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2016年11月07日

Dr. ミナシュラン!
第3回 私、地域医療する ― チョコレートの秘密編

9年間四国で地域医療に従事していたDr. ミナシュランが忘れられないおばあちゃん。彼女の驚きの入眠の儀式とは? 決して医学的には薦められないその儀式に医師としてどう向かうべきか!? ミナシュランフレンズからの回答も必見です。

第3回 私、地域医療するーチョコレートの秘密編

90歳女性。
 定期の外来で「夜はよく眠れていますか?」と聞くと、「先生、実は私、秘密の方法があってね。寝床で、チョコレートをひとかけらだけ食べるのよ。そうすると、ものすごくよく眠れるの」と、誇らしげに教えてくれた。(ちなみに、軽度の高血圧があるが内服にてコントロール良好、年齢相応の腎機能の低下とごく軽度の認知機能の低下があるが、他に基礎疾患はなく、生活はほぼ自立している。)
 さて、あなたなら、どう答えるだろう?

 その地域の患者さんはほとんど皆そうだったが、そのおばあちゃんのお顔もよく日に焼けていて、笑うとお顔のしわがギュッと集まって、本当に逞しい、美しい笑顔だった。私の外来では「夜はよく眠れていますか?」という質問をよくしていたのだが、その質問をするとおばあちゃんは、そのギュッと美しい笑顔をもっとギュッとさせて、いたずらっ子みたいな目で笑いながらこう教えてくれた。
 「先生、チョコレートなんですよ」

 私は、びっくりした。
 「でも、寝る前に食べたら虫歯になっちゃうでしょう」
 そう言うと、患者さんはハハハ、と笑った。
 「先生、歯はもう全部ないの!」

 8020運動(注:「80歳になっても20本の歯を保とう!」という啓発運動)どころではなく、おばあちゃんは8000……いや、9000だったのだ。
 でも、この笑顔。
 ……私も一緒に、ハハハ! と笑った。

 「でもね、」そう言いかけて、私は口をつぐんだ。
 歯がなくても、口腔内に糖分が残っていると、口腔内の細菌が増えて、誤嚥性肺炎のリスクになりやすいだろう。歯がなくても、寝る前はやっぱりチョコレートを食べない方がいい、それが医学的な正しい方法だと思った。
 でも、それをおばあちゃんに伝えることが正しいことなのかどうなのか、私には分からなかった。
 おばあちゃんは今のチョコレート睡眠法を気に入っていて、そして、きっと「自分の編み出した方法」として、誇りにも思っている。その方法を「やめた方がいいですよー」と簡単に否定してしまって良いのかどうなのか、「口をゆすいでから休みましょう」と言ったら、ひょっとして眠れなくなってしまうのではないか。

 チョコレート入眠法を、ちょっと想像してみる。
 口の中にチョコレートの甘みを感じながら、温かい布団の中で目を瞑る。なんと幸せな時だろう。
 90歳のおばあちゃんのこの幸せな時間を邪魔する権利が、私にあるのだろうか。
 いや、主治医としては、やっぱりキッパリと、うがいしてから寝るように言うべきだろうか。
 言っても結局、おばあちゃんはチョコレート入眠法を続けるかもしれない。でも、私が今日注意したら、おばあちゃんはきっと毎晩、チョコレート入眠法にちょっぴり罪悪感を抱くはずだ。果たしてそれは、良いことなのだろうか。

 結局私はハハハと笑いながら、カルテをめくって肺炎球菌ワクチンの接種歴を確認し、そして、「よく眠れるのはいいことですね」と外来診察を終えた。

 それが正解だったのかどうかは分からない。
 もしいつか、そのおばあちゃんが誤嚥性肺炎になったら、私は激しく後悔すると思う。
 でも、それでも、あの時「秘密のチョコレート」を見逃したことを、私はそれで良かったとも思っているのだ。

 医学の試験には正解があるけれど、臨床の「正解」は見つけづらい。
 いつかAI(人工知能)が外来診療をする日が来たら、「寝る前にチョコレートを食べる」という患者さんには、どんな助言をするだろう。いや、その前に、AIにはチョコレートの秘密を打ち明けないかな?

 そんな「正解」のなさ、そして、患者さんと一緒に「正解」を探って行く面白さこそが、地域医療の醍醐味だった気がする。

 いや、「『正解』のなさ」というより、厳密には、「答え合わせのしにくさ」と言った方が正しいかもしれない。もしも自分が間違った診療をしていても、見過ごされたり、あるいは、自分自身さえ気付かずに通り過ぎてしまう。解きっぱなしの算数ドリルみたいに、答え合わせをしないのは楽なようでいて、実は「あれで良かったのかな?」と、ちょっと気持ち悪い。
 (だから、このチョコレートの患者さんを、何年も経った今でも忘れられないのだ。)

 というわけで……、今回はこの原稿を書くにあたって、友人医師達に聞いてみることにした。

 「こんなチョコレートの秘密を打ち明けられたら、あなたならどうする?」

 その意見をご紹介して、この回の原稿の締めとさせて頂こう。

内科医S医師
「何それ~いいこと教えてもらいました~! 私も歯がなくなったらやってみます!」と答えます。90歳だと、誤嚥性肺炎になったってならなくたって予後は変わらない。「あったかいほうじ茶と一緒だとなおよく眠れますよ。」くらいは言うかも。
(ミナシュランより:「私も歯がなくなったら」って、すごいこと言うな~と思いつつ、ほうじ茶でうがいの効果を狙っているところに愛を感じる!)

