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2017年08月04日

【医師夫婦対談】離婚届がバロメーター!? お互いが輝ける形を見つけて。
~千葉大学医学部附属病院『立葵の会』講演Vol.2~

前編では、3組の医師夫婦におけるパートナーの役割をご紹介した千葉大学病院女性医師の会「立葵の会」講演会のレポート。後編は女子栄養大学栄養学部教授・藤巻わかえ先生と、埼玉医科大学脳神経外科・藤巻高光先生の夫婦の形を紹介します。

二人三脚で医師を続けながら子育てを終えた今、医師を取り巻く社会環境などへの活動・提言を積極的になさっている藤巻ご夫妻。パートナーの役割、試みから反省、自戒、未来への提言まで、愛と笑いに満ちた“トークショー”をご覧ください。

「もう限界……? 医師を続けながらのワンオペ育児」。
センパイ医師夫婦に学ぶパートナーの役割とは。
~千葉大学医学部附属病院『立葵の会』講演Vol.1~

藤巻わかえ先生

バランスではなくてシナジー。つまり、バランスをどっちかでとるのではなくて、シナジック、相乗効果として生活も仕事もできればいいなと」

 

 藤巻高光先生
「結婚したら、掛け算の関係性を目指したいなと思っていました」

 今でも、そして結婚当初からそんな気持ちで暮らし、仕事をして、子どもを育ててきた、脳外科医と研究教育職(臨床時代は小児科医)であるご夫婦。お二人で登壇し、まるで掛け合い漫才のように楽しくお話しされ、息もぴったりに進みます。ところが、理想的な夫婦の形に到達するのには長い年月と多くの試行錯誤と反省があってのこと――。

藤巻わかえ(ふじまき・わかえ)先生 以下わかえ先生

女子栄養大学栄養学部教授。日本小児科学会専門医、日本感染症学会専門医。小児科医、女性医師としての基盤を生かし、医療に絡むジェンダーや就労環境やキャリアデザインの問題に取り組む。“だんご三兄妹”の母。

 

 
■藤巻高光(ふじまき・たかみつ)先生 ※以下高光先生

埼玉医科大学医学部脳神経外科に勤務。脳神経外科専門医。「働く女性医師の夫の会」主宰。“だんご三兄妹”の父。

 

 

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「シナジー」を目指して結婚したけれど……。
蓋を開けてみたら、「男が仕事で女が家庭」の日々

 結婚したらお互いを高め合うような関係が理想。そして、たとえ男女という性差があっても、お互いが医師という仕事をしていればなおさら対等でありたいもの。ところがどっこい、新婚生活の現実は理想の「シナジー」とは程遠いものだったそう。

わかえ先生は新婚当時、家から1時間半以上かかる病院での小児科勤務。新生児も病棟も1人で持っているような状態。それでも、新婚当時は早く帰って御飯をつくらなきゃと思っていたし、それが当たり前だと思っていたとか。「今考えると、なんでそんなふうに思い込んでいたのかしらね(笑)」。勤務先の近くで長ネギだとか大根だのを買って、袋をぶら下げて山手線で帰ってきて、必死で家事をこなし、夕飯を作って夫の帰宅を毎日待つような生活が続きます。

対して夫の高光先生は、都内病院勤務で早く帰ろうと思うも、そうはうまくいかない日々。たまに早く帰ってくると、夫は思わず「何か手伝おうか?」と言う。しかし、この質問そのものが地雷でした。途端に雰囲気が急変。

DOとHELPとまったく違うじゃん! もっと主体的にやってよ! でも、それを説明するのも面倒っていう感じでした」(わかえ先生)

このときを振り返って、高光先生は言います。

「妻は小児科医。内科系でしょ!? こっちは手術がある外科医だよね! 俺は男だし、相手は女だし、俺に時間制約があるのは当たり前じゃん。こういう潜在意識が当時あったのは否定できないと思っています」(高光先生)

こんな高光先生の“潜在意識”ゆえの夫婦のズレに最初に変化の兆しが現れたのは第一子の娘さんの誕生がきっかけでした。

一児の父、がんばらなきゃと思う一方「娘が女の子っていうだけで将来差別されたら嫌だな」と考えた高光先生。さらには、妻が家庭と両立しながら情熱を持って医療に取り組んでいる姿をあらためて認識します。

