24f38eed e1b0 4ddf af51 8f0f568b7590連載・コラム
2017年11月20日

決戦のとき――産業医と主治医の直接対決!
【世直し産業医・Dr.さくらの「さすらい日記」 第8回】 

自身もメンタル不調者でありながら、周囲の人間をもうつ病に追い込むこと複数回。そんな問題を抱えた社員クラッシャー”リカ”。人事から泣きつかれた産業医Dr.さくらは、ついに主治医との直接対決に打って出ます。

\臨床とは違う醍醐味! 月1回から産業医キャリア、始めませんか?/
エムステージ産業医サポートにお問合せください。

前編で、散々なほど、とある製造業、その人事担当者を振り回したリカの話です。
前編から特に動きがなく、半年ほど経過しました。これでは埒が明かないと思った人事担当者、仕方なく、Drさくらに泣きつきました。

そこで、わたくしは、困り果てた人事担当者、人事部長とともに、本人の同意を得て、後日、主治医のところは病状を聞きに行くこととなりました。こうして、前代未聞の産業医と主治医の直接対決(!?)となりました。決戦日は、わたくしたちの心持ちとは裏腹に、憎いくらいの、良く晴れた土曜日の午後でした。

弁財天心療内科クリニック最寄り駅で、人事部長と待ち合わせをしました。汗をかきながら、待ち合わせ場所へ行くと、人事部長もはたまた神妙なお顔で待っておりました。
そして、わたくしの顔を見るなり、『では、まず、あそこのカフェで打ち合わせ(作戦会議)をしましょう。本日はクリニックにリカさん本人も来ています。』というのです。そして、カフェで人事部長と再度、主治医との面談の手順を確認します。

まず、本人には退出してもらい、人事部長、産業医、主治医の三名で話し合いをする、会社でのこれまでの状況を説明、その上で現在の体調・メンタルの確認とともに、神経性食思不振の可能性の有無を確認するといった具合に計画を立てました。そして、15分ほどで約束の時間となりましたので、弁財天心療内科クリニックの前に向かいました。リカさんはクリニックの前でにこやかに立っていました。

それから、弁財天心療内科クリニックに、本人を含めた3名で入っていきます。
ところがです、受付の人から、『企業の人事担当者には会いたくない』と主治医は言っており、主治医と人事担当者との面談を拒否されました。しかし、一応、同業ということでDrさくらとは主治医は面談してくれるという話になりました。そこで、ドキドキしながら、いざ診察室にノックをして入ります。内心、いや~参ったな、いきなり怒鳴るような、少し変わった先生だったらどうしようかと思ってました。

その主治医は50代後半でしたでしょうか、一応、笑顔で挨拶してくれました。
ただ、この面談、というか対決は、終始、一方的に主治医が話をするだけでした。しかも、主治医の話は『人事担当者が無礼だ』という企業への悪口ばかり! 肝心のリカさんの病状については尋ねると、それは診断書にある通りであり、現在体調・メンタルともに安定しているため主治医としては復職可能と一方的に話されるだけで終わってしまいました。

ただ、わたくしも産業医、そこはこのまま引き下がれません。一応、最後に『今日は貴重なお時間をどうもありがとうございました。最後にお聞きしたいのですが、リカさんは随分、痩せているようですが、神経性食思不振症の可能性はどうでしょうか?』と尋ねてみました。
すると、「うーん、どうかな、、初診時からやせていたけどね・・・確かにスリムだけどあんま変わってないかな」。『では、例えば、人格障害など薬物療法が無効な疾患が合併している可能性はどうでしょうか?』「・・・・・・」主治医は何も答えず、そんなこと考えてみたことなかったかのような顔をしていました。そして、以上、終了でした。結局、結論でず。。。

あ~あ、貴重なわたくしの土曜日(休日)を、、、返せ!!!って思いました。そうこうしているうちに、そんな中、会社もこれ以上、リカさんに振り回されてはいかないと就業規則を改訂して、彼女に対抗しようとしていました

一方、リカさんはズルズルと休職を続けていました。というのも、彼女の状態もあまり変わらなかったし、企業としても、もう職場異動させる先がなかったのです。

これからどうなるんだろうと暗澹たる気持ちになり、リカさん対企業への対決になるのかと不安に思っていながら、数か月間、企業を訪問しても特に何も言われなくなりました。

そして、また半年ほど経過しました。さすがに、何もリカさん関連で相談がないのはどうかと思い、『どうなりましたか?あの人』と人事担当者に尋ねると・・・拍子抜けするほど、あっけなく、あっまだ、さくら先生に報告してなかったでしたっけ? 実は退職しましたよと言われました。。。

えっーーーー!!!

