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2016年08月22日

治すことと同じくらいQOLは大事。がん患者に“カバーメーク”で生きる力を引き出す。東大病院乳腺・内分泌外科 分田貴子医師。

東大病院の乳腺・内分泌外科で「カバーメーク・外見ケア外来」を立ち上げた分田貴子先生。がん治療の副作用のひとつである顔のしみ、身体の発疹、爪の黒ずみ、そして手術痕などを専用の化粧品でカバーし、治療前と変わらぬ生活ができるようにサポートしています。「治療がうまくいきさえすればいい。外見なんて大した問題じゃない」という男性医師たちの言葉に疑問をおぼえ、イギリスで医療観点からのメーク術を学んだ分田先生。帰国後は東大病院にカバーメーク・外見ケア外来を開設。女性らしい視点で愛情深く患者さんと向き合う姿を取材しました。

分田貴子(わけだたかこ)先生

1971年宮崎県生まれ。東京大学医学部附属病院乳腺・内分泌科外科助教。1994年東京大学教育学部卒業後、医師を目指し2002年に同医学部医学科を卒業。同大学附属病院で研修を経て、外病院に勤務したのち2008年より国立がん研究センター中央病院で免疫治療の研究に従事。ワクチン治療による皮膚変化など、患者さんの外見変化の問題に直面し、対処法としてカバーメークの存在を知る。2012年にイギリスのChanging Facesスキンカモフラージュプラクティショナー研修を受け、翌年、東京大学医学部附属病院・内分泌科外科に勤務しながら、カバーメーク・外見ケア外来を立ち上げる。2015年より同病院がん相談支援センター副センター長兼任。

 がん治療による
外見の変化を目の当たりにする

患者さんに対してどんな医師であるべきか――。

それまで漠然としていた医師像に明確な輪郭が見えはじめたのは、国立がん研究センター中央病院で抗がんワクチン療法の研究をしているときだった。「ワクチン療法は副作用が少ない治療法といわれていますが、体に斑点のような赤い接種痕が残るんです。一度できたら消えません。初めて症状を目にしたとき、患者さんは絶対に苦しんでいると確信しました」。

分田先生は居てもたってもいられず、患者さんが外見の変化に辛い思いをしているのではないかと、周囲の医師たちに訴え続けた。しかし、返ってくる言葉は総じて「治療のためには仕方がないし、患者さんはそれほど気にしていないはず」という無関心な意見。ある上司から「そんなに外見が大事だと思うなら患者さんに調査してみたら」と助言され、インタビュー調査を行うことにした。

がん免疫療法に力を入れていた大阪大学病院に依頼し、患者さんから話を聞く機会を設けてもらった。「もちろん“肌より命のほうが絶対に大事”という患者さんはいました。でも、それは少数派。多くは“やっぱり外見は気になるよ”という声。ショックだったのは“湯治に行きたいんだけど周りの目が気になってお風呂に入れない”という切実な悩みがあったことです。温泉、プール、サウナに行けない、半そでが着られないという当たり前の生活が制限されていました」。

その悩みって担当のドクターに話してる?と患者さんに聞くと「せっかく治療してくれている先生にそんなことは言えない」「自分のわがままを先生に言ったら申し訳ない」「病気以外のことなので先生に話すことではないと思っていた」という答えが。分田先生に心の内を伝えたことで「話を聞いてもらってうれしかった」という感謝の手紙をもらったこともあった。

「私がやるべきことはコレ!」
カバーメークを学びにイギリスへ

 「隠せる手段があるなら隠したい」という患者さんの思いに応えるべく動き出した分田先生は、キズやアザを隠すカバーメークの存在を知る。カバーメークが医療制度にも組み込まれているイギリスに赴き、『Changing Faces』という団体の研修を受けようと決める。「がんセンターでの免疫療法の研究は、正直中途半端だったんですが、上司に相談したところ“行ってみたらいい。それは今後、君のライフワークになると思うから応援するよ”と快く送り出してくれました」。東大の上司からも、研究費から一部援助してもらえることになり、心強いサポートの中、分田先生は渡英する。