その時のわかえ先生はといえば、「男って、ほんとに能天気。私は、どうやって子育てしながら仕事をするんだろうと思っていましたよ……」とのことで、この時点では夫婦の意識のズレはまだまだ大きいものでした。

その時ちょうど、高光先生に静岡転勤の話が舞い込み、妻に話すと、わかえ先生は意外にもパッと顔を明るくしたそう。

「これで正々堂々と休職できる!と思ったんですよ」とわかえ先生。

わかえ先生は、保育園をどうしよう、どうやって働き続けようなどと考え込んでいたわけです。そこに夫の転勤が発生。家庭と仕事の両立の切羽詰まった状態について色々考えなくてもいい! と思えたのだとか。それくらい、妻には子育てと仕事の両立の問題が重くのしかかり、夫とは大きな意識のギャップがあり、妻は随分苦しんでいたのです。

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なぜ私だけ非常勤? 妻の葛藤の乗り越え方

静岡転勤後はとにかく忙しい夫。呼び出しの嵐でほぼ不在。その一方で、わかえ先生も家事と育児に落ち着きが出てくると、どうやってキャリアを続けて行こうかと悩み始めます。子どもを抱えてのキャリアのリスタート問題です。

最初は教授に紹介された地元病院の門を叩くも、人手は充分とのことで断られて撃沈。そこで、手元に論文にしたいネタがあったので、まずはできることを、と論文を4本書きました。さらには、博士号を取る時に備えて語学試験を受けたりして過ごします。

そして第二子出産。子どもを産み育てながら、ひたすら今その時できることをやる日々が続きます。

「できないと思うよりも、その時にできることをしよう」。ただその一心でいたそうです。

そこへ舞い込む夫の東京転勤の報。東京に戻るにあたり、妻はフルタイムで復帰します。しかし、仕事に忙殺される夫、まだ幼い子どもたち、フルタイムで働く自分。早々に限界がきて、妻は仕事をパートに切り替えることにしました。

しょうがないよね、ごめんねって妻に言いました」(高光先生)

これ、おかしいですよね! 今になって考えると。でも、当時の私は、女が身を引くべきものなんだと思っていたんですよ。自分がご飯を作らなくちゃいけない、自分が非常勤にならなくちゃいけないって思ってしまっていたのだから仕方がないです」(わかえ先生)

さらに第三子誕生。子どもが3人に増え、妻は非常勤の外来をこなす日々。さらに自らの向上心に妥協なく、「その時にできることをしよう」の精神で、病棟勤務がないという非常勤の時間の余裕を生かして、循環器科や放射線科に行き、読影や心エコーの勉強をするなどの自己研鑽を絶やしませんでした。

夫とともに動き始める妻自身のキャリア。
ターニングポイントも夫のアイデアで乗り切る

共働きの常勤、子育て中の休職、非常勤を経ながら、自分自身のキャリアを見つめてきた妻。常勤でひたすら脳外科医として邁進し続ける夫。夫婦は、変化し続ける家庭・勤務環境の中でも、お互いを医師として尊敬し合いながら暮らし、ついにシナジーが形になって現れ始めます。

妻が外来で見つけた患者さんを夫が手術。珍しい症例だったため、なんと2人で初めて共著論文を執筆することに。

「この時は本当に嬉しかった。これでやっと掛け算になり始めたかなと思えました」(わかえ先生)

また、ある日夫が帰宅すると、家で妻が暗い顔をしていました。夫が事情を聞くと、久しぶりに参加した大学の同門会で同級生が学位論文を書いていると言っていたが、指導教授の定年までに時間がないから、自分はもう今更書けないと半ば諦めていると……。

論文書きなよ!って僕は言いましたね」(高光先生)

妻が研修医の時に他大学の研究室で実験を習ってきて実験システムをたちあげ、ずっとデータをとり続けていたことを知っていた夫は、そのデータで論文を書けばいいと提案したのです。

