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2017年06月09日

患者に寄り添うがん医療へ。何が彼女を支え、強くしてきたのか?
がん研有明病院 婦人科副部長・リンパ浮腫治療室長 宇津木久仁子

「生命さえ助かればいい」――QOLをないがしろにしがちながん医療の現場で、診療に心血を注ぎつつ、抗がん剤による脱毛、リンパ節郭清によるリンパ浮腫等のケアにも真剣に取り組む。日本を代表するがん専門病院の婦人科副部長として、第一線で活躍してきた宇津木久仁子氏を、「日本一患者の心情に寄り添う医師」と感じている患者さんは少なくないだろう。その強さと優しさの秘密に迫る。


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帽子も化粧もアロマも
おしゃれは重要な患者ケア

「抗がん剤治療をしていると髪の毛や眉毛が抜けますよね。それで帽子をかぶるわけですが、以前は本当に高齢者がかぶるような帽子しかなくて、もうちょっとおしゃれな帽子にしてあげたいなと胸を痛めていたのです」

日本を代表するがん専門病院『がん研有明病院』で婦人科副部長を務める宇津木久仁子氏は、患者の闘病をサポートするために自ら立ち上げた「帽子クラブ」誕生の経緯を、そう振り返る。

今から20年近く前、1998年のことだ。

「ある患者さんが、ご自分のベッドの上に、友だちに作ってもらった色とりどりの帽子を並べてみせてくれたんです。どれも可愛くてね。『パジャマの色に合わせてコーディネートしているの』って聞かされて、そんなおしゃれもあったんだと。驚くと同時に、ほかの患者さんにも提供してあげたいなと思いました」

当時のがん治療はまだ「生命さえ助かれば、それ以上は望まない」のがあたりまえ。治療の場に、おしゃれという発想はまったく存在しなかった

「でもね、特に女性の場合、見かけはすごく重要です。外見に自信がなくなると、見舞客など人に会うのも嫌になるし、万事消極的になってしまいがちです。前向きな気持ちで治療にいどんでもらうためにも、おしゃれは大切な患者ケアです

さっそくアパレル会社に企画を持ちかけ、10種類ぐらいの試作品を製作。そのうちの何点かは商品化されたが、デザイン性が今一つだったことと値段が高めだったせいか、普及には至らなかった。

「正直、がっかりしました。それでしばし休止期間があったのですが、当時の婦人科部長から『いい活動だから続けてよ』と背中を押していただき、再挑戦することにしたのです」

新たな試みでは、製品化ではなく、知恵の集約と継承を重視した。

「患者さんがバンダナとかで工夫して作っていた帽子がとても素敵だったので、作り方を教えてもらったり、その患者さんが退院されても知恵が伝承されるよう、講習会を開いたり。あとは自分たちでスカーフの巻き方を工夫して広めたりね。患者さんの評判がとてもよかったので、看護師さんたちにも協力してもらい、『あなたらしく過ごすために』をモットーに『帽子クラブ』と命名して、2000年から定期的に催しを行うようになりました」

 
↑院内に設置されている「帽子クラブ」のコーナー。バンダナ、ニットタイプなどデザイン性、機能性に優れた帽子を販売している。オープン時間は水曜日と金曜日の14:00~16:30。

患者のニーズに応え、帽子やつけ毛、かつら購入のアドバイスなど、活動はじわじわと進化してきた。

画期的だったのは化粧の解禁

「たとえば入院時にお化粧はダメとなると、眉毛もまつ毛も抜けているという状態ですから、面会の人にも会えないじゃないですか。私たちも朝起きがけに突然人が訪ねてきたら困りますよね。それと同じです。なので、看護部長の許可も得て、周術期、手術の当日や翌日でなければ、お化粧はしていいという方針に変えました。
ただ、匂いが強いものですと、抗がん剤をやっている人は吐き気を催したりするので、無香料ものにすることになっています」

とはいえ、こうした活動は、普及も継続も簡単ではないようで…。

「たまたまこの前、乳腺がんの患者さんが帽子クラブにいらした時に、ノーメイクでしたので『お化粧していいんですよ』と伝えたら、『ダメだと思っていました、とてもつらかった』と。

それで私は、乳腺科の婦長のところへ行って、『化粧していいことにしませんか。婦人科ではOKにしています。看護部長の許可も得ています』と交渉したのです。すると『うーんそうですね、して悪いことないですね。お化粧しているデメリットは、枕が汚れるぐらいかな』(笑)。

結果、乳腺科の医師とも話をしていただき、『抗がん剤とかで爪がとても痛むので、マニュキュアとか、ネイルケアもむしろしたほうがいい』となり、化粧OKになったそうです」

その後は、「癒しの場」としての帽子編み物教室やアロマセラピーなども加わり、昨年からは月に一度、男性患者を対象に『メンズデー』もスタートさせた。

 「男性の場合は、化粧と言うよりは元の状態に近くなるようなケアを、ご提案しています。眉毛を描いたり、まつ毛が抜けた分、わからないくらい薄らとアイラインをいれたり、ナチュラルに元気そうに見せることで、表情も明るくなりますよね。こういうケアは、全国に広がった方がいいと考えており、PRしていきたいと考えています」

