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2017年12月08日

父の急病でキャリアを中断した医師が専門医取得に再チャレンジ! まわり道をしたからこそ見つけられた夢とは――

医者とて人の子。波風の一切立たない人生などあり得ない。
今回ご紹介するA先生は、余命宣告を受けた父親に最期まで寄り添うため、博士号と専門医取得を目指して奮闘していた大学院在学中に地元へ帰郷。はたから見れば「なぜ?」と首をかしげるこの判断が、まさか自分の本当にやりたい医療に気づくチャンスになるとは・・・。将来の夢を見据え、転職を経て専門医取得に再チャレンジするA先生に話を伺った。

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A先生(30代、女性)
幼少の頃から医師に憧れ、地方の国立大学医学部に入学。卒業後は、首都圏の大学病院での初期研修を経て同大学病院内分泌・糖尿病内科に入局するも、大学院在学中に親の急病で帰郷。地元の健診施設で常勤の仕事などをこなしながら、博士号を取得。現在は、首都圏の一般病院に転職し、キャリア再形成へ糖尿病専門医取得を目ざして奮闘中。

突然の父の余命宣告
すべてをストップして帰郷

 地方の国立大学医学部を卒業後、「初期研修は首都圏の大学病院で」と決めていたというA先生。その理由は「24年間、地元から一度も出たことがなかったので、関東に行ってみたかったんです(笑)」と笑う。

 初期研修後は、そのまま大学の内分泌・糖尿病内科医局に入局。悪戦苦闘しながら必死で研鑽を積む日々の中、父親の急病が発覚したのは、医局人事で系列病院を回って約1年が過ぎた頃だった。自分のキャリアよりも、余命宣告を受けた父の側にいたいと思ったA先生は、何もかも一旦ストップして、帰郷することを決意する。

「その時はまずは地元に帰って、それからのことは後で考えようと思いました。とは言え、ずっと家にいて、何もしないわけにはいかないので、医師専門の人材紹介会社に登録したところ、担当者の方がとても親身に話を聞いてくださったんです。

 

まだ内科認定医も取得する前であるため、外来は不安がある旨を相談すると、地元の近辺の医療機関にすぐにリサーチをかけてくださいました。そこで、まずは気軽なスポットからどうですか?との提案を受け、健診2回のスポットバイトの紹介があったんです。行ってみると、1回目の勤務が終わった時に思いがけず『うちの健診施設で、常勤で働きませんか』と声をかけていただきました。まだ大学の医局に所属していることも正直に伝えたのですが、それでもいいと言ってもらい、結局そこで約4年間お世話になりました」

 大学からは遠く離れていても、学位取得は諦めてはいなかった。博士号取得は父の夢でもあり、「自分のせいで娘のキャリアを中断させてしまった」とは絶対に思ってほしくなかったからだ。教授には「必要な単位を取得し、論文が認められれば博士号は取得可能」と言ってもらえ、新しく勤務を始めた先で「自分が論文指導を手伝っても良い」と言ってくれる上司とも出会った。


A先生の地元でのお仕事探しをサポートした江上。徹底的なリサーチ力と交渉力に定評がある。

自分の助言や治療で健康を取り戻す患者に接し
予防医学が将来の目標に

 帰郷から半年後に父が逝去した後も、地元に残った理由を尋ねると

「健診施設の居心地がすごくよくて、皆さんからとても大事にしてもらったから、つい長居をしてしまいました。父を看取ることもできましたし、仕事にも恵まれ、転職エージェントの担当者が私に幸せをくれたと、感謝しかなかったです。地元で過ごした日々は、心からそう思えるほど充実していました」

 大学の医局では雑務や時間外対応も多い上、医局内の派閥など、人間関係に正直うんざりすることも多い。オン・オフの区別がつきにくい職場は性格的に苦手で、医師としての壁にぶつかっていたA先生にとって、健診施設で“予防医学”に携われることが、徐々にやりがいへとつながっていったという。

 大学病院では既に手の施しようのない糖尿病患者を診ることが多かったが、健診施設に来る人なら、生活習慣を改善すれば、健康を維持できることも少なくない。薬がいらなくなる人もいれば、同じ薬でも治療により症状が改善することもある。元々、人と話すことが好きで、患者とのコミュニケーションをとることが得意なA先生の人柄も、受診者から大いに喜ばれたという。

「自分の食事は悪いと思っていない人に、『あなた、糖尿病予備群の一歩手前だよ』と一言伝えるだけで、すごくやる気が出たり、『炭水化物好きでしょう』『糖分の入った飲み物を飲む習慣はありませんか?』などと聞くと、『なんで知っているんですか?』と驚かれたり。『今まで誰もそんなこと言ってくれる先生はいなかった』と感謝されて、行動変容が起こることがとてもうれしくて、予防医学にどんどん興味が湧いてきました