しかし、そんなに簡単に解析できないし、そんな時間もないと言う妻。すると夫は、ちょうどそのころ買ったばかりのパソコンに、わかえ先生の研究データを入力。すると、面白い結果が出てきたので「ほっといたら実験自体に失礼だから、なんとかしなさい!」と妻を叱咤激励。さらには口だけでなく、妻が早起きして論文が書けるようにと、毎朝4時に妻を起こし、バックアップしました。

妻は12時に寝て、4時に起きて論文を書く生活を続け、ついに博士号を取得! もちろんわかえ先生自身の日々の努力があってこそではあるものの、妻の医師としての仕事を深く理解し、データの価値を知らせて導いてくれる夫の存在があってこその大きい出来事でした。

この後、夫に留学の話が出ると家族は帯同することに。ところが、妻はただの帯同ではすませません。書き上げた博士論文を元にリクルート。すると、学位が役に立ってすんなりと仕事が決まり、2人はなんと同じ大学の同じ研究所の違う研究室で働くことになったのです。日々の努力とプロとしての互いへの敬意が実った瞬間でもありました。

 

子供の預け先は常に悩みのタネ
ベビーシッターで大騒動事件簿

夫婦共働きをするならば、必ずつきまとう保育の問題。藤巻夫妻も御多分に洩れず、幾度か問題に突き当たってきたそうです。

まず、東京に戻る際に妻がフルタイムに復帰。その時、高光先生はベビーシッターを頼んで、できれば住み込みにしようと算段しました。シッター協会から派遣してもらい、シッター用の部屋まで用意して新生活をスタートさせます。ところが……。

「最初に頼んだシッターは、1週間勤め、週末だから帰りますって言ったのに、日曜の朝には明日からはもう行きませんって電話してきたのよね(笑)」(わかえ先生)

「そうそう、当直していたら妻から電話かかってきて、シッターがもう疲れたんだって……」(高光先生)

このベビーシッターを皮切りに、一家は最終的に軽く100人を越えるシッターにお世話になったとか。それでも根付く方はおらず、前に後ろに子どもをくくりつけて、シッターを紹介してもらおうとハローワークに赴いたわかえ先生。

「“仕事をお探しですか?”と私に言ってきたんですよ(笑)」(わかえ先生)

「よっぽど疲れて見えたんでしょうね(笑)」(高光先生)

らちが明かない日々。そこで夫婦自ら新聞に求人広告を載せ、電話で問い合わせを受けて面接をするなど、できうる限りのことをしたそうです。

それでも絶対に仕事に穴を分けるわけにはいかず、時間などが折り合わないシッターに合わせて、一日に3人のシッターが家に出入りするような事態にも。子どもに申し訳ないと書き綴る育児ノートが今でも手元に残っているそうです。

「こうなってくると、さすがに否応なく私も育児に関わることになってきました」(高光先生)

また、留学から帰国後にも再びシッターを募集することに。その際、日本でのシッターのイメージに反して、アメリカ滞在中のシッターたちの印象が良かったという理由から、なんと外国の方を募集するためにジャパンタイムズに求人広告を出そうと夫が思いつき、実行に移したそう。

私にはその発想はなかったし、自分ならふつうに日本人のシッターを雇っていたと思う」(わかえ先生)

以降、家庭内では外国人のシッターのお世話になる生活。このお2人だからこその独自の育児が、努力を重ねて積み上げられてきたのです。

ポイントは離婚届!?
夫婦良好な関係を築くコツ

この離婚届の用紙、大切なんですよといきなりギョッとさせる発言をするわかえ先生。さて、そのココロは? 一体これのどこが良好な夫婦関係の証なのでしょうか?

留学やベビーシッター事件などを経て、高光先生の意識変化・家庭参画が進みます。帰国後は従来から興味のあった研究者としての道を歩み始めた妻への尊敬が増し、自身の働き方も具体的に工夫するようになったのです。

外国で「臨床だけではなく、医療の基礎を担う研究職って意外と大切」と気がついた高光先生。結婚当初からなんとなく抱えてきた「僕は外科医だから、妻よりも病院に長時間いて、家庭より仕事を優先するのは当然」という思い込みを捨て、研究を追究する妻をより一層リスペクトし、自分自身の働き方を変えたのです。

