43954f4a 8cfc 4eb9 87f5 2699259f2e91連載・コラム
2017年02月03日

Dr. ミナシュラン!
第6回 地域医療の情景「だんだん」

 いつもの“グルメな日々”とは趣きを変え、ひとりの患者さんとのエピソードを綴った連載第6回。正解のない医療の難しさ、患者さんとの向き合い方……。Dr.ミナシュランが迷い、立ち止まり、考え抜いた選択とは。

第6回 地域医療の情景「だんだん」

今回は、四国の小さな海辺の診療所で働いていた頃に出会った、忘れ難い情景を短編小説風に書いてみようと思います。

モデルになった患者さんはおられますが、個人を特定する情報やエピソードについては大きく改変して創作しています。
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テレビドラマが人生を変える、ということが、本当にあるのである。

そのおばあちゃんは80歳。

去年の年頭に、癌があることが分かったのだが、その癌を治療することを拒否した。そして、癌があると家族に知らせることも拒否した。

「おばあちゃん、ちゃんと家族に言った方がいいですよ、大きな病院で治療してきた方がいいですよ」

そう何度も説明したのだけれど、おばあちゃんは否と言う。

「どうして嫌なんですか?」。そう聞くと、おばあちゃんはこう打ち明けてくれた。

「ドラマを見て、ね」

その頃NHKで「だんだん」というテレビドラマが放送されていて、そのドラマには、癌を患っていながらも、家族に隠したまま凛と死んでいく老人が登場したらしい(と思っていたけれど、HPを見てみると本当にそういうストーリーだったのかよく分からない。でも、少なくともおばあちゃんの中ではそういう物語だったのだろう)。

そのドラマを見て「こういうふうに死のう」と思ったのだという。

困った

治療をしないのはご本人の権利だけれど、それを家族に言わないと、おばあちゃんが急にバタっと倒れてしまった時、「先生は何をしていたんですか!」って怒られてしまう。

しかし、私には「守秘義務」があるので、いくら患者さんの家族でも、本人の同意なしには、勝手にそのことを言ってはいけない。

困った。

おばあちゃんには治療を受けて欲しいし、治療を受けないにしても、おばあちゃんの状態が悪いということを、家族に知らせたいのに。

「お願いします、おばあちゃん。ご家族に、ちょっとだけお話させてください。それか、大きな病院で、せめて輸血だけでもしてきてください。じゃないと、明日倒れても不思議じゃない状態なんです」

