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2018年02月20日

医師夫婦、2人の出産・育休日誌
第2回 立会出産〜産後 実家に頼らず過ごした理由

臨床医として、妻として、母として、娘として。
さまざまな社会的役割と、自分らしい生き方との
折り合いをどうつけてゆくのか—————。

この答えのない問いに、多くの女性医師が日夜向き合っている。
それぞれ別の関東地方の病院に勤務する、精神科医の上岡真紀先生(仮名)と産婦人科医の上岡康先生(仮名)は2016年に結婚した夫婦。今年、第一子を出産した際には康先生も育休を取得し、家族3人で水入らずの時間を過ごしたという。産後1ヵ月のタイミングで、医師カップルの子育てと今後のキャリア展望についてインタビューを行った。

5回シリーズのうち第2回では、夫である康先生が主治医として立ち会った出産、産後の母子ケア施設への宿泊体験などについてお届けする。
*シリーズ第1回はこちらからご覧下さい。

お二人のプロフィール
上岡康先生(夫・産婦人科医/仮名)
30代/関東某病院勤務/関東出身。地方国立大学の医学部を卒業後、医師となる。
上岡真紀先生(妻・精神科医/仮名)
30代/関東某病院勤務/関東出身。文系学部を卒業し、社会人を経て、地方国立大学医学部に学士編入。30代で医師となる。

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生まれて最初の抱っこは、「主治医」として立ち会った夫に

—————康さんの勤務先病院で立会出産されたそうですが、それは夫として、それとも産婦人科医としてですか?

康(夫): 産婦人科医として立ち会ったんです。

真紀(妻): 出産が終わって「ああ疲れた、疲れた」って、わたしじゃなくて康さんのほうがしきりにいってたよね(笑)。

康(夫): ははは・・・・・・。無事に生まれてくれた喜びというのはありましたけど、妻の出産はちょっと特殊なケースだったと思うんです。通常、産婦人科医というのは陣痛から分娩までを通して、常に付き添うということはありません。一緒にいて絶えず様子を見守るという仕事は助産師さんがするんですね。医師は要所要所でチェックをしにいって、最後に赤ちゃんが出てくるところタイミングで立ち会って、必要な処置を施したり、あるいは分娩経過に問題があるときなどに介入を行います。

ところが妻の出産では最後の最後だけではなく、主治医のわたしがもうずーっとべったり張りついていましたから。子どもが出てきて「ちゃんと生まれてくれてよかった」というよりも先に、安堵して「ああ、疲れた……」となってしまいましたね。

真紀(妻): ほんとにね、彼が朦朧としてるのが分娩台の上から見えるんですよ。わたしは患者側ですけど彼は医師側なので、そういう意味で体力的にも精神的にも疲れただろうと思います。そういう「ああ、彼ががんばってくれたなぁ」という気持ちもあって、生まれてきて最初の抱っこは、赤ちゃんの父親である彼にしてもらいました

—————お二人のご両親は関東にお住まいだそうですが、出産に際して何かサポートは受けましたか?

真紀(妻): どちらの両親にも、出産後に家に手伝いに来てもらったりとかは特にしてないんです。
陣痛が来てからも、わたしの母にも心配させたくなくてあえて来てもらわなかったんですよ。出産して数日してから孫の顔を見せました。大袈裟ですけど、わたしの両親にとってみれば娘の命を義理の息子に預けることになるので。

どちらの実家にも手伝いを頼めない距離ではありませんでしたが、あえて頼らないでやってみようと思いました
子育て中のキャリア女性の活躍というのは、実は祖母世代(女性にとってみれば実家・義実家)からの援助に支えられているケースが多いと思うんです。ですが「祖母のサポートを前提にしないと母親が活躍できない」という社会のあり方そのものが変なのではないか、と以前から考えてきました。

それって、働く若い世代だけにフォーカスすれば一見「男女平等」かもしれませんが、世代を越えて「女性の無償のケア労働をあてにしている」という点では、実は問題の本質というか、社会システムが変わっていないように思うんです。だから、康さんもせっかく育休を取ってくれることになったし、半ば実験というつもりで、まずは行政などによる社会的サポートを活用して夫婦で乗り切ってみようと思いました。

日頃から精神科医として、ソーシャルワーカーの方と一緒に「福祉サービスを利用してどう患者さんの生活を支援できるか」ということを考えているので、自分たちの新生活についても同じようにやれないことはないだろうとも考えていました。

