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2017年05月03日

患者さんにとって何が幸せなのか――。
答えを探すために医療倫理の道へ。
麻酔科医・新井奈々先生が見えた世界。

「あらゆる手を尽くした救命か、尊厳か」。

生死をわける急性期医療の現場で、答えのない悩みに直面していた新井奈々先生。偶然参加したセミナーで医療倫理という学問に出会います。自分らしく生きる、納得のいく治療法を自ら選択したい患者が増えるなか、医療倫理を臨床現場や社会に広める道を模索する、麻酔科医の姿を取材しました。

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いま学ばなければ後悔する。
臨床の場を離れ、東大大学院へ

今春、東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻の専門職修士課程を修了した新井奈々先生。4月からは博士課程に進み、「キャリアを一時中断してでも学びたかった」という医療倫理学の研究に励んでいる。

麻酔科医として働いていた名古屋の病院を退職し、東大大学院へ進学したのは今から2年前の2015年4月。当時すでに麻酔科専門医、心臓血管麻酔専門医、集中治療専門医の資格を取得し、命と向き合う急性期医療の第一線で活躍していた新井先生の決断は、周囲に驚きを与えたという。

当時の心境について新井先生自身は「仕事は楽しく、どんなに忙しくても辞めたいと思ったことは一度もありません。むしろ、麻酔科は自分の天職だと感じていました。でもそれ以上に大事なことを見つけてしまって」と振り返る。

医師として脂が乗っていた時期に、臨床から研究へ大きく方向転換した理由は、現場で芽生えたある違和感がきっかけだったという。

「重症患者と向き合う現場では、答えがないような状況に追い込まれることは日常茶飯事です。人の人生を左右するような決断を、私が下していいのか。それ以前に、そもそもこの患者さんをICUに入れて、集中治療に乗せていいのだろうかという、迷いや葛藤の連続でした」。

例えば、10歳の子どもなら全力で治療をするけれど、治る見込みの少ない100歳の患者に同じ治療をすることが正しい判断なのか。「そこはいつも悩みの種でしたね。周りに相談しても、医学的には正しいから、思うことはあっても、みんな口をつぐんでしまうのです。もちろん100歳だから治療をしなくてもいいとは誰も言えないし、満場一致で『やりましょう』ともならない。そういうグレーゾーンに、ずっと引っかかっていた気がします」

チームを組むメンバーの間でも、価値観はそれぞれ違う。判断の遅れが命に直結する急性期医療の現場では、迷っている暇はない。自分が抱える違和感について、深く考える余裕もなく、何も行動に移せない日々が続いた。

そんなある日、日本集中治療医学会から届いたセミナーの案内に目が留まった。このセミナーが、自分の運命を大きく変えるとは、この時は思いもしなかったという。

「セミナーに参加して、私が抱えていたモヤモヤの原因は『これだ!』と気づきました。これまで“医療倫理”という言葉すら知らなかったのですが、専門的に学べる場があると知り、いてもたってもいられませんでした」。リサーチした結果、東大のカリキュラムに最も興味を惹かれ、東大だけを受験。見事合格を勝ち取った。

大きな決断だったが、「このモヤモヤをずっと抱えたまま、この先何十年も働くことは私にはできない。その選択に後悔はなく、むしろ学べる喜びの方が大きかったです」

これからの医師に必要な
患者の生活、生き方を尊重する視点

大学院に入った一番の収穫は、自分と同じ問題意識を共有できる仲間ができたこと。同期の平均年齢は30代半ば。保健師、薬剤師、栄養士など3分の1は女性だ。また、内科医や救急医、産業医など、第一線で活躍していた医師が全体の約半数を占めるという。

これまで『しょうがない』ですまされていた問題について、解決に踏み込むところまでディスカッションできることが何より楽しいです。毎日本当にいろいろな発見があります。例えば、ここは答えが出ないんだとわかったり、仲間と話すことで、自分にはなかった観点に気づかされたり。特に、みんなで話し合うための共通言語やツールが見つかったことは大きな発見です。これは今後の臨床にも還元できるのではないかと思っています」。

 個人や職種による“価値観の違い”という曖昧な感覚であきらめていたことが、医療倫理を学ぶことで、「主治医」「看護師」「患者」「家族」など、それぞれの立場に分けて考えられるようになったという。

「例えば、資本主義の国と社会主義の国が、お互いの立場を全く知らずに経済の話をしても、会話は成り立ちません。だけど、それぞれの主義や原則を知っていれば、考え方や発言も理解できると思うのです。医療の現場も同じで、その人の立場や主義を理解することで、どこから手をつけていいかわからなかった問題が整理できます。分かり合うための共通言語やツールあると知っただけでも、あきらめないでよかったです」。

新井先生も「なんとしても命を救うことが医師の使命」と教えられて育った世代だ。治療を優先することが善とされ、治療を諦めることが、まるで悪のごとく思い込んでいる医師も多い。それはもちろん患者を思ってのことなのだが、「治療を優先すると、尊厳は頭から抜け落ちてしまう。自分は何のために医療をしているのかを見失っている医師も多いのでは」と新井先生は指摘する。