 健診施設での勤務のかたわら、産業医の勉強も始め、認定産業医の資格を取得。自らの専門性の幅を広げることはもちろん、産業保健の現場においても、予防は重要だからと思ったためだ。健康な人を病気にさせない予防への興味がどんどん大きくなると同時に芽生えてきたのは、もともと学んでいた糖尿病への思い。「生活習慣が改善しないことで発症する糖尿病について専門性を身につけ、糖尿病専門医の資格を取得すれば、将来予防医学に進んだ時に必ず自分の武器になる」。そう考えたA先生は、再び専門医取得にチャレンジする決意を固めたという。

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糖尿病専門医を取得し
目の前の人を幸せにすることが目標

 専門医を取得し、その資格を予防に十分生かすためには、やはり首都圏に戻る方が賢明との判断から、A先生は再び転職活動を開始。偶然にも、以前世話になったエージェントの担当者が、現在は首都圏勤務であることが分かり、早速相談したという。

 教授の理解もあり、社会人大学院生として博士号を取得予定だったA先生は、当初大学の医局に戻ることも考えたという。しかし、父の急病で思いがけず道を外れ、医局以外で医師を続ける生き方があることを知り、専門医資格を取れる施設を自力で探すことに決めたそうだ。

 転職の条件は、糖尿病専門医が取得できる認定施設であること。さらに、健診・予防と外来の両方ができること。できれば、急患や当直、オンコールなどは少なく、オン・オフがしっかりきく勤務体系が希望だった。
「そんな都合のいい条件あるわけないか」と転職サイトを検索していた所、気になる案件を発見!

 「早速、江上さんに問い合わせたら、すぐに先方に連絡を取って下さって。面接までとんとん拍子に進むことができたんです。自分ではこんなにスムーズに進まなかったと思うので、プロの機動力の高さを改めて実感しました」

見学から面談まで、転職活動はわずか1ヵ月。健診のほか、糖尿病外来で勤務経験があることも奏功し、一般病院にすんなり採用が決まった。専門医取得が可能な、地域に根差した病院で週4.5勤務。救急の受け入れがほとんどなく、一般内科も診られることがA先生には一番の魅力だったという。

「私は、目の前にいる人に喜んでもらいたいんです。『先生と今日話せてよかったです』という一言を大事にしたい。将来的に、あの時A先生と話せたから、食事や運動に気を付けるようになった。『だから、今健康なんです』という一言を聞くことが、今の目標です。これはなかなか大学病院では難しいですから、今の病院で目の前の人に喜ばれる医療を丁寧に提供しようと思っています」

 もちろん、一般病院にも人間関係の難しさはある。しかし、自分の夢に必要な専門医資格を取得するためなら、「どんなに辛くても頑張れる」とA先生は話す。

父が与えてくれたチャンスを活かして
予防医学に貢献したい

 地元に戻った約4年間を“回り道”と捉える人もいるだろう。しかし、「その経験がなければ、もう一度専門医を取ろうなんて考えなかった。ましてや、予防という新しい自分のテーマに巡り合えることもなかった」とA先生は振り返る。

逆の考え方をすれば、父が倒れて自分を助けてくれたと思うこともあるそうだ。

ちょうど医師としての限界と自分の無能さを痛感し、私は本当にこんなことがしたくて医者になったのかと悩む日々でしたから……。仕事が楽しいとも思えない、休日もいつ呼び出されるかもわからない。同期の中にはうつ病になる子や、休職して1年間海外に行った子もいました。

 

だから、ちょっと休んで考える時間をくれた父には本当に感謝しているんです。予防医学に進むという目標ができたのも父のお陰です。一度はあきらめかけた博士号を取得できたので、少しは父親孝行もできたかな……。指導をしてくださった教授にも感謝しなければいけませんね」

 予防医学に貢献するため、何をするかはまだ具体的には決めていない。今はとにかく目の前の患者に集中すること、専門医取得を目標に頑張る毎日だという。

「どんなに先のことを考えて、計算しても、思い通りにはいきません。私は元々、先々のことまで考えて着実に行動するタイプで、勤務医をしながら大学院に入り、最短で専門医を取得しようと計画していていました。それが、大学院に入ってわずか2カ月で計算が狂いましたからね(笑)。

結婚・出産後も働きやすいと考えて、糖尿病内科を専門にしたのに、まだ結婚すらしていませんし(笑)。でも、自分の夢の実現には必ず役に立つので、改めてその時の選択は間違っていなかったと思います」

今、少し不安に思うのは、新専門医制度の動向だという。
「制度も私自身も、今後どうなるかわかりませんが、もし医局時代の私と同じように、今の環境や進路に悩んでいる人がいたら、エージェントを介した転職という道もあることを伝えたいですね。医局を出ても、新しいキャリアに挑戦することは可能です。それに、医局の働き方だけが唯一の働き方だというわけではないんです。そう気づけたのは、とても大きかったです」

 やむなく医局を出ざるを得ない人、自ら退局を選ぶ人。医局に所属せずに独自のキャリアを形成する医師も多い現代は、医師の道は1本ではない。自分はどんな医師になりたいのか、そして何をしたいのか。その軸さえブレなければ道は開けると、A先生を見ていると思えてくる。

“ピンチ”も考え方一つで“チャンス”に変わるのだ。

A先生が天職を見つけたエージェントが先生のご相談に乗ります。アルバイトのご相談もお気軽に。

文/岩田千加


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