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2018年01月12日

医師夫婦、2人の出産・育休日誌
第1回 思いがけないタイミングでの妊娠

臨床医として、妻として、母として、娘として。
さまざまな社会的役割と、自分らしい生き方との
折り合いをどうつけてゆくのか—————。

この答えのない問いに、多くの女性医師が日夜向き合っている。
それぞれ別の関東地方の病院に勤務する、精神科医の上岡真紀先生(仮名)と産婦人科医の上岡康先生(仮名)は2016年に結婚した夫婦。今年、第一子を出産した際には康先生も育休を取得し、家族3人で水入らずの時間を過ごしたという。産後1ヵ月のタイミングで、医師カップルの子育てと今後のキャリア展望についてインタビューを行った。

5回シリーズのうち第1回では、結婚していつ頃子どもを持ちたいと考えていたのか、妊娠のわかったタイミングで考えたこと、つわり期の勤務などについてお届けする。

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お二人のプロフィール
上岡康先生(夫・産婦人科医/仮名)
30代/関東某病院勤務/関東出身。地方国立大学の医学部を卒業後、医師となる。
上岡真紀先生(妻・精神科医/仮名)
30代/関東某病院勤務/関東出身。文系学部を卒業し、社会人を経て、地方国立大学医学部に学士編入。30代で医師となる。

最初から子育て上手だった、産婦人科医のパパ

————この度はご出産おめでとうございます。生後1ヵ月のお忙しい時期に、ご自宅で取材させて頂きありがとうございます。赤ちゃん、わたしのような知らない人間がいても全然泣かなくて落ち着いていますね。

真紀(妻): いま、ちょうどご機嫌な時間帯なので。夕方はやっぱり泣きますよ。もし子どもが落ち着いているとしたら、それはひとえに康さん(夫)の育児能力が高いからです。

康(夫): どうだろう、わたしの育児能力が特に高いとは思わないけど……(笑)。確かに産婦人科医という職業柄、新生児を見慣れてはいますけどね。
でも、産婦人科医っていざ分娩が終わると、そのあとは赤ちゃんに触れる機会ってあまりないんですよ。総合病院だと出産を境にして、役割を小児科の医師にバトンタッチしちゃうんです。産科クリニックならば産婦人科医がそのまま産後の赤ちゃんも診るということはあるんですが。

救命研修に入る直前、思いがけず妊娠が……

—————結婚から約1年後に出産されたそうですが、妊娠がわかったのはどんなタイミングでしたか?

真紀(妻): ちょうど救命センターでの研修に入る直前にわかったんです。「シフトどうする?」って訊かれて「はい、いつでも入れます!」と返答したあとに「あれ?ちょっと生理遅いかな」って気がついて。

思いもかけないタイミングで妊娠がわかり、できれば当直は避けたいと思いました。そこでローテーション先の救命センターでは、日勤でwalk-inの患者さんにだけ対応するという調整をして頂けることになりました。ちょうどローテーターが少ない時期だったので、同期には本当に負担をかけてしまったなと申し訳なく思っています。感謝してもしきれません。

ただ、日勤だけにして頂いたものの、妊娠している状態で、いつもの精神科業務とは全く異なる仕事に従事するということ自体、それなりにつらいとは感じました。やっぱり日中吐き気と戦いながらまったくいつもと違う職場で働くというのはしんどかったです。

「急変への対応力を備えた精神科医に」という思い

—————なぜ救命センターのローテーションに?

真紀(妻): わたしは初期研修医を経ていまは精神科専門研修医の身分です。後期では特定の科、わたしの場合は精神科で働いているわけですけれど、勤務先病院では救命センターへのローテーションが推奨されているんですよ。

ただ、精神科医師にとってマストな事項ではないので、周囲を見回しても救命センターのローテーションに行く人は少ないんです。なので、精神科の同期からは「よくいくね〜」っていわれました。必須ではないとはいえ、わたしはできれば救急の現場を回りたかった。というのは、精神科医でも患者さんの急変に遭遇する機会がないわけではないんです。患者さんが窒息されるとか、そういう事態に遭遇することが一定の確率である。そういう救急対応については初期研修医のときに学びますが、わたしにはまだ十分に身についていないと感じていました。

「急変への対応力のない精神科医ってこわいな」という意識があったので、だからこそ「救命センター、回りたいです」って手を挙げた。それが当直表の出るタイミングで「すみません、妊娠しましたぁ」みたいなことになっちゃったわけじゃないですか……。やっぱり気まずかったです。
みなさん大人な方ばかりで「おめでとう」といって下さいましたが、シフトのことも含め本当に同期に負担をかけましたし、当然のことながら渋い顔をされる先生もいらっしゃったかもしれません。

—————医歴では真紀さんが4年目、康さんが6年目、一方で年齢では真紀さんのほうが年上ですよね。子どもを持つタイミングについて何かプランはあったのでしょうか?

真紀(妻): 1年前に結婚して、30代半ばという年齢を考えれば猶予はないとは考えていました。
ただ、すぐに子どもができるとは思っていなかったんです。というのは、私の両親も子どもができるのに時間がかかったほうだったので、妊娠ってそんなに簡単にできないものだと思っていましたし、自身の年齢を考えればなおさらそう簡単にはいかないだろうと思っていました。
だから、よもやこんなにすぐ、しかも救命センターをローテーションする時期に!という驚きが大きかったです。

妻がうろたえ、夫は動じず。普通とは逆だった妊娠期間

—————産婦人科医である康さんに質問です。職業柄、常に妊婦さんと接していると思うのですが、奥様の妊娠中、当事者として改めて感じたことはありますか?

康(夫): うーん、どうなんだろう。職業柄、もっと大変な妊婦さんをたくさん見ているので、妻がしんどそうにしていても「こんな軽いつわりぐらいで……」「尿検査でもケトンも出ていないし、別に心配することなんか何にもないなぁ」って思ってしまいましたね。

真紀(妻): そう、厳しいんですよ! 世の一般男性より厳しい(笑)! 妊娠というものが彼にとっては「通常よくある状態」なので、特別扱いしてくれることもなく普通に接されるんです。いわゆる男性の、初産の妊婦さんに対する腫れ物扱いだとか大事にするだとか、そういうのは一切なかったんですよ。

康(夫): ははは。もっとわたしが動揺してみせたり一緒にうろたえしたりしたほうが彼女の気持ちのためにはよかったのかなぁ、と思ったりはします。

真紀(妻): 基本、妻のわたしのほうがドキドキしていて、すぐに「ああ、どうしよう」「どうだろう」って心配になっていて。それを夫に「こうなんだけど、どうかなぁ?」って訊くと「いや、そういうもんだよ」「普通のことだよ」って教えてもらうというか、いなされるというか。
その繰り返しで妊娠期を過ごしました。夫がどっしりしていて妻がうろたえるという、普通とは逆の状態だったと思います。ただ、妊娠状態についてすぐ専門の医師に質問できるわけなので、安心感はとてつもなくありました。とても感謝しています。

次回「立会出産〜産後 実家に頼らず過ごした理由」では、夫が主治医として立ち会った出産、産後の母子ケア施設への宿泊体験などをお届けします。

文/松田 ひろみ

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