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2016年09月09日

研修医時代に出産。キャリアはどうする?
腎臓内科医・勝馬愛先生の迷いとチャレンジ。

後期研修中に第1子を出産し、現在は2人のお子さんのママとして腎病理の研究に従事している腎内科医の勝馬愛先生。新米ドクター時代、育児に重きを置いていた彼女は「医師の経験値が圧倒的に少ないこと」が大きな弱点と感じていました。子育てを理由にキャリアをあきらめていいの? どうやって遅れを取り戻す? 不安や葛藤の渦のなかで、もがきながら前に進むリアルな姿とは。

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育児をがんばりたい。でも同期からは遅れていく。
ジレンマに押しつぶされそうな日々。

研修医時代にオーベンだったご主人と結婚し、後期研修2年目で第1子を出産。産後6ケ月で国立国際医療センターの腎臓内科に復帰し、院内保育が備わった環境で仕事と育児を両立していた勝馬愛先生。2年後には第2子を出産した。

 「出産後も、病院では働き方を考慮してもらい、とても恵まれていたと思っています。ただ、出産が研修医時代と重なったことで医師としての経験値が極端に少ないんです。それが私にとって大きなネックでした」

 横並びでスタートしたはずが、妊娠と出産を繰り返すなかで同期から遅れていく劣等感。このままだとキャリアはどうなっていくのかという焦り……。専門医を早く取らなくては、と子どもを寝付かせてからゴソゴソと布団から抜け出して勉強に時間を費やす日々が続いた。

 「2人の子どもの育児をしながらの業務は、重症患者さんは診ない、緊急事態対応はしないというゆるやかな内容でした。このままだと、緊急時にひとりで診断する力が備わらない。どこかで経験を積まないと未来はないというプレッシャーがありました」

 2人目が保育園に通いはじめた頃に「バックアップを任せてもらえないか」と上司に相談する。バックアップとは、救急部からの依頼でコンサルトを行う業務のこと。救急からの連絡を受けた後、30分以内に対応できればOK。住まいが病院からすぐの場所だったこともあり、育児をしながらでもできると判断した勝馬先生は、月2回のペースで行うことにした。

ハードとはわかっていたが
鍛えるために慈恵医大に飛び込む

 一歩、一歩、研鑽を積んでいった勝馬先生だが、2人の保育園児を抱えての勤務は100%全力とはいかない。自信のなさを埋められないまま、目まぐるしく毎日が過ぎていった。「ちょうどそのころに勤務していた国立医療国際センターの体制が変わったこともあり、転職のタイミングとなりました。中小の病院をいくつか紹介していただいたんですが、自分の経験のなさが原因で躊躇してしまう。そこで、どこか大学病院の医局で勉強させてもらえないかと考えました」。

 そのとき慈恵医大に「女医さんを快く受け入れてくれる素敵な教授がいる」という話を聞き、見学に行くことにした勝馬先生。「カンファに参加させていただいたんですが、レジデントの病理プレゼンや先生方のフィードバックのレベルの高さに圧倒されました。さらに腹膜透析で有名な女性の先生のオペを見たときあまりにすばらしくて、絶対にここで働きたい!と思ったんです」

 腎臓・高血圧内科での採用が決まり、無理のない条件を設定してもらって働くことができた。勤務は月~金曜に加えて隔週土曜日。土曜勤務がある週は、日曜日に子どもと遊ぶ余力は残っておらず倒れこむようにして寝ていた日が多かったという。

 「ハードな毎日でした。でもせっかくチャンスをもらったので、子どもの熱が出たくらいでは休みたくなかった。病児保育を利用し、主人の協力を得ながら何とかやりくりしました。周りの先生からしたら、その程度で甘い!と思われるかもしれませんでしたが、とにかく必死でした。子どもには“なんで僕だけ土曜日に保育園いくの?”と泣かれることもありましたね。それは母親がそばにいない寂しさよりも、体力的に追い込まれた私のイライラが影響したんだと思う。育児との両立は甘くはなかったです」

 体力面ではキツかったが精神的には充実していた。「口内炎はできても心は削れませんでした(笑)。分野ごとにプロフェッショナルな方がいらっしゃるので、毎日が刺激的で学ぶことがあふれるほどありました。年甲斐もなく研修医みたいにメモをとってたりしてましたね」。転職後、生活のペースが慣れてくると子どもも保育園に楽しんでいくようになり、不安が少しずつ解消されていった。

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「小1の壁」をチャンスと捉え国内留学の道へ

 次なる転機が訪れたのは今年の春、長男が小学校に上がるタイミングだった。学校が終わってからの学童保育は18時半まで。小学校に入ったばかりの子どものメンタルケアや宿題のフォローもあるので、働き方を変えないとだめだと考えた勝馬先生。比較的時間の融通がつきそうな大学院での腎病理の勉強をさせてもらえないかと上司に相談する。「基礎研究は動物実験があるので、臨床より時間が不規則なことが多いとアドバイスされました。しかも私のスキルを考えると大学院の4年間ブランクは長い。だったら2年間の国内留学という形で勉強したらどうかと」。その助言通り4月から日本医科大学の解析人体病理学教室に通い、思う存分に研究に費やしている勝馬先生。

「腎臓・高血圧内科の先生の多くは腎病理をご自身でされています。私は腎生検を病理の先生に任せていたので、自分できちんと見られるようになれば、医師として一段階上に行くことができる。病理判断が診断の軸になりますから」。

 自分には何が足りないのかを見極め、欠けている部分を補うためにすぐさまアクションを起こす。切り替えの速さ、爆発的な行動力はどこからくるのだろうか。「子どもが2歳、3歳のころは“子どもがいるから”を枕詞のように使い、何よりも育児が優先でした。最初はキャリアが二の次となるマミートラックであることがプラスに働きましたが、子どもの成長とともに脱出したくなるんです。

 私の場合、脱出の時期は慈恵に転職したころでした。体力的にはハードでしたが、自分に負荷をかけることでマミートラックから少しずつ抜け出せた気がします。それは周りの助けがあったからこそ。主人がいなかったら、両親がいなかったら、上司がいなかったら、何ひとつ思い通りにはいかなかったと思います」。

 2年後には再び臨床に復帰する予定。いまは幼い子どもたちとの時間を大切にしながら、次なる高みを目指すべく切磋琢磨の日々を送っている。


勝馬愛(かつまあい)先生

1982年生まれ。東京慈恵会医科大学腎臓・高血圧内科所属。京都府立医科大学卒業後、国立国際医療センター(現・国立国際医療研究センター)に勤務。シニアレジデントだった27歳のときに第1子、29歳で第2子を出産。2014年より東京慈恵会医科大学腎臓・高血圧内科に勤務。現在は日本医科大学解析人体病理学教室にて研究に従事。腎臓専門医、透析専門医。 

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