内科医H医師
「へー、今度試してみます。でも、寝る前は口をゆすいでくださいね」と言っちゃうかな。
(ミナシュランより:予防医学に造詣の深い医師ということで聞いてみましたが、やっぱり「すすいで下さい」と言いたくなっちゃいますよね、私も迷いました!)

産業医I医師
「長生きの秘訣は、寝る前のチョコレートなんですね~!今度私もやってみますね。」睡眠は健康・活力にとって重要で、一欠片のチョコが良い睡眠儀式になっているのであれば、健康障害リスクよりメリットが上回るという説明は通るかなと。ただ眠れるとしても、メリットが上回るのは高齢者だけと思いますし、「けど、喉に詰まらないように、水分も一緒に摂ってくださいね」は言うかもしれません。
(ミナシュランより:産業医らしく論理的に検討しながらも「私もやってみます」で締めるところが優しいなあ)

麻酔科H医師
術前診察で聞かれたら、自分の答えは「夜は制限はないので、いつもの方法でいいですよ~」です。手術の種類によっては、前日から絶食になってる可能性もありますが。90歳と言う年齢を考えると、寝るのも早そうですし、麻酔科的には何の問題もありません。一応、主治医に報告し、麻酔科的には、OKしたことをお伝えしておきます。
(ミナシュランより:完璧主義な麻酔科がOKとは本当に意外!)

精神科K医師
「ほう」
(ミナシュランより:なんとシンプルな答え!と思ったが、実は出典は神田橋條治で、「Yes」でも「No」でもないのがミソだという。精神科らしい答え!)

感染症医T医師

「口腔ケアのためにもシュガーフリーのチョコが良いですよ」
キリシトール入りのチョコだとなお良いでしょう。カカオにはリラックス成分のGABAが含まれており、摂取することで交感神経の活動が低下し、副交感神経の活動が活発になります。いわゆるセロトニン効果ですね。よって、チョコを食べると脳がリラックスすることは知られたことです。
そんなわけで、「チョコを食べると眠くなる」という話はときどき聞きますね。おそらく、この作用が強く出る人なんだろうと思います。もちろん、チョコにはカフェインが多く含まれているので、日ごろからコーヒーをよく飲むとかで、カフェイン耐性が進んでいる人なんだろうと思います。
(ミナシュランより:私、恥ずかしながら、口腔内の清潔のことばかりに気を取られて、このご意見を見るまで「おばあちゃんは本当にチョコレートで眠くなるのか」という点については、プラセボ効果的なもの程度にしか考えていませんでした。思ってもいなかった(しかし真っ当な)方向からのアプローチ! やっぱり、「答え合わせ」って大切なんだなあ、そして、面白いなあ!)

アメリカで働く内科医U医師
アメリカ的には、エビデンスをとても大切にするので「寝る前に物を食べて歯を磨かないとどれだけ誤嚥性肺炎が増えるのか」という問いになると思いますが、恐らくそんなスタディーないと思うので、「一般的に口腔内衛生が悪いと誤嚥性肺炎のリスクがあがる」という話になると思います。 歯無しのおばあちゃんがチョコひとかけら食べたところでどの程度口腔内が不衛生になるのかよく分かりませんが、なにせ通常のlife expectancyを優に超えたお方ですので、「まあ医学的にはこういうことですので、食べた後、うがいできればいいですねー」とお勧めする程度になるかなーと思います。 予後数年以内と思われる人にあまり医学的に正しいからといって、いろいろ正論押し付けるのもなぁ、というところでしょうか。その辺アメリカは日本以上にさっぱりしている印象です(Life expectancyが統計学的に非常に短い人(つまり超高齢者)に時間と手間とお金をかけて介入・治療してもcost performanceが悪い、ということ)。
(ミナシュランより:アメリカで働く友人にも聞いてみました。エビデンスやコストへの意識、私がいた日本の僻地とは大違いだなあと思いました)

 

 ああ、やっぱり臨床は面白い!
(プライバシーに配慮し、個人の情報に変更を加えています。)

■プロフィール:Dr.ミナシュラン
 四国生まれ、総合医。食べる事が好きで、本名「みな」とグルメの「ミシュラン」を掛けて「ミナシュラン」と呼ばれている。自治医大在学中に普通自動車運転免許を取得(自治医大生が医師免許と並んで気合いを入れて取る免許)。初めて買った車はオレンジ色のマツダ・ロードスター(スポーツタイプのオープンカー。ただしAT!)。可愛いし小回りが利いて良いと考えていたが、栃木ではやや目立ち、「ミナちゃん、ドライブイン一休にいた?」などと同級生によく目撃された。卒業後はRX-8に乗り換え、四国の地域医療に9年間従事した。オープンカーではないので目立たないだろうと考えたが、ドアが観音開きのためか目立ち、住民の方に「先生、りょう花(四国の崇高なラーメン屋)にいた?」などとよく目撃された。その他の情報は徐々に明らかになる予定。 


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