 Changing Facesでは3ケ月の病院研修が通常だったが、分田先生はプログラムを3週間に縮めてもらい、集中して学ぶことになった。「イギリスでは患者さんへのカバーメークはボランティアの方が行うもの。研修もボランティアのおばちゃんたちがみっちりレクチャーしてくれました」

 帰国後は東京大学病院乳腺・内分泌外科に戻り、カバーメークと患者さんのQOLに関する研究に力を入れ、カバーメーク・外見ケア外来を立ち上げる。「イギリスで学んだメークの手順はやや複雑だったので、もっとシンプルにしようと考えました。というのも、あくまでもカバーメークは誰かにしてもらうのではなく、患者さん自身がやるものなので。ファンデーションも、人種の多いイギリスでは150色程ありましたが、日本人の肌なら4色あれば充分。すでに国内の化粧品メーカーさんが専用のファンデーションを販売していたので、使いやすいものを選び、患者さんにカバーメークの方法を教えていきました」

 抗がん剤治療の副作用は肌だけでなく爪にも影響を及ぼすことがある。「爪が黒ずんだり、二枚爪になったり、変形したり、もろくなってはがれたりします。そこで、爪への負担が少ないネイルをメーカーさんと作ったんです。60%が水でできていてアルコールで簡単に落とせるタイプ。しみないし、におわないのでストレスなく使えると思います」

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患者さんとの距離が近いからこそ
見えてくること

現在、分田先生は週1回の外来で、カバーメークや外見ケアに関する相談を行うほか、院内で外見ケアイベントを定期的に開催するなどして、患者さんたちのQOL向上のために多角的なアプローチをしている。「担当医ではない私は、患者さんにとって自分の命を握っていない相手。だからハードルが低いのか本音を打ち明けてくれることが多いんです。やっぱりざっくばらんに話すことで見えてくることがたくさんありますね」

これまで一度も化粧をしたことがなかったおばあちゃんが「これならできそう」とうれしそうにファンデーションを使いはじめると、生き生きとした表情に。ある男性患者さんは「手術のキズは命の勲章だと思っていたけど、家に帰って孫の顔を見たら“怖がらずに一緒にお風呂に入ってくれるだろうか”と思ったんです。だからがんばってここに来ました」とテレながら話していた。

 「悩むこともありますよ。例えば、顔に大きなアザがある方に“カバーメークしてみませんか?”とこちらから提案すると、頑固に拒否され、結果的にその方を傷つけてしまうこともあります。ご本人から“やってみたい”と思わない限りうまくいかないんです。小児病院では、お母さんから“手術のキズを恥と思うようなに育てたくない”と言われたこともありました。そのときは“思春期がくればお子さんが気にすることもあります。そのときは相談してください”とお伝えしたら納得いただけました」

 臨床と研究の中間的な立場で独自の道を切り拓いている分田先生。だが、ここまでの道のりは迷いの連続でもあった。研修医を終えたあと、外病院で勤務をするが寝る間もない過酷すぎる勤務体制に心身ともに疲れ果ててしまう。「少し休息が必要」との助言を受けていた先生に紹介されたのは、国立がん研究センターでの研究者としての生活。試験管やマウスを使うような、いわゆる“研究”は、正直それほどモチベーションの上がるものではなかった。しかし、人生は思いがけない所に宝物が落ちているもの。そこで患者さんの“外見の苦しみ”を知り、カバーメークに出合ったことが彼女の人生を大きく変えた。

 「将来的には、患者さんたちが気軽に立ち寄れるサロンを院内に作りたいんです。イギリスのマギーズセンターのように、患者さんとお話ができてリラックスできる場所になればいいですね」。日本には少なかった緩和ケアの形を作り上げている分田先生は、医者でありながら、美容家のようであり、アーティストのようであり。自由な発想の彼女のような医師こそが、新しい風を起こす存在になるに違いない。

 
↑外見ケアイベントではボランティアさんが中心となって、ネイルやメークなどのサービスを行う。「忙しいときは私がネイルを塗ることもあります。元気のない患者さんには花柄のネイルアートをしてあげたりしています。距離が近いので話やすい雰囲気ですね」(分田先生)

 

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