そんな大切なことなんで言わないの!!とあっけにとられていると、人事担当者が申し訳なさそうに、『事後報告になってすみませんでした。実はあの主治医の面談の後、復職するしないのとなった後に、新しく彼氏ができたみたいで。それで、、、彼氏と同棲することになり、彼氏が地方に赴任することになったから、追いかけていくといって、あっけなく、まあ、寿退社しました。』というのです。円満退職だったから、まあ、大騒ぎにならなかったし、忙しくて、さくら先生に報告するのを忘れていたそうです。

なんだよ!!!それ早く言えよ。。。

っていうか、私の数か月の暗澹たる気持ちと決戦の土曜日の午後を返せっと思ったと同時に、産業医のわたしが役立ったわけではないのねという悲しい気持ち、そして、ほっと安堵した気持ちの入り混じった、何とも言えない感情を抱えました。
これが、Drさくらのメンタル面談のデビュー戦であり、記憶に残る面談でした。

その後もいろいろ、面談をしていくのですが、この人が最も忘れられない面談者、思い出に残る面談者、、、ですね。いや、試行錯誤が非常に良い勉強になりました。

どこかの企業のコマーシャルにある、アインシュタインの名言『何かを学ぶためには、体験する以上にいい方法はない』が心にしみるのでした。。。

あれから10年経過しても時々、どうすることがよかったのだろう、、と思い出すことがあります。たまたま、円満退職に終わったからよかったものの、今回もこの記事を書きながら、今のわたしだったら、どのような意見・アドバイスをリカさん、人事担当者に言うだろうって改めて考えてしまいました。

今なら、正直、当時のリカさんに、労務管理の点から『今の状態だと、職場に仕事がないようだから、大学病院精神科を受診して、正しい診断、正しい治療を受けてもらうほうがいいのではないか』と勧めるような気がします。今考えると、リカさんも実家の地方で花形であった企業にしがみついて働いていたかったのだろうから、会社はリカさんを辞めさせたいわけではなくて、働き続けてほしいからこそ、リカさんも療養に専念したほうがいいともっと説得してもよかったかなと。

(結果的に自分に)都合よく診断書を書いてくれる弁財天心療内科クリニックの先生とリカさんは互いが気づかないうちに、少し共依存的な感じになっていたのかもしれません。
そこもやんわりと指摘して、弁財天心療内科クリニックから引き離すわけではないと補足説明しながら、大病院受診を指示してもよかったかなと思います。いずれにしても、後の祭りですが、、、

本当に記憶に残るだけでなく、いろいろ考えさせられる事例でした。

サポート力に定評のある
『エムステージ産業医サポートサービス』にご相談ください!

Dr.さくら

大学卒業後、内科系医局に入局後30歳で産業医デビュー。2企業からスタートし、病院の外来、専門領域の専門医・指導医資格取得の勉強などと並行しながら、産業医としての経験を積む。指導医資格取得後も大学と産業医の仕事を両立させ、現在は10数社と契約。1児の母。

何かと物入りな年末年始。今のうちにアルバイト、しておきませんか?
『Dr.アルなび』で求人検索


<関連記事> 
世直し産業医さくらの「さすらい日記」
第1回 産業医、はじめました。

世直し産業医さくらの「さすらい日記」
第2回 名刺交換って、どうやるの?

世直し産業医・Dr.さくらの「さすらい日記」
第3回 ママたちこそ長時間労働者!?

世直し産業医・Dr.さくらの「さすらい日記」
第4回 熱中症の落とし穴!

世直し産業医・Dr.さくらの「さすらい日記」
第5回 
どうする? 初めての産業医面談。

世直し産業医・Dr.さくらの「さすらい日記」 
第6回 産業医の相棒、人事担当者のイロイロ

メンタル不調者にして、クラッシャー。リカ見参!
【世直し産業医・Dr.さくらの「さすらい日記」 第7回】 

女医にこそ向いている!
ママドクターが伝える産業医のススメ

産業医デビューで陥りがちなトラブルとは?
臨床とはまるで違う現場をレポート。