そう何度も頼んだけれど、おばあちゃんは嫌だと言った。おばあちゃんのヘモグロビンは、7mg/dlを切ろうとしていた。

こういう場合どうするか。教科書的な正解は、きっとこうだ。「『治療を受けない場合のリスクについて患者に十分説明し、その同意を得た』と、カルテに記載する」

私は毎回カルテに正解を記したけれど、いつも後ろめたい気持ちでいっぱいだった。

だって、治る可能性があるなら、治してきて欲しいのだもの。もう少し、おばあちゃんの笑顔を外来で見ていたいのだもの。

おばあちゃんは、

春になると、「春は忙しいから夏になったら」と言い、

夏になると、「夏は忙しいから秋になったら」と言い、

秋になると、「秋は忙しいから冬になったら」と言い、

ついに冬が来てしまっていた。

今日こそ説得しよう、今日こそ説得しようと思って、でもできなくて、
カルテに「やはり治療・家族へのムンテラは希望しない」と書き続けていた。

そんな冬のある日、外来に、本人ではなくて、娘さんがやってきた。

「いつもお世話になります。母が腰が痛くて来れないというので湿布をもらいにきました」

娘さんはそう言って、慌しく湿布を受け取ろうとして、そして一言、こう聞いてきた。

「母の腰は、どうして痛いんでしょう? ぎっくり腰みたいなものですか? 最近は、母は座ってサボっていることが多くて」

「ううん……」。私は唸ってしまった。

おばあちゃんの腰が痛いのは、ひょっとすると癌が骨転移しているのかもしれない。座ってばかりなのは、きっと貧血が進んで、起き上がる力もないからだ。

「ううん……」。
私はもうひとつ唸ってしまった。

すかさず、娘さんが聞いてきた。「……ひょっとして、母は、悪いんですか?」

「ううん……」。私は、唸ることしかできない。

言ってはいけないのだ。

もしここで「実はお母さんは癌なんです」と言えば、それは守秘義務違反であるし、何より、おばあちゃんが望んだことではない。

おばあちゃんのドラマを守り通してあげるべきなのか、それとも、本当のことを言ってしまうか。悩んでいる私に、娘さんはさらに言葉を重ねた。

「悪いんですね?」

「ううん……、ううん……、その……」と、この答え方では、おばあちゃんの病状が良くないと言っているのも同然だった。

ごめんなさい、おばあちゃん。

「お話するには、ご本人の許可が必要なんです。ご面倒かとは思いますが、おばあちゃんと一緒に来てくださいませんか?」

ああ、これで良かったのだろうか。おばあちゃん、ごめんなさい!

娘さんと一緒に来院されたおばあちゃんはいよいよ病気のことがバレるというのに、なんだかケロッとしていた。

「先生、もう(娘に話さないと)仕方ないね」
「話していいですか?」
「ええよ」

私はおばあちゃんの顔を見て、そして娘さんの顔を見た。

「実は、お母さんは癌です。それも、もう半年以上前に見つかっています。治療をお勧めしたのですが、治療はしない、精密検査もしない、家族へも言わない、というのがおばあちゃんの信念でした。

腰が痛いのは、癌のせいかもしれません。そして、恐らく癌のせいで貧血が進行していて、もう今日・明日倒れてしまってもおかしくない状態です」

「えっ?」と、娘さんは驚いて、そして10秒ぐらい考え込んだ後、こう言った。

「……教えてくださって、ありがとうございました。今後どうするか、兄とも相談してきます」

「兄とも相談してきます」と言った後の行動は早かった。翌日すぐに兄妹がやってきて、「がんセンターに紹介状を書いてください」と言う。

私は紹介状を書いたものの、気持ちは複雑だった。

ここから3時間の距離のがんセンターに入院、きっと手術を受けて、抗がん剤治療をするだろう。潮の香りもしない病院で、病院食を食べながら死んでいくって? それは、おばあちゃんの望んだ死に方だったんだろうか。

おばあちゃんの描いたドラマを、私は、狂わせちゃったんじゃないかな?

私、ひどいことをしてしまったのかな。
ごめんなさい、おばあちゃん!
ごめんなさい、おばあちゃん!

そう思いながら、おばあちゃんを送り出した。

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それきり、音沙汰がなくなった。

私の外来は、おばあちゃんと「治療しましょう」「治療しません」という問答がなくなった分、時間がかからず、楽になった。

でも少し、寂しかった。

年が明けた。ある日、おばあちゃんの娘さんが、大きな箱を抱えて外来にやってきた。

大きな箱。これを見るとギクリとする。

この小さな村では、医者への贈答の習慣はほとんどないけれど(魚や野菜が時々医師住宅の前に置き去りにされる以外は)、診ていた患者さんが亡くなったときには、その家族が菓子折を持って挨拶に来られることがある。

「ああ、亡くなったのか」と悟ってしまって、私は、家族に会うのが気が引けた。できたら、「先生は往診中です」ということにして、帰ってもらいたかった。

でも、
娘さんはカーテンのすぐ後まで来ていた。
娘さんだけ、来ているようだった。
ああ、やっぱりそうか。

(あけましておめでとうございます、って、言ったらだめだよね?)
そう考えながら、カーテンを開けた娘さんの表情を見たが、よく分からなくて、
私はとりあえず「こんにちは、それで?」と聞いた。