医療が発展すればするほど、医師は病を無限に治せるような錯覚に陥ってしまう。「そもそも医療を受けるかどうかは、個人の選択です。治療をして当然だろうという主治医のプレッシャーは、患者さんにも伝わり、面と向かって治療を受けたくないとは言い出しにくい状況です。しかし、主治医側に、その方が望む生き方や、生活そのものを考える視点があれば、アプローチは変わってくるはずです」。

ネットで医療情報が容易に手に入る時代になり、自分の納得のいく治療を自分で選択したい人が増え、「ようやくそういう視点に気づく医師が増えてきた気がします」。

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現場も理論も熟知する自分が
医療倫理浸透の懸け橋となりたい

当初は、公衆衛生学修士(MPH)を取得し、2年で病院に復帰するつもりだったという新井先生。自分のなかのモヤモヤは消えたものの、見識が広がった分、医療倫理の考え方を臨床の現場にどう広めていくかが新たな課題となった。

「一人の力でできることは限られています。だからこそ、医学部教育や臨床現場のサポートツールのようなものを、いつか発信できたらいいなと考えています。そのためには、いま現場に戻るよりも、あと4年博士課程で学ぶ必要があると思いました。研究をより多角的に進めることで臨床現場に還元できる方法論を見つけいきたい。現場の医師の視点も持つ私だからこそ、挑戦すべきテーマだと思っています」。

身近な目標は、きちんと博士課程を修了すること。卒業後は病院に戻る人、起業する人などさまざまだが、「これまで学んだことをどう形にするか。4年間かけてじっくり探していきたいです。臨床から離れたことで、医師の仕事を客観的に見られるようになり、医師の働き方改革やメンタルヘルスにも興味がわいてきました」。

新井先生はスキル維持と今の臨床現場を知るという意味で、今でも千葉県の病院で麻酔医の仕事を続けている。「私はコンサバな性格なので、麻酔科専門医の資格やスキルを持っている安心感の下、勉強に集中できる環境を確保しました。それがなくなると、やっぱり不安ですから…。でも、人生の先がすべて見えてしまうのもつまらないじゃないですか(笑)。不確定要素がいくつかあった方が、今はおもしろいんじゃないかって思います」。

何でもダメもとでやってみれば
思わぬ道が開けることも

会社員と専業主婦の家庭で育ち「患者から感謝される医者になりたい」というよりは、人体や医学に興味があって医学部に進学最初は耳鼻科志望だったが、研修医時代に麻酔科のおもしろさに魅せられ、麻酔科医の道へ。

「心臓を止めて行う心臓麻酔は、すごくダイナミックなんです。その一方で、術者の癖やタイミングを計りながら、あ・うんの呼吸で進める緻密さもある。また、看護婦さんとのコミュニケーションなど、手術に関わるすべての人との強固な連携がないと手術はうまくいきません。そういった一体感や、自分が果たす役割の大きさ、達成感に大きなやりがいを感じていました

手術室やICUで多職種とコミュニケーションを取りバラバラの意見をまとめる、マネージメント的な役割には以前から興味があった。「そういう意味では、今この道に進んでいるのも、自然な流れだったのかもしれませんね」。

自身の結婚・出産については「なるようになるかなって思っています(笑)。今は甥っ子がすごくかわいくてかわいくて、母親気分を味わせてもらっています」とあたたかな笑顔で話してくれた。

休日は友人とおいしいもの食べに行くツアーを組んで出かけたり、クラシックやジャズが好きでコンサートやライブに行ったりすることもあるという。

現在の大学生活については、「すごく贅沢な時間だと思います。現場を離れて、いろいろな意識を持った仲間が近くにいて、人脈も広がって。麻酔科医の仕事があるから経済的にも困窮せず、好きな研究に没頭できるのですから、本当に恵まれていると思います。東大には著名な先生が間近にたくさんいらっしゃいますし、学問をするには最高な環境です」。

すべては、偶然参加したあのセミナーから始まった。「どんなに忙しくても、アンテナを張っていれば、意外な出会いがあるものですね。それ以来、いろいろな所に顔を出し、なんでもダメもとでやってみる精神が身に付きました(笑)。もし、今の状況を変えたい、やりたいことがあっても一歩踏み出せない方がいたら、何でもやってみれば、なるようになるって言いたいですね。ダメで当然、何か得られたら儲けもの。そのぐらいの気持ちで動いてみるといいかもしれません」

その生き生きとした表情から、好きな学問を思い切り探究できる喜びが伝わってくる。医者という狭い世界を飛び出し、人脈も見識も広がった新井先生が、4年後にどんな道を切り開くのか今から楽しみだ。女性らしさのなかに、熱い情熱を秘めた抜群の行動力で、答えが出ない難題にも臆することなく立ち向かって行ってくれるだろう。

新井奈々(あらい なな)先生

愛知県名古屋市出身。2004年岐阜大学医学部卒業。

麻酔科専門医、心臓血管麻酔専門医、集中治療専門医の資格を取得し、名古屋市の病院で麻酔・集中治療医として第一線で活躍。その後、医療倫理を学ぶために退職し、2015年4月から東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻へ。公衆衛生学修士(MPH)を取得し、現在は同研究科社会医学専攻博士課程医療倫理学に在学中。

 文/岩田千加

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東大病院乳腺・内分泌外科 分田貴子医師。