子どもも自分も大事
だから医師を続けられる

出身は山形県。

当時、山形大学に医学部が新設されたこと、「医師は専門性高いし、一生の仕事としていい」との理由から医学部に進学、医師をめざした。

婦人科を選んだのは、「内科なら診断して治療を外科に任せるところがあるが、婦人科は診断から治療まで一貫してできるから」

その上で、「地域格差が大きいがん治療を、山形県で行い、地元でも治せるようにしたい」「特にがんは、生命にかかわる大きな病気。医師として、やりがいも大きい」との考えから、がん医療の道に進んだ。

がんについて、日本一の症例数を誇る「がん研」との付き合いは山形大学時代から。

「夏休みを利用して見学に来たり、困った症例がある時は、がん研の先生に電話して聞いたりして、勉強させていただきました」

83年に大学を卒業した後、母校の大学病院勤務と2年間の米国留学を経て、94年から同病院に赴任。手術、外来、抗がん剤治療など、婦人科がんの治療全般に精通し、患者の診療に寄り添う治療を実践してきた。

「婦人科に関しては、女医で損することはありません。患者さんには、女医の方が安心と言う人も多いですからね。

ただ客観的に見て、役職とか昇格については、男性医師と比べてハンディがあると感じたことはあります」

女医としての長いキャリアの中で、当然、悩んだり、落ち込んだりした経験は山のようにあったはずだが、宇津木氏はからりと明るい笑顔で話す。

恐らく、最も悩んだのは、仕事と子育ての両立だろう。

がん専門医として、第一線で働きながら36歳、38歳、41歳で出産した。それだけでも大変なことだが、宇津木氏の場合は、次男に知的障害がある。

「1歳になっても歩かないので、小児科にかかりはじめました。保育園に預けていたのですが、あの子は言葉があまり出ないし、運動能力とかも劣っているので、親がもっと手をかけるべきなのではないかと悩みました。自分が仕事を辞めて、家で見てあげるべきかもしれないと。

それで一度、保育園に行って、陰から覗かせてもらったのです。すると息子は、大勢の友だちや保育士さんに囲まれて、楽しそうにしていました。その様子を見て『ああ、この子は、このほうがいいだろうな。いろんな人と接して、成長した方がいい。保育園でずっと預けていて大丈夫なんだ』と思いました」

医師に限らず、女性が子育てしながら働き続ける上でしばしば自問自答し、かつ周囲から突き付けられる言葉がある。

「仕事の代わりは誰でもできるけれども、親の代わりはできない」

宇津木氏も、幾度となく迷い、その都度答えを出してきた。

「3人子どもがいるので、次男だけでなく、長男、3男だって心配。子どもも、もちろん大事ですが、自分も大事。自分の精神状態をよく保つこともすごく大事だと思います。

私は何よりも夫に支えられ、がんばってくることができました。それに、子育てほど楽しいことはありません。障害のある子を持つと、自分の子がほかのお子さんに迷惑かけることもあるし、理不尽に、白い目で見られることもあり、つらい想いをすることもあります。

そんな時、私は医師という立場はありがたいと感謝します。医者という職業は、常々人に感謝されています。自分の子どもが人に迷惑かけたり、親としてはつらい立場なことがあっても、私はいつも、人に感謝される立場でもある。へこみっぱなしではない。そこは間違いなく、つらさを補ってくれる部分でもあるのです

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弱さをさらけだすことが
自分をより強くする

宇津木氏の診療は「患者の心情をくみ取る温かさ」で定評がある。

その背景には、こうした体験が活かされているのではないだろうか。

「私はかなりプラス志向です。自分の弱さも、家族のことも、隠さずに話しています。誰でも大変なことがあるんだよと、それでもやっていけるんだよと伝えたい

そうすることで患者さんも、本音を吐露してくれますし。私が診ている患者さんは皆さんがんですが、何か悪いことしたから病気になったわけじゃありません。いつ、誰がなっても不思議じゃない。それががんという病気だと分かり合い、共有していくことを大切にしたいと思っています」

帽子クラブを立ち上げた2000年は、まさに、次男の子育てに思い悩んでいる時期。

夫の支えはもとより、患者を支えている、という誇りが、宇津木氏自身の支えにもなり、新しい試みを発展させる勇気の源になっていたのだろう。

さらに宇津木氏は、帽子クラブの活動に加え、がん治療に伴う「リンパ浮腫」の治療でも2009年に「リンパ浮腫外来」を創設させたパイオニアでもある。

「やはり重症のリンパ浮腫は、ちょっとケアする程度では済まない、それ自体が大変な病気です。医者が率先して取り組まないと進まない分野だと思い、牽引しています」

治療法のみならず、法整備にまで及ぶ幅広い活動が実り、リンパ浮腫は2016年から保険適応となった。しかし、解決すべき次の課題が早くも顕在化しており、宇津木氏の忙しい毎日はこれからも終わりそうにない。

宇津木久仁子(うつぎ くにこ)先生

 

1959年、山形県生まれ。がん研有明病院婦人科副部長、リンパ浮腫治療室長。1983年、山形大学医学部卒業、同大医学部附属病院に勤務。1989年、米国ベイラー医科大学留学。

 

1991年、山形大学医学部附属病院を経て、1994年から癌研究会附属病院に勤務。手術、外来、抗がん剤治療などを担当。抗がん剤投与中の患者を対象に「帽子クラブ」を主宰するなど、患者の心情に寄り添う診療を実践。 

 文/木原洋美

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