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2015年07月17日

3人の子どもを持ちながらのフルタイム勤務
ハプニング続きのキャリアを救ってくれたのは「人の縁」と「夫」だった

医師としてのキャリアの追求と、結婚や出産、育児、家庭生活。その両立やバランスの取り方に王道はなく、悩みも尽きないものです。そこで今回は、ご主人が仕事負担を減らす形で家事・育児の多くを担いながら、3人のお子さんを育てる糖尿病専門医・原田文子先生のワークライフの選択についてお伺いしました。


原田文子先生
帝京大学医学部卒業後、大阪大学内分泌・代謝内科医局入局。大学病院並びに関連病院に勤務後、大学院に進学。糖尿病専門医、医学博士取得。2009年に結婚後は、遠距離結婚を経て夫の地元である群馬県に転居し常勤医師としてフルタイム勤務。8歳年上の社会福祉士の夫、幼稚園年中の長女、年少の次女、1歳の長男、義母との6人暮らし。


2009年7月に結婚し、5年で3人の子どもを授かりました。現在は、群馬県内で内科・糖尿病内科医として外来・病棟勤務に携わっています。社会福祉士の夫がパート勤務をしながら育児・家事の多くを担ってくれているので、私自身はフルタイム勤務です。夫は、子どものお弁当も作ってくれますし、娘の幼稚園のアルバム委員も担当。送り迎えもほぼ毎日やってくれるし、ママ友にもすっかりなじんでいて。本当にいい人と結婚したなと思っています。

出会って3か月で電撃結婚。その後、夫は大学生に

主人とは、私が主催していた異業種交流会という名のパーティーで出会いました。3か月後には入籍という電撃婚です。パーティーは、大阪大学大学院在学中にほぼ毎週末開催。タワーマンションにある自分の家を開放して実施していました。下は10代の学生さんから上は70代のおじいちゃんまで多い時では1回30人くらいは集っていましたね。主人は群馬の人なのですが、知り合いから「大阪で面白いパーティーやってるらしいぞ」と聞いたようで、関西に行く際には寄ってみようと思っていたそうです。主人から参加希望のメールを受け取ったときには、「え、群馬から?」と半信半疑でしたけどね。

当時主人は住宅メーカーの営業マンでした。月並みな言い方ですが、出会った瞬間に直感で「あ、この人だ」って思ったのを覚えています。異業種交流パーティーでも患者さんでも私はダテに人に会っていないから、人を見る目は養われているはず。そう思って、自分の直感を全く疑いませんでしたね。出会って3か月後、私の35歳の誕生日に入籍しました。

結婚したとはいえ当時はまだ大学院生だったので、修了まで半年間は遠距離での結婚生活でした。2010年4月からようやく同居となったのですが、実はそのタイミングで主人が大学に再入学しています。というのも、私が「将来は開業したい」という夢を話したところ、「それなら自分も手伝えるスキルを身に着けたい。福祉の勉強をしようかな」って。周囲は驚いていましたが、私はその選択を面白いと感じました。「人生いつからだって新しいスタートはできるんだから、やってみれば?」と大賛成で背中を押しましたね。

予想外の妊娠と出産
夫と夫実家、病院のフルサポートにより産後3か月で復帰

主人は大学生に、私は新しい常勤先でと晴れて新生活が始まったのですが、その矢先予期せぬ事態が起こったんです。まさかの妊娠でした。私も35歳でしたし、主人は8歳年上。正直、子どもを授かるだなんて思っていませんでした。しかも、私はものすごい“つわり体質”だったのです。主人の実家にもサポートしてもらい、途中入院をしながらも勤務を続け、2010年12月に長女を出産しました。


産後復帰したのは2011年3月。育休はほとんど取っていませんが、ブランクで医師としてのカンを鈍らせるのも嫌だったんです。妊娠中に配慮くださった病院に早く戻りたいという気持ちもあり、人間ドックと内科で復帰しました。幸い娘は院内保育に入れることができました。規定上は産後6か月からの預かりだったのに、前例を覆して3か月の娘を預かってくれたんです。娘のためにベビーベッドまで用意してくれ、とてもありがたかったですね。

湧きあがる臨床復帰への思い
転職直後の妊娠で救われた言葉とは

ただ、復帰3か月後にはまた妊娠発覚。気まずさや申し訳なさもありましたが、2012年2月に次女を出産しています。長女のとき同様3か月で復帰しました。人間ドック中心の勤務をしていましたが、しばらくすると専門である糖尿病の臨床に復帰したい気持ちが大きくなってきました。糖尿病の研究会に参加するうちに群馬県内での人脈もできてきて、ある時「良かったらうちの病院で専門を生かせる糖尿病内科として頑張ってみない?」と現在の常勤先の上司に声をかけてもらったんです。それをきっかけに転職をしました。

ところが、ここでまたしても予期せぬ事態が。入職直後に3人目の妊娠が分かったんです。さすがにお声がけくださった上司にも会わせる顔がないと心苦しかったですね。無責任なヤツだと言われても仕方がないですから。ところが、気まずい思いで妊娠を告げた私に上司は「それは良かったね。おめでとう。しばらくは体調を見ながら無理のない範囲で勤務をしなよ。」とおっしゃって下さったんです。その温かさ、度量の大きさに心の底から感激しました。

