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2017年03月29日

医局人事とレールから脱線した医者
Dr.まあやの「今日も当直です」第12回

サクラの開花宣言が聞こえ始めるこのシーズン。ドクターたちの心中は春色に染まるとはいかず穏やかならぬようで……。教授選、人事異動などざわめく春なのです。

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第12回 医局人事とレールから脱線した医者


ここ、北の果て釧路の当直室にも、流氷と一緒に流れてくるのが、医局人事の噂である。今では非常勤で釧路の病院、東京のクリニックで働いているが、これもワタシが大学病院の恩恵に預かってのこと。人事、特に上層部の動きには少なからず影響を受けることがある。

毎週末、当直勤務している釧路の病院の人事異動は、様々な大学病院の人事異動が間接的に関係してくるため複雑な気持ちになる。

春。医局がざわつく人事の季節

医局にいたころは年が明けるとみんなソワソワしだし、今年の人事どうなってんの? なんて探り合いが始まったものだ。レジデントはその年に何人出張に行くかが決まっている中で、じゃあ誰がどこに行くか、という話である。

ワタシも例にならって関連病院を回った。2000年3月に卒業し、4月から大学病院にて外科研修医をスタートさせ(当時は、まだ現・研修医制度がなかった)、医者2年目に神奈川県の市民病院、3年目に国立の医療センターへ。

いったん大学病院に戻りレジデントを行い、翌年から現研修医制度が開始されたため大学病院麻酔科が減ってしまい、臨時でお手伝いのため麻酔科短期出向、さらに静岡県の市立病院へ短期出張、そして、また大学へ戻り、チーフレジデントの生活が始まり、さらには大学院へ入学、なんてこともあった。

静岡での生活は環境面で申し分なかったし、みんなやさしかったし良い所だった。しかし、もともと岩手での田舎生活に飽きて東京に出てきたワタシにとっては、少しストレスに感じていたのも事実。

それでもなんとか周りの支えもあって出向期間を満了し、最終出勤日のその日のうちに東京へ帰り、東京タワーを見て涙した。

このときの経験は、今の働き方にとても影響を与えたことになる。勤務医としてこのままこうやって決められたレールの上をまっすぐ進むのは性に合わないな、ということ。そして、やはり都会で働きたいということ。

というわけで、医局人事は医者の人生を決定付けると言ってもいいほどで、特に上層部が変わると、一気に情勢が変わることが多いと思う。

例えば、脳神経外科の場合、市中病院クラスでも、治療方針、手術のやり方(どこからアプローチするか→皮切、開頭部位など)、こだわり方(使う器具、顕微鏡など)が微妙に違ったり、血管内治療を優先されるようなケースも出てきたりするため、その影響で診療体制が変わってくる。逆に人事異動で医者が減ってしまうと、今まで通りの体制では救急対応困難になったりもする。

ワタシは大きな医局人事から離れてしまってはいるが、ワタシのような末端にいる人間でもいろいろ感じ取ってしまう部分がある。

ことのほか、大学病院の場合何と言っても「教授選」という大きな局面を迎えることが、様々な医局員、関連病院の先生などの、生活や人生を変えていくことになる。それはもう大騒ぎになるわけで。歓送迎会などという一見華やいだ会にあっても「明日は我が身、来年はどうなることやら……」と戦々恐々だったりする(笑)。 

女医の人生設計

女医さんたちをみていて、計画的に生きていかないと、結婚や妊娠のタイミングと医者の仕事をどう両立させいくのかが(joy.netでもいつも大きなテーマになっていますが)、難しい問題だなあと感じることがある。

結婚するなら大学時代から付き合っていた相手か。もしくは研修医終了時点、遅くとも後期研修が終わるまでに結婚相手を見つけないと結婚は厳しいかも、とか。出張に出たらすぐに妊娠はできない……とか。

旦那さんの出張(転勤)についていくかどうか、子供の教育に合わせて居住を考えるべきなのかなど問題が複雑になっていくなあというのを、周囲の先生たちの状況を見ていて感じるところである。

そういえば出張先ですぐに妊娠した先生がいて「これだから女医は……。ちゃんと考えて妊娠とかしてくれないと困るよなあ」と言われていたのを実際耳にしたこともある。

確かに、妊娠している女医さんに当直やオンコールをさせるわけにいかず、誰かが代わることになる。放射線を浴びせるわけにもいかないし、長時間の手術なんてもってのほかだし。男性上司の先生が文句を言いたくなる気持ちもわからなくないが……。そんな言い方をしなくても、と同じ女医として思ったりして。まあワタシには、未だに縁のない話なんですがね……。

 

選択肢があるということ

さて、ワタシはかれこれ10年以上、東京の都心に生息している(途中ロンドンにいたこともあるが)。田舎を知っているからこそ、やはり都会が好きなんですねぇ(東京生まれだから!?)。

人ごみ、賑やかな街が落ち着く。都会には選択肢が多い。働き方も選べる。ワタシみたいな自由な働き方だってできる。

もし、田舎にいることで悩んでいる人がいたら、少しでも若いうちに都会に出てくることも一つの手段なのかなあ、と思う。ワタシもそうだったが、選択肢の多さに驚き、そして救われる。(ただ、みんながみんな都会に集中してしまうと、医療過疎化地域が増えてしまうので、患者のために自分を押し殺すか、自分の生活スタイルのためだけに、医療過疎化を黙って見て見ぬ振りをするのか……。難しい選択なのである)。

そして、春の人事で意気消沈している人がいたら、ただ多忙な毎日に心をすり減らすのではなく、最終的なゴールを見据えて、自分の思うまま動いてみることも一つの選択枝かもしれませんよ? 働き方は選べるし、ワタシたち医師は目標に向かって努力することは得意なのだから。

ワタシは予想どおり独身で東京と釧路をふらふらしているが、考えてみれば大学同級生女子18人の中で、独身はワタシだけじゃないか!と、そんな恐ろしい事実に突き当たってしまった。次回は女性医師の結婚事情について、独身のワタシがいろいろ妄想してしまおうと思う。

■イラスト/Dr.まあや 構成/ふるたゆうこ

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  Dr.まあや(折居麻綾先生)

1975年東京生まれ、岩手育ち。岩手医科大学卒業後、慶應義塾大学病院で研修を終え脳神経外科に入局。2010年にかねてから夢だったファッションデザイナーの道に挑戦しようと日本外国語専門学校海外芸術大学留学科に入学する。翌年にはロンドンのセントラル セント マーチン カレッジ オブ アート アンド デザインに約2年間留学しファッションデザインの基礎を学ぶ。帰国後は事務所『Dr.まあやデザイン研究所』を設立しアーティスト活動をスタート。現在は釧路孝仁会記念病院、東京・小平市のあかしあ脳神経外科の院長として非常勤勤務している。

 


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