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2017年07月18日

Dr.まあやの「今日も当直です」第16回 自分のエンディングを考えておく

誰にでも平等に訪れるのが「死」。職業柄、日常的に接しているDr.まあやが、医師として、ひとりの女性として、エンディングについて見つめ直してみました。

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第16回 自分のエンディングを考えておく

だんだん夏に近づき、デブには過ごしにくい季節になってきた。東京のクリニックと釧路の当直をしながら、デザインの仕事、メディアの仕事、それから今進めている新しい企画…やりたいことは全部やりたいDr.まあやこと、折居麻綾です。人はいつ死ぬかわからない。だから後悔だけはしたくない。外見はふざけているが、至って真面目にそのことに向き合っている。

「人の死」に慣れてしまった自分にはっとする

前回の記事で、祖母の死と、お看取りについて触れた。ワタシは脳外科医として毎日たくさんの患者さんを診て、そして何人もの患者さんをお看取りしてきた。そうしているうち、他の人よりは「人の死」に慣れてしまったようだ。先日ある番組の取材中、たまたまそのとき患者さんのお看取りがあって、テレビ局の方が言葉を失っているのを横目で見た。ああ、これが普通の人の反応だなあ…と気づかされ、ちょっとショックだった。

最期をどう迎えるか。患者の気持ち、医者の気持ち。

人が亡くなる直前、その瞬間がどういうものかということは、意外と知らないのではないだろうか。身内や特に親しい人しか見ない場面だから。一般的には、お別れを言って眠るように息をひきとるなんて本当に奇跡的なことで、なかなか映画やドラマのようにはいかない。病気の種類や場所によって、だいたい辿る道は同じで、苦痛を和らげるために鎮痛剤や鎮静剤を使用し、そのために意識がなくなったりするものだ。

病気の進行は、臓器や病気によって違うことに、みんな気がついていないのだろうな、と日々外来で思う。

例えば、脳卒中の場合、発症から「時間単位」で進行していく。そのため、片麻痺や構音障害などの症状が出現してから早ければ早いほど、治療方法が選択でき、症状が改善する可能性が出てくる。反面、時間単位で治療ができなくなるということだ。

このことを理解されてないことが多く、発症から2〜3日経ってから外来に来て「2日前から右手足が動かしづらいんです」さらには「2週間前から、手足が痺れていて〜」と訴えてくる患者さんがいる。これでは遅い。

すでに治療適応から外れてしまい、症状の改善も望めない。脳卒中に関しては、学会が主導でテレビCMなどでの啓蒙活動をしているようだが、まだまだ伝わっていないのだろう。

逆に脳腫瘍などは、「日単位」「週単位」「月単位」で様子を見ることもある。そのほかの臓器に関して、(詳細は省くが)心臓なら「分」単位だったり、肺炎などは「日単位」で病状が進行するとされる。整形外科の慢性疼痛などは「月単位」で経過を見るしかない。このようないその専門の医者にとっては常識でも、なかなか一般の方には理解されづらいことである。

ワタシもいろいろな患者さんをお看取りしてきた。印象的なのは脳腫瘍の患者さん。脳腫瘍末期の患者さんの多くは、亡くなる2ヶ月前くらいから、毎日ぼーっとしている時間が長くなり、好きなものを食べたりしながら徐々に動けなくなり、最後は意識がなくなって1ヶ月くらい寝たきりになる。そしてそのままとても安らかな最期を迎える。

家族としては、意思の疎通ができなくなり、だんだん弱っていく姿を見ているのが本当に悲しいと思うが、医師としては、意識がなくなり、身体的にも精神的にも苦痛がないまま亡くなるというのは、せめてもの慰めになるのかな、と思う。ただ、「死を迎える」ということがどういうことなのか、残念ながら本当のところは知り得ない。

自分の終活と、家族の終活。

「終活」という言葉が世の中に出回り始めた昨今、誰もが自分のエンディングに対して、イメージを持てるようになってきた。

死をどのように迎えるのか、選択できることは望ましいと思う。治療困難な状況において、どの時点で積極的な治療を諦めるのか。亡くなる前にやっておきたいことがある場合は、どの時期までそれが可能なのか。そして、死をどこで迎えるのか?病院が良いのか、施設なのか、自宅なのか、もちろん知らずにその時を迎えたい、もしくは最期まで積極的に戦いたい、というのも選択である。

そして医者としては、これはとても難しいことだけれど、患者さんや家族に「その時」が来ていることを伝えることは大切なこと。伝え方、話すタイミング、伝える相手なども大切。会いたい人、やりたいこと、行きたいところがあるなら、その願いを叶えて欲しい。

そんなわけで、ワタシは常に死と向き合って生きている。脳卒中や不慮の事故で突然亡くなる患者さんをたくさんみてきた。だから、自分もいつなん時…と思っている(デブだし人より早いかも…)。

ワタシは配偶者も子どももいない。きっとこの先ずっと一人暮らしをするだろうから、終活を徐々に始めないといけない、と思っている。具体的にイメージしておかなければ、まさに死活問題である!発見してもらえるかとか、その前に施設に入っておくか、とか…。孤独死の可能性が高いので…。

入院中、それを思い知る出来事があった。術後で起き上がるのもやっとの状態で、点滴台を転がしながら、パンツを洗濯しなければいけなかったとき…、一人で生きるってこういうことかと切なくなった。次に入院することがあったら「景色のいい部屋」の他に「洗濯機の近く」も希望しよう…。

今のところ定年のない仕事をしているわけで、老後のためにせっせと働こうと思っている。そして、ワタシが音信不通になったときには、職場のみなさん…どうぞよろしくお願いします…。

ちょっとしんみりしてしまったので、次回は一般的には知られていない女医の裏側の生活、部活動、宴会芸などの話で盛り上がってみたいと思う。

■イラスト/Dr.まあや 構成/ふるたゆうこ 

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  Dr.まあや(折居麻綾先生)

1975年東京生まれ、岩手育ち。岩手医科大学卒業後、慶應義塾大学病院で研修を終え脳神経外科に入局。2010年にかねてから夢だったファッションデザイナーの道に挑戦しようと日本外国語専門学校海外芸術大学留学科に入学する。翌年にはロンドンのセントラル セント マーチン カレッジ オブ アート アンド デザインに約2年間留学しファッションデザインの基礎を学ぶ。帰国後は事務所『Dr.まあやデザイン研究所』を設立しアーティスト活動をスタート。現在は釧路孝仁会記念病院、東京・小平市のあかしあ脳神経外科の院長として非常勤勤務している。 

 


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