上司だけでなく、院内の他の医師もスタッフも心から妊娠を喜んでくれました。しかも、女性医師の妊娠・出産を特別なことでなく当たり前のこととして祝福してくれる。こちらの病院には女性医師も、ママさん医師も多い。病院自体も女性医師支援を謳っているというのもあるのでしょうが、「女性医師の母」のような存在の先輩医師の存在が大きいんです。ご自身も医師としての勤務の傍らお子さん2人を成人まで育てられ、医師だけでなく女性スタッフ全てのワークライフの両立を応援してくれるあったかいゴッドマザーです。

2014年2月に第三子となる長男を出産したのですが、3か月で復帰後もゴッドマザーにはたくさん助けていただきました。夫に頼めない日に限って子どもが発熱し急に帰宅しなければならず申し訳なさでいっぱいの私に「ためらわない。子どもは一番大切。色々あって当然なんだから、罪悪感を覚えなくていいんだよ。」と励ましてくださり、周囲に対しても「原田先生も頑張っておられるし、みんなで協力しましょう!」と盛り立ててくださった。それにどれだけ救われたことか。本当に言葉では言い尽くせないほど感謝しています。よく女性が働きやすい環境を作るには指導的立場の女性が必要だという話がありますが、本当にその通りだと思います。

恵まれた働きやすい環境を後にする決意。その理由とは

こんな働きやすい環境で勤務している現在ですが、実は今後しばらく非常勤勤務となる予定です。理由は2つあって「子どもと向き合う時間を作るため」と「夢である開業への準備を少しずつ進めたいため」。1点目に関しては、長女が4歳になり、物事の分別がついてきたからこそ自分を抑えて我慢をすることも増えてきたんですね。寂しさを泣いたり、駄々をこねたりして訴えるのでなく、親を気遣って我慢してしまう。だから、少しここで子どもと過ごす時間を増やしたいと思ったんです。

これまでお世話になった病院や上司や同僚たちにも申し訳ない気持ちは大きいです。でも、先ほどお話した「ゴッドマザー」は「子どもと過ごす時間は大切にしたほうがいい。子どもながらに寂しい気持ちは意外と覚えているものだから。」と背中を押してくださったし、上司も「大事な時期であることは分かるし、そう思う気持ちも理解できる、いつかまた一緒に働けたら嬉しいよ」とおっしゃってくださった。つくづく周りに恵まれていると実感させられました。

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自分をさらけ出して助けを請うてきたからこそ
必ず手を差し伸べてくれる人が出てきた

これまでのキャリアを振り返っても予定通りでは全然なかったし、ハプニング続きでその都度どうするか考えるという行き当たりばったりなものも多かったなと思います。何も考えていなかったという面もあるし、周りに迷惑をかけたことも多かった。でも、不思議とハプニングが起こって岐路に立たされるたびに手を差し伸べてくれる人が必ず現れたんですよね。運が良かったといえばそれまでですが、私はとにかく自分をさらけ出すタイプで「助けてください。困ってます。」と声をあげていたのが良かったのかもしれません。それは、医師に対してもスタッフに対しても誰に対してもです。極端な言い方をすれば、プライドも自分を飾る気持ちもなく常に「ヘルプミー!」と訴えていましたね。

医師ってきちんとしていると思われるし、完璧でなければならないと自分で自分を追い詰めてしまうこともあると思うんです。でも、仕事も生活も何でも自分だけで完璧になんて到底無理な話。決して甘えるというわけではなく、周りから気持ちよく支援を受け、気持ちよくありがとうと感謝できる環境と関係性を作るというのも大切なんじゃないのかなって思います。「受援力」が大切とおっしゃる先生もいらっしゃいますよね。

王道なんてない女性医師のキャリア
枠にはまらず、目の前の状況にベストを尽くして

医師としては決して優等生ではない私がアドバイスするのも少し気が引けますが、女性はライフイベントやパートナーの仕事によって状況が変化するのが当たり前。だから、働き方にもいろんなパターンがあって当然だし、王道なんてないんじゃないでしょうか。だから、変に「こうあらねばならない」とか「ロールモデルのこの人のようにしなければ」と凝り固まらないほうがいい。枠にはまらず、目の前の状況に応じて周りの助けも上手に請いながら「今のベスト」を尽くしていけばいいんじゃないかなと思います。

あとは、結婚をするのなら戦友になってくれるパートナーを選ぶ選択眼を大切にしてほしいですね。家事も子育ても補い協力し合えるかどうかが重要です。頑張って医師になったんだから、家事・育児の負担を一人で背負ってキャリアを犠牲にするのはもったいないと思うし、医師としての社会貢献は続けてほしい。私は、自分もキャリアを重ねていくには医師をパートナーにするのは難しいだろうなと思っていました。主人は、全然違う背景で育ってきたからこそ面白いし、家事・育児を「やってあげてる」でなく当然のこととして気持ちよく分担してくれる。私が医師であることを変に気にしたり、引け目を感じたりしないし、間違っても「男の沽券が・・・」なんて言わないですね。今はいつの日か開業して、主人と一緒に働ける日が来るのを楽しみにしているんです。

 
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