すると娘さんは、上気した顔で答えた。
「先生、転移は、なかったんですよ!手術、成功しました!」

「ええええええええ?!」

「成功しました!」

癌を一年近く放置していたのに、なんとおばあちゃんの癌は、あまり進行していなかった、というのだ。

「取りきれたから、抗がん剤もいらないんですって!」

「えええええええええ!!!」

「治りました」と言われて医者がこれだけ驚いていてもいけない気がするが、嬉しかったから仕方がない。

娘さんの大きな箱はシュークリームで、私は「患者さんからは頂いてはいけない決まりなんですよ、お気持ちだけ頂きます」と言いながら、気持ちと一緒に中のシュークリームを二つだけ受け取った。

おばあちゃんご本人は、車の中にいるというので、私は靴を履き替えて、駐車場へと急いだ。

おばあちゃんが、いた。

「今度は腰じゃなくて膝が痛くて。先生のところまで出ていけなくてごめんなさい!先生、治ったんですよ~」

おばあちゃんは車の窓の開け方が分からなかったらしく、寒いのにドアを大きく開けて私に話しかけた。

その表情が本当に嬉しそうで、私がおばあちゃんに「よかったね」と右手を差し出すと、おばあちゃんは両手で私の手をワッサと握り締めた。

「先生、ありがとう」

あけましておめでとう、と、私は泣きそうな声で言った。

だんだん。

そのドラマの「だんだん」というタイトルは「ありがとう」という意味らしい。

「産んでくれてありがとう」「育ててくれてありがとう」「あなたに出会えてありがとう」と、そのドラマのwikiページに書いてあった。

だんだん。

この海の小さな村で「だんだん」のドラマの中にいるって、なんともドラマティックな人生だと思う。

思い返せばおばあちゃんの腰が痛かったあの日、もしも娘さんが湿布を来てくれていなかったら、私はきっと娘さんに癌のことを話せなかったと思う。そうしたら、おばあちゃんの病気は間違いなく取り返しのつかない位進行していただろう。

あの時、おばあちゃんが娘さんに湿布を頼んだのは、心のどこかで娘さんに癌のことを知って欲しかったからじゃないか、とも思う。

「今なら助かるかも」と、感じていたのかな。

もしそうだとしたら、おばあちゃん、ドラマの名プロデューサーだなあ!

ああ、大きな太陽みたいに、美しい年明け。

年が明けてからは外傷の患者さんが多くて、私は苦手な小外科の処置をする度に言い訳ばかりしていた。

「私は内科が専門なので、やってはみますがうまくいかないかもしれません。傷をきれいに治されたいなら、隣町に行かれたほうがいいけれど、どうしますか? 私でいいですか?」

たいていは患者さんはにっこり笑って「いいよ、やってよ」と言う。「はい、消毒!」「メス!」とドキドキで処置をして、なんとか上手くできて、ひと安心。

「これで大丈夫だと思うけれど、もし変だと思ったらすぐに見せにきてくださいね」と、傷が治るまでは患者さんと運命共同体だ。

悪い知らせもあった。別の癌の患者さんが、転院先の病院で亡くなってしまった。

もうちょっと頻繁に検査していれば、早く発見できたかもしれないのに……、そう思うと、悔しくてならない。

でも、この村の嬉しいことも、困ったことも、その少しずつを一緒に担ぎながら過ごす毎日。そういう毎日が、自分には合っている気がした。

シュークリームを2つ食べた。

だんだん。

私は、また出張診療に出かけた。

 


■プロフィール:Dr. ミナシュラン
自治医科大学卒業の総合医。9年間四国で地域医療に従事した後、夫の住む台湾へ。美味しいものを食べるのが好きで、本名の「みな」とグルメの「ミシュラン」をかけて、「ミナシュラン」と呼ばれている。変換予測候補で「みな酒乱」と表示されるが、下戸である。好きなカクテルはマダム・ロシャス。忘れられない医療材料の名前はタココンブ。その他の情報は、徐々に明らかになっていく予定。


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