太刀打ちできない。圧倒的な危機感にいつも背中から追われている感覚です。それで気付けば、ここまできたというのが正直な感覚。本当は病院を作って3年くらいしたら落ち着いているのかななんて思っていたんですけどね(笑)」との力強い答え。

医師として、院長として経験値を積めば積むほど、さらにアグレッシブに、チャレンジングになっていく恐るべきバイタリティ。「私はとにかく行動主義。やれることをやってこそ結果はついてくると信じているし、泣こうが喚こうがグチろうがどっちにしろ大変なんだったら暗くなんてやってられないタイプ(笑)。そして何より、根本的な思いとして、地域に求められる医療を極めていきたいという当地域への愛着があるんです。だって、当院の隣は私の卒業した小学校ですから(笑)。地域に必要とされる医療とはどういうことか。それを考えると、病院単体での取り組みに止まらず、地域の皆さんともっと関わり、行動し続けることが必要だと思います」。病院のトップとしてだけでなく、地域の医療をデザインする医療人へ――。「日本はまだまだ捨てたもんじゃないですよ」取材終わりにそう締めくくった石川先生。そのチャレンジは、病院の枠組みを超えてより大きなフィールドへ続いていく。

採用情報
HITO病院では、常勤医師を募集中です。募集概要は下記求人票よりご覧ください。

消化器内科内分泌科循環器内科
一般外科、消化器外科脳神経外科
麻酔科
健診・ドック

※ご不明点やご質問がありましたら、求人票の問い合わせボタンより、
 何なりとお問い合わせください。

 


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