男性が育児を優先することに今よりいっそう白い目で見られた時代ながらも、カンファレンスがあってもシッターさんの終了時間までに帰る、自分が家にいる時には子どもの弁当作りもするようになったとか。これは激変です。

さらに高光先生は、「働く女性医師の夫の会」を立ち上げ、ホームページで「夜の8時とか9時にもなってカンファレンスやっているのはおかしいよ」と提言。夫婦の子育てや家事のバランスは完全に半々ではないけれど、年月を経て夫は変わったと妻が感じられるまでに至ったのです。

そのベースにあるのは「いつだって離婚できるけど一緒にいたい関係」。これが最高の関係だと2人は言います。お互いが経済的に自立していて、離婚届が目の前にあっていつだって離婚できる状況にあるけれども、敢えて一緒にいることを選んでいる。

この状態こそ、最高の2人の関係なのです。離婚届は、己の魅力を高め続け、互いを認め合い、良さを生かすことが本当の掛け算だという、2人の結婚生活のポリシーの象徴でもあるわけです。

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後に続く医師夫婦たちのための2人の取り組み
変わりゆく環境の中でも、なかなか変わらないものを変える!

30年の夫婦の歩みの中で、ここ7年ほどはこうして夫婦での講演活動を行なっている藤巻ご夫妻。講演することで自分たちを改めて振り返り、声に出して話し合い、フィードバックする。このことがさらに夫婦関係の向上につながっていると言います。そして、ご自身たちの活動の真意を伝え続けています。

あるリサーチによると、現在の男子学生の家事育児への参画意識はかなり向上しているという結果が。さらには「進路を選ぶ際には家庭生活との両立のしやすさを考慮するか、またはしたか」の問いには男子学生の4分の1、女子学生の半分が考えていると回答したそう。

また、研修医に対しての育児休業取得希望をリサーチすると、女性医師の9割、男性医師の5割が希望しています。「自分たちの時代とは特に男性の意識が変わってきたな」とわかえ先生は実感。

 
↑「進路を選ぶ先に家庭生活との両立のしやすさを考慮しますか、あるいはしましたか」という問いに男子学生の4分の1、女子学生の半分、今の医学生は考えている。

↑「どれくらい家事育児の分担をするか」の意識調査について、男性の多くが「少しは手伝う」という意識だった約30年前に比べて、現在の学生の約半数が「半分負担する」の意識に変わっている

 それでも現実は、まだまだ変わっていないことも別のデータが示しています。

女性医師の場合には5分の1が非常勤で働いていて、男性よりも勤務時間が少ない状況にあるということです」(わかえ先生)

藤巻ご夫妻は具体的に医師における男女共同参画のプロジェクトを多角的に進め、各方面で実際に行動を起こしています。まず、高光先生はご自身の科において、女性医師の不妊治療〜出産・育休をシフト面などでバックアップ。

わかえ先生は男性の意識も社会的な制度も少しずつ変わってきている今、実際に女性が社会に出て活動するためには、気持ちをタフにして能力もなければいけないと考え、その教育の場として医学生と若手医師のための「沙羅舎セミナー」を立ち上げ、運営しています。

さらには、新専門医制度の指針に対して物申した藤巻ご夫婦。

「女性のライフイベントに配慮していない仕組みになっており、このままでは女性が専門医を取得・更新するのが困難」と感じていたわかえ先生。その思いを受け、高光先生は日本医師会の男女共同参画委員会に持ち帰り中間答申をとりまとめて提出するに至り、2016年12月にできた指針の改定版で、妊娠・出産などで研修中止・中断した場合への配慮などがきっちり明記されることにつながったのです。

これまでは、個人的な努力で仕事と育児を両立するしかありませんでした。「でもそれでは負担が重過ぎて限界が必ずきます。社会全体で支えていかないと、世の中が回っていかない」というのがお二人の思い。

仕事も家庭も順風満帆に歩んで来られたようにみえる藤巻ご夫妻。でも、すべては30年をかけて出来上がった「シナジー」の結晶。その力は今、次世代の医療の環境や医師夫婦の未来を変え続ける取り組みにも繋がり、2人の歩みの強さは衰えるどころか加速し続けているのです。

文/田中祐子


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