De92d2b2 c2e3 47f9 a662 b65ffe257502医療トピックス
2017年04月03日

【ホスピタルアートの力】
“飾り”ではなく、人を動かすスイッチ。
『四国こどもとおとなの医療センター』

無機質な病院を鮮やかな色彩が駆け巡り、人々の心を躍らせるホスピタルアート。「きれい」「癒される」といった五感を刺激するだけでなく、働く人々のモチベーションをも高めていく。

そんな新しい形の院内アートに挑むのが香川県にある『国立病院機構 四国こどもとおとなの医療センター』。病床689、48診療を備えた四国最大級の病院で、プロデュースに携わるホスピタルアートディレクター・森合音さんに思いをうかがった。

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病院におけるアートの役割って何だろう。

2013年に2つの病院が統合され『四国こどもとおとなの医療センター』としてスタートする際、森さんは自分にそう問いかけていた。

中川義信院長から「アートを病院に」という依頼を受け、準備を進めていくなかで見つけたひとつの答えは「参加型のアート」だった。

著名な作家の絵を飾るのではなく、ものづくりのフィールドを院内に持ち込む。アーティストに病院を見てもらい、人の流れ、視覚的効果などを考慮しながら、その場所にふさわしいアートを創る。

子供たちの好奇心と創り出すかたちの面白さに心を動かされたある作家さんは、子供の絵をつないだレリーフを、使い躍動感あるワークを病院の玄関口、総合受付に配した。まるで大地に根を張る樹木のようなオブジェ。小さな時計が設置され、1時間に一度音を鳴らしながらレリーフの周りを移動する。病院に訪れた子供たちが「なんだろう?」と駆け寄り、人々が集まるシンボル的な存在になった。

「作家さんだけでなく、“みんなで創る”という点も特徴です。たとえば、おとな病棟の受付のランプシェードは、ドクター、看護師、患者さんたちの手で、葉っぱの形に切り抜いた和紙をFRPという素材の中に漉き込んで完成させました。

“あれは僕の作った葉っぱだよと、教えてくれるドクターもいます(笑)。ほかにも、霊安室から駐車場までのお見送り通路の壁に、医師を含めたスタッフ177名が花の絵を描き、思いを込めた作品を創り上げました」(森さん)。

患者さんのことは、治療に携わっている医療スタッフが一番よく分かっている。そう考え、オペ室前室の壁にオリーブとミカンの木、讃岐富士を描いたのも職員たちのアイデアからだった。

「病と向き合う患者さんに何を届けたいのかを考え、意見を出し合いこの絵が生まれました。『窓のないオペ室はどうしても息が詰まる。患者さんやそのご家族の方が、なじみ深い香川の風景を見ることで不安や緊張感からから少しでも開放されれば……』。そういった職員たちの思いからこの壁画が完成しました。患者さんに少しでも届いているといいですね」(森さん)

2016年10月にはこれまでと趣きががらりと異なる壁画が描かれた。場所は検査室前室。

「検査スタッフから出てきたのは“積極的なアートを描いてほしい”という意見でした。『検査を待つ患者さんは不安にかられ、物事を悪く考えてしまうことが多い。マイナスの気持ちを打ち消す、気分ががらりと変わるような壁画を描くのはどうか』と。

そこで、地元の作家・高松明日香さんにご相談し、彼女のアイデアで映画『スタンドバイミー』をテーマにすることになったんです」(森さん)

四方の壁には映画の場面が描かれ、ときに「stand by me……」とセリフが記される。名作を観た人もそうでない人も映画の世界にトリップし、脳裏をかすめる“悪いこと”が消えていくような――。意識のベクトルを大きく変える力強さがその作品にはあった。

病院職員たちに起こった変化

院内アートというと患者さんへのホスピタリティが第一の目的とされるが、ここでは少し違っていた。「アートが身近に存在することで、職員たちが気持ちよく働けるようになったと思います。心の余裕ができると医療の質、コミュニケーションの質が高まると実感しています」

そして森さんから「患者さんが一番欲しいものってなんだと思います?」と質問された。答えは「医療従事者から“人として尊重される”こと」そのためには医師、看護師たちの精神が健康で、気持ちに余裕ないと患者さんの思いを汲み取れないという。

医療の現場では、病に勝つか負けるのかのたたかいが日々繰り広げられ、検査データ、エビデンスなど論理的な側面ばかりが強調される。「もちろんそれは大事なことですが、人間はそれだけではないんです。見逃し、こぼれ落ちそうな一人ひとりの個性・人格を受け止める必要があります。その環境作りにアートは欠かせないもの」。森さんが見い出した、もうひとつの答えだった。

