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2017年01月25日

妊娠が汚点に思われた医局時代、
女性視点を貫き、拓けた未来とは。
―産婦人科医・海老根真由美先生の挑戦―~前編~

真夜中のオペ、月の半分は当直という激務ゆえ、女性医師の数が全体のわずか5%未満。そんな時代の産婦人科に飛び込んだ海老根真由美先生。男性医師からの嫉妬、不当な扱いにめげることなく、圧倒的なエネルギーで埼玉医科大学総合医療センター総合周産期母子医療センターの病棟医長へと上り詰めます。

ところが、長男の誕生を機に大学の常勤職を退職。第一線を退き、仕事も子育ても両立できる方法を模索してたどり着いたのが、女医も患者もハッピーになれる女性のための総合医療クリニックの開業でした。「すべての女性を受け入れられる存在になりたい」と話す海老根先生に、理想のクリニック作りについて話を伺いました。

若くして病棟院長に上り詰めたが
出産を機に退職

 「総合周産期母子医療センターの病棟医長をやった人が、たかが出産・育児で辞めるのか。君は日本産婦人科学会の汚点だ!」そんな耳を疑うような言葉を浴びせられても、海老根真由美先生の退職の決心は揺るがなかった。

埼玉医科大学総合医療センターの女性産婦人科医として異例の出世を遂げ、誰もが将来の出世頭として認める立場にあった。仕事は順風満帆、周囲からの信頼も厚かった。それだけに、女性トップランナーの退職は、周囲に衝撃を与えた。

もちろん引き留めはあった。保育園の確保など、大学側もある程度のサポートを申し出てくれたが、「母親がいないと、たちまち不安定になる息子を長時間預けてまで大学に残ることが、果たして自分にとっての幸せなのか」という思いが頭から離れなかったという。

「私が病棟医長として復職するということは、どう考えても育児放棄となってしまうわけです。たとえキャリアを失っても、自分の子を被虐待児にすることは、産婦人科医としても、人としてもできませんでした」

海老根先生から“被虐待児”という言葉が出たのには理由がある。研修医時代から恩師の周産期メンタルヘルス研究に関わり、病棟医長・講師時代には、虐待や産後うつなどで支援が必要なママたちに接する助産師・保健師にメンタルケアを指導。埼玉県庁などに出向いて、児童虐待について話し合うミーティングに参加する機会が多くあったからだ。

本来、祝福されるべき妊娠・出産が、社会問題化するほど女性たちを苦しめる現実。自分も含め、ライフステージの変化で、人生が大きく変わる女性の悩みの深さを目の当たりにし、「大学は辞めても、女性一人ひとりのライフスタイルに合わせたサポートができる医療を、いつか提供したい」という新たな目標ができたという。

それでも大学を去る罪悪感はぬぐえず、「第一線は退いても、将来、何らかの形で女性をサポートできる医療に携わることができれば、いつか許してもらえるのではないか」。そんな複雑な思いもあったと打ち明ける。

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「女医だから話せる」と言ってくれた患者のために
自分が辞めるわけにはいかない

海老根先生が入局した当時、まだ“超男社会”がはびこっていた産婦人科を、わざわざ選んだ理由は何だったのだろうか。

「現・日本産婦人科医会会長(前順天堂大学医学部産婦人科学講座主任教授)の木下勝之先生、順天堂大学医学部産婦人科学講座の竹田省教授との出会いが大きかったです。お二人の話を聞いて、学問とはこんなに自由なものかと感銘を受けました。お人柄も素晴らしく、この先生方のもとでなら、やりたい医療ができる気がして、キツイことは覚悟の上で入局しました」

当時の産婦人科は、大学内でも最も厳しいと言われる科の一つ。研修医からたたき上げで入る女性医師は初めてで、女医を歓迎する雰囲気はなかったという。

「むちゃくちゃ怒られましたよ。夜中のオペは当たり前だし、休みは3カ月に1度しか取れません。当直は最低でも月14回。家に帰れたとしても12時前に帰宅する日はなかったですね」。

体力勝負の日々が続くなか、海老根先生の患者の気持ちに寄り添う姿勢、女性同士だからこそ相談できる安心感から、外来やオペ・分娩の希望数は徐々に増えていく。そうなると、「なぜ海老根ばかり!」という男性医師からの嫉妬がエスカレート

どんなに頑張っても「あいつは女だから、患者に気に入られていいよな」などと、努力を正しく評価されないのは、さすがに辛かったという。

「落ち込んでいる場合じゃないと思えたのは、患者さんや看護師が味方になってくれたから。隠れて食べなさいって、食べ物を買ってきてくれる方もいて。患者さんから『こんなこと男の先生には言えないわ』と相談されたら、どんなに叩かれても私が辞めるわけにはいかないと思いました」

自分を信用してもらうために、誰よりも多く外来をし、論文も、発表も、事務仕事も完璧をめざした。それでもくじけそうになった時に、救いの手を差し伸べてくれたのは、産婦人科を選ぶきっかけとなった木下教授と竹田教授だった。

「夜中の3時にふいにやって来て、治療方針を決めかねる私に的確なアドバイスを下さるような方で。女を排除する方が、医局の統制は簡単なはずなのに、教授だけは認めてくださっていたんですね。自分がやるべきことをやっていれば、必ず見ている人はいるのだと、心の支えになりました

頑張っても救えない命があることも大学医局時代に学んだ。それでも、死に際に「先生に診てもらえてよかった。これからも頑張ってね」と言ってもらえたことが、仕事への原動力になっていく。実績を重ね、患者や教授らからの信頼を得ると、もう海老根先生に横やりをいれる者はいなくなっていた。<<<後編に続く

海老根 真由美先生(えびね まゆみ)

1997年埼玉医科大学医学部卒業、2003年埼玉医科大学大学院修了。埼玉医科大学総合医療センターで周産期母子医療に携わり、2004年には同センター母体胎児部門病棟医長に就任。順天堂大学医学部付属順天堂医院産婦人科非常勤講師。2013年に『白金高輪海老根ウィメンズクリニック』を開業。周産期メンタルヘルス研究会理事で、クリニックでも臨床心理士らと協力し、産後のメンタルヘルスケアに注力。2児の母として、医師として、女性ならではの視点を生かして、さまざまな角度から女性の人生をサポートしてくれる力強い存在。

文/岩田千加

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