E1f85128 4649 400e aa45 721587cdbb06連載・コラム
2017年01月27日

Dr.まあやの「今日も当直です」
第10回 田舎の医者と都会の医者

2017年の幕開けも当直からはじまったDr.まあや。都会と地方の医療格差、医師不足の救世主としての中国人ドクターの存在……。毎週末、東京⇔釧路を往復するDr.まあやだからこそ、目の当たりにしている問題と向き合ってみました。

第10回 田舎の医者と都会の医者

年末年始も変わらず、東京と北海道を行ったり来たりのDr.まあやこと、脳外科医・折居麻綾です。この季節の釧路は本当に寒くて、氷点下があたりまえ。空港に降り立ったら冷凍庫(マイナス15℃!)みたいで、さすがにデブでも寒い…。

 ワタシがなぜわざわざ釧路に通っているかという話はずいぶん前にお伝えした(第1回 非常勤当直医も悪くない)釧路通いも10年以上たつが、道東の医療の現実の厳しさは今も変わっていない。

助かる命も助からない。地域格差が抱える問題

田舎に住む、ということは、医療に限らず、多方面で十分なサービスを受けられないことが多いと思っている。インターネットでポチッと買い物してその日のうちに商品が届くということもなければ、現在地から目的地までの移動手段を選べることもない。

ましてや、受けられる医療のレベルの差も、素人目にも歴然だ。

ワタシが岩手から東京に出てきたのも、それが理由の一つだったりする。脳外科医としてスキルアップするだけなら岩手でも十分だったところもある。しかし、それ以上に、人としていろんな経験をするためには、岩手だけだと窮屈かもしれないと感じていた。地元なら先輩もいて仕事もスムーズだったが、いろんなリスクを考えてでも東京に出ることを選んだ。

それから数年たち、今は都会と田舎、しかも東京と道東と、言って見れば両極端な場所で医者をしているが、ちょっとしたことに格差を感じることはある……。

症例によっては、助かる命も助からないこともあるのでは、と思わざるを得ない。それが現実だ。

同じ道東の根室市の病院では各科で閉鎖が相次ぎ、脳外科医も一人もいない。よって、釧路まで2時間以上かけて患者さんがやってくる。ただ、脳外科以外の症例となると、当院での治療ができず、釧路市内の他院に行ってもらうことも幾度となくある。都会と違って、各科揃っているわけではない。専門の先生に診てもらいたければ、都会に行くしかない。札幌や東京に行くしかないのだ。

北海道では、「メディカルジェット」プロジェクトが再度立ち上がると言うが、運航頻度や予算など課題もいくつか残っており、2013年に一度断念しているだけに、まだまだ未知数である。

参考:『医療ジェット実用化 国と道、新年度から』(どうしんウェブ)

日本の医師不足の救世主

そんな状況で、2013年頃から新しい試みが始まっている。

ワタシがお世話になっている釧路孝仁会記念病院には、中国人医師が2人来日されている。一人は、中国で心臓外科医をされていた先生、もう一人は脳外科医の先生。そのうち心臓外科医の先生は、小さい頃に日本に住んでいたこともあり、日本語も堪能で医者としても非常に優秀、明るくていい先生だ。2016年に国家試験に受かり、日本では研修医が必須のため、研修をしながら働いている。

地方の医師不足を解消するための手段として、外国からの医師の受け入れは増えてくるかもしれない。

彼はいわゆる日本人ぽい婉曲的な言い回しはせず、正論からズバリ直球で来ることもある。そんな民族性の違いというか、ちょっとしたことが、医療という繊細な場では揉めごとの発端になることもあるかもしれない。

でも、中国で生まれ育った彼らが、釧路という縁もゆかりもない地で地元の人たちのために昼夜必死でがんばっている姿を身近で見てきて、人の命に民族も国境もないんじゃないかと思える。

日本は、もともと島国で、他国の文化や他民族を受け入れるのが苦手だと思う。だが、環境やルールなど整備し、お互いの文化を理解し、認めあって助け合っていかないといけないと思う。

「多摩地区全滅です」。都会の医者も大変だ

さて、都会の医者の場合。医者としては最先端医療に携われること、症例をたくさん診られることはありがたいことだが、意外と困ることもある。たとえば救急患者の受け入れもその一つ。

大学病院時代、「多摩地区全滅です!」…何度か聞いてきた緊急事態…。

ワタシがいた大学病院は東京・多摩地域から首都高速で来ると一番近く、とにかく多摩地域の受け入れキャパがなくなったら救急車がやってくることが時々あった。多摩地区が全滅と聞いたら受け入れるしかない。ベッドの空きがないときはその場にいるドクターが病院に電話をかけまくって、空いている病院を探す戦い…。

これは、多摩地区に限らず、23区内、そのほかの地域においても、同様の状況に陥ることは多々起こりうるし、他地域以外からの受け入れ時の難しさに遭遇する。大都会東京において、昼夜問わず、人の動きが田舎より多いため、自然と患者さんも昼夜問わず、搬送されてくるのだ。

そして、大病院で働いていると悩ましく感じるのが、検査をするのに時間がかかるという弊害だ。

釧路ならすぐにMRI、CTなどの検査を行い、スムーズに治療に移行できるのに、東京などの大病院だと体制が大きすぎて逆にすぐにやりたくてもできないことが多い。

さらに、緊急性が高い患者さんであれば、救急対応がスムーズだが、準緊急くらいのケースが一番難しい。「発症3日目の脳卒中疑いで…」と言うと、「でも、もう3日経っているのでしょう?」とすんなり受け入れしてくれないケースもあった。緊急性の高い患者さんのためにベッドを空けておかなければならないのだ。

釧路だと「念のため、経過をみましょう」と言って、入院して経過を見ることも多い。

地域格差は大小様々どこの国にも地域にもあるだろう。医療行為を受ける側、そして医療現場にいる側もそれぞれの地域の特性や状況を知り、それに合わせてうまくやっていくしかない。

少なくとも、ワタシは両方の実態を知る身として、釧路でも東京でも、なるべく両方のいいところを取り入れて、やるべきことをしっかりやっていこうと決めている。

そんな気持ちも新たに、2017年も当直で幕開け。

本年もよろしくお願いします。

■イラスト Dr.まあや

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  Dr.まあや(折居麻綾先生)

1975年東京生まれ、岩手育ち。岩手医科大学卒業後、慶應義塾大学病院で研修を終え脳神経外科に入局。2010年にかねてから夢だったファッションデザイナーの道に挑戦しようと日本外国語専門学校海外芸術大学留学科に入学する。翌年にはロンドンのセントラル セント マーチン カレッジ オブ アート アンド デザインに約2年間留学しファッションデザインの基礎を学ぶ。帰国後は事務所『Dr.まあやデザイン研究所』を設立しアーティスト活動をスタート。現在は釧路孝仁会記念病院、東京・小平市のあかしあ脳神経外科の院長として非常勤勤務している。

 


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