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ボランティアスタッフの力

四国こどもとおとなの医療センターには70名以上のボランティアが登録している。病院がある善通寺は空海の誕生の地。お遍路でよく聞く“お接待文化”が根付いており、困っている人に手を差し伸べる精神が培われている。

「ボランティアさんには手作りの小物を作ってもらったり、バイオリンが得意な方には院内で演奏してもらったり。その方が好きなこと、得意なことに携わってもらっています。みなさんにお願いしようと思ったきっかけは、医療従事者の業務内容に限界を感じたからでした。治療をしながら患者さんへの細かな心のケアまで行うのはキャパオーバー。医療そのものが完璧なサービスでもあるのに、それ以上のことを医師やナースたちに求めるのは酷、なんですよね。そこで、外部の方たちの力を借りて心のケアのお手伝いをしていただく。時間を持て余している高齢者の方たちにとっても活躍の場ができ、いい循環が生まれていると思っています」(森さん)


↑廊下の壁には家の形をした扉が。開けるとボランティアさんによる手作りの小物や絵などのプレゼントが入っており、来院者は自由に持ち帰ることができる。

自身が病を患ったり、家族を失ったりしたことでボランティアを始めた方も少なくないという。

痛みが分かるからこそ苦しむ人の役に立ちたいと思うんですよね。うちには“赤ちゃん用のワンピースを作る”というボランティアがあります。これは元気な赤ちゃんのためのものではありません。

悲しいことですが、どうしても病院で亡くなる赤ちゃんもいて、その赤ちゃんに着せて欲しいとボランティアさんが手縫いして作ったものです。

出産直後に我が子を失ったママがこのワンピースを受け取って涙を流し『私が励まされたように自分も誰かを励ましたいとボランティア登録してくださる方もいます」

じつは森さんも痛みを負ったひとり。2人の小さなお子さんを抱えながら、最愛の夫を心筋梗塞で突然失う。悲しみを直視できなかった彼女が手にしたのはカメラだった。

「当時、私にとって写真を撮ることは趣味ではなく、生きるための手段(セルフカウンセリング)だったんです。苦しい、辛い、悲しいという感情を吐き出すためには必要なことでした。写真を世に出したことで、いろいろな方との出会いがあり、会話を重ね心の内を言葉にしていくことで前に進めた気がします」

人間はひとりでは傷を癒せないし、立ち直れない。そう、森さんは痛感している。

「たとえば人には自然治癒力があるといますが、自力で治るわけではなく、山や川などの自然、他人からの影響など自分以外の力を借りているんです。だからみなさんには痛みを表現してもらいたい。隠すのではなく、ね。この苦しみから永遠に逃れられない、とあきらめるのではなく、何かの形で自分の思いを表現することで回復の道筋が見えてきます。それは患者さん、家族を失った方、病院職員を含めて、みなさんに言えることです」(森さん)

選ばれる病院へ

単なる風景ではなく、人々の深部に影響を与えるアートの力について森さんが期待することとは。

「アートは日常的にあるもので、人を楽しませ、前向きなエネルギーを与えるものです。組織を集結させ目的に向かわせる原動力になり、さらには医療従事者と患者さん、病院と地域をつなぐ架け橋にもなる。これからの時代はそれぞれの病院が明確な個性を持つことが必要になります。コンセプト、医療のスタンス、対応力など、さまざまな側面から、患者さんから選ばれる時代。それを伝えるツールとしてアートは今後も大きな役割を果たしてくれると思います」。

感情、感触、情熱、共感など視覚化できない“大切なもの”を必要な人に届け、つなぎ合わせる。そんな不思議な力がアートには秘められている。

 

四国こどもとおとなの医療センター 

ホスピタルアートディレクター・森合音さん

 

1972年徳島県生まれ。1995年大阪芸術大学写真学科卒業。2000年クリエイティブオフィスフロムハーツ設立、フローリストとして活躍。2003年、心筋梗塞で夫を亡くす。夫の遺したカメラで2人の娘の日常を撮った「太陽とかべとかげ」で2005年富士フォトサロン新人賞を受賞。2005年に「Edge―境界」でエプソンカラーイメージングアワード・エプソン賞受賞。2008年より香川小児病院(現・四国こどもとおとなの医療センター)でホスピタルアートに携わる。

独立行政法人 国立病院機構 
四国こどもとおとなの医療センター
香川県善通寺市仙遊町2-1-1 
TEL:0877-62-1000


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