日本ではまだ数少ない「産後ケア施設」への母子宿泊を体験

—————お二人だけで、産後直後は大変ではありませんでしたか。

真紀(妻): 康さんが育児休業を取ったので、夫婦両方が家にいるときはそれほどでもありませんでした。ただ、退院から彼の育休スタートまで数日あったんです。その間をどう乗り切るかはちょっと緊張感がありましたね。

退院日は水曜だったのですが、その日、彼は通常勤務だったのでいわゆる「退院の付き添い」はできません。木曜も通常勤務、金曜が当直、土曜が当直明け、そこから夫の育休が始まることになっていました。

ということは産婦のわたしが子どもを連れてひとりで退院して、水曜から土曜のお昼までの4日間、赤ちゃんのお世話と身の回りのことを単独で乗り切らなくてはいけない。それはかなり大変だろうなと考えて、入院中に地域の母子健康の担当窓口などあちこちに電話をかけてサポートを手配しました。ヘルパーさんにも家に来てもらいましたし、1泊2日だけですが産後ケア施設に宿泊できたのはとてもよい経験になりました

—————プロの医療職による産後ケア、少しずつ知られてはきていますが、まだまだサービスの提供主体は少ないのが現状です。いかがでしたか?

真紀(妻): 一言でいうと、すばらしいです。第一子出産直後は、助産師さんが24時間常駐してくれているというだけで非常にありがたいですね。とりわけ助産師さんが授乳に関してきめ細かに教育してくれるのがよかったです。

きちんと授乳指導を施して下さる一方で「もう本当に疲れました」とギブアップすれば、一晩子どもを見てもらえて、母親が横になって眠ることができる。もちろん、授乳のタイミングでは起こしにきてくれます。
周囲を見てもほとんどが第一子の産婦さんでした。長い方だと1週間近く滞在するようなのですが、入所中はあまり外出もしないので不思議なコミュニティが醸成されていました。

産後の入院期間の延長のような感じもあるのですが、助産師さんの年齢層やスタンスが総合病院のそれとは少し違ったかもしれません。産科での母乳教育ってけっこうスパルタ式なところもあるじゃないですか。全部がそうではないでしょうけど、退院までになんとか軌道に乗せなくちゃというタイムリミットがあるから、産婦が「痛い痛い痛いーっ」ってわめいてるところをギューっておっぱい搾られるという……。それが産後ケア施設では「無理のない範囲でいいんだよ」「少しずつでいいんだよ」とゆとりのある雰囲気で接して下さったのでがんばることができました

個人的な印象ですけど、総合病院の助産師さんは非常に若い方か熟達したベテランさんかに分かれているように思います。産後ケア施設ではほどよく年季の入っている助産師さんというか、余裕のある方が多かったので、それも雰囲気の違いにつながっているのかもしれませんね。

もしあの1泊2日がなかったら、母乳育児をスムーズに始められていたかどうか。本当にありがたかったです。もっとああいった施設もサービスも増えていって、産褥婦全員がそういうケアを受けられるようになるといいでしょうね。

赤ちゃんの福祉関連の情報整理は、夫が担当

—————出生届の控えや母子健康サービスについての大量の書類が、非常にきれいにファイリングされてますね。

真紀(妻): これ、わたしがポイポイッてそのへんに放ったらかしておいたのを、康さんが「そういうのはよくないよ」といって全部ファイルにまとめてくれたんです。
わたしの母子手帳に対する軽いスタンスなんかも、彼にとっては「ありえない!」ってことらしいです(笑)。日本が独自に構築してきた母子健康に関するさまざまなサービスについて、特にありがたみもなくポイッて置いておく態度が、自ら母子健康に携わる立場としては許せないらしんですよ。

—————このファイル、行政と地域のあらゆる育児支援に関するドキュメントがまとまっていますよね。こういうことをしてくれる男性パートナーはそうそういないと思います。

康(夫): いやいや、調べているのは妻ですから。彼女がいろいろがんばって調べたものを、わたしはなくならないようにただまとめているだけですよ(笑)。

次回「妻と夫 それぞれの育児休業」では、2人で育児休業を取って過ごした出産後1ヶ月間の過ごし方や、男性医師にとっての育休の意義などについてお届けします。

文/松田 ひろみ

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