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2018年02月26日

私、台湾にて出産す―出産当日「ネパール帽子の麻酔科医現る編」/Dr. ミナシュラン! 第14回

丸2日の陣痛、半日の絶食を耐えたのに、陣痛が弱まってしまったミナシュラン。出産も、空腹も大ピンチ! そこに現れた衝撃の人物とは・・・。

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陣痛開始から丸二日、絶食から半日以上が経過していた。私は猛烈にお腹が空いていて、「これは早く産まないと(絶食が解除されない!)!」と思っていた。

だけれど、陣痛は弱まってしまって、もうこの時には最初の痛みの10分の1ぐらいになっていたので、まだまだ「もう産まれるんだ!」という実感は持てなかった。あと一週間ぐらいこのままなんじゃないか、とさえ思えた。

そんな明け方、朝の4時ごろだったのではないかと思う、主治医が超音波装置を持ってやってきた。

「うーん、赤ちゃん、頭が降りてきていませんね、帝王切開にしますか」
えっ、帝王切開?!

予想外だった。
いや、陣痛開始から2日経っている時点で予想しているべきだったのだが、なぜか自分では、自然分娩できる気がしていたのだ(体がとても柔らかいから、ツルッと産める……気がしていた)。

準備していなかった。
私は異国での出産に備え、iPadに「出産・新生児大百科」の本をスキャンして持参する、という周到ぶりだったが(本を見て産むわけではないと分かっていたが、なんとなく、そうしないと落ち着かなかったのだ)、帝王切開のページは取りこんでいなかった

しかし、帝王切開と決まって、ショックだったわけではない、むしろ、少し【ほっとした】し、そして【嬉しかった】。【ほっとした】というのは、もちろん、「赤ちゃんを出してもらえる」という安心もあるが、もう一つは主人の仕事のことを考えてほっとした。

というのも、予定日はもう1週間も前だったので、皮膚科医の主人はこのところ毎日、「もし産まれそうになったら早退するから!」と同僚に宣言し続けている。言うのは簡単だが、実際に外来のカバーの体制を整えるのは大変なことで、同僚の医師にも患者さんにも申し訳なかった。

そして、【嬉しかった】というのは、自分が麻酔科のローテート研修をしていた頃、帝王切開の手術に入るのが大好きだったからだ。他の手術に比べて、帝王切開の手術は、格段に早い。

シューッ、シューーーーーッ!
「……オギャーーーーー!!」

産科医がメスを握ると、驚くようなスピードで、赤ちゃんが取り出される、そして産声をあげる。
その様は何度見てもダイナミックで、生命の躍動に満ち溢れていて、まるで壮大な交響曲を目の前で見るようで、私は麻酔科研修という目的も忘れて、その光景に見入ったものだった(ちょっとダメ)。

その手術を自分が受けられる!
そう思うだけでなんだかワクワクして、私はとても嬉しくなった。
そして、もうすぐ、赤ちゃんに、会えるのだ!

さて、帝王切開を受けることが決まると、バタバタとあわただしく準備が進んでいった。主人が色々な書類にサインをし、私は術前の処置を受けた。

主人に、「日本のご両親に電話をかけておく?」と聞かれたが、断った。もうすぐ産まれると思うと嬉しくて、嬉しくて、両親の声なんて聞いたら泣いてしまうと思ったから。

手術は午前10時ごろ搬入と決まった。
心の準備は整った。

いや、整っていなかった。
「あっ、調べておかなくちゃ……」
手術室に搬入される前、ストレッチャーに乗せられる直前、私はスマートフォンを手に取った。
私は急いでYahoo!JAPANのページを開き、検索した。

【検索ワード】帝王切開後 and 食事 and いつから

(赤ちゃんごめん、最後のスマホ使用がこんなので……)と、ちょっと思わなくもなかったが、私はものすごくお腹が空いていたのだ。

「さあ、産んだら食べられる! えいっ、検索っ!」

日本なら、産後は『お祝い膳』で、ものすごく豪華なお料理を食べられるらしい。台湾には『お祝い膳』はないが、産後には滋養のつく料理を食べる、と聞いている。

しかし、スマホに表示された検索結果は、残酷なものだった。

【検索結果】 帝王切開後の食事は、翌日、おならが出てから

(えええええええ、今日一日、また絶食なの?!)
(無理無理無理無理、そんなの絶対無理、もう限界!)
(消化管の手術じゃないんだから大丈夫です、お医者様、お願いです、自己責任でいいですから食べさせてください!
(とんかつとかお祝い膳とか言いません、お粥でいいから食べさせてください!
(あ、ひょっとしたら日本では食事は翌日だけど、台湾だから当日から食べられるかもしれない!)
……そんなわけないか仕方ない……のか……。とほほほほほほ

否認、怒り、取引、抑うつ……。キュブラー・ロスの受容のプロセスみたいに、私は段階を踏んで、なんとかその事実を受け止めた。元気な赤ちゃんが産まれてくれれば、それでいいのだ!私は、スマートフォンを置いて、手術室に向かうストレッチャーに乗った。

◆◇◆◇◆

ストレッチャーに乗るのは、実は初めてだった。

(意外と乗り心地悪くないなぁ)と思いながら、今から受ける帝王切開の手術や、その後のことを想像していた。

数十分後、帝王切開の手術を受けたら、赤ちゃんが産まれてくる。台湾の家族が赤ちゃんの顔を見てくれて、日本の家族には電話で報告する。Facebookにも載せよう。みんな、この瞬間を、パンパンパン!とクラッカーを鳴らすみたいに喜んでくれるだろう、Facebookにも「いいね!」をたくさん押してもらえるだろう。

だけど、そんな風にお祝いしてもらうことに、なんだか違和感も感じていた。

このお腹の中の赤ちゃんは、十月十日(プラス一週間)、私のお腹の中にいて、特に最近はお腹をボンボンと蹴って、紛れもなく私のお腹の中に存在し、生きてきたし、十分に愛しい存在なのだ。今から帝王切開でお腹の外に出てくるけれど、そこには、【皮つきリンゴ】と【皮むきリンゴ】ぐらいの違いしかないのではないか
どうしてリンゴの皮が剥けただけで、みんな一斉にお祝いしてくれるんだろう、なんだか変だなあ!
リンゴはもう、ずーっと前から、ここにあるんですよ、ふふふふふ。

いや、まあでも、めでたいことには違いない、それに、赤ちゃんの顔が見られるのはとっても嬉しい! お腹の中でぐるぐる動いていたこの子は、どんなお顔をしているんだろう。どんな可愛いお腹だろう、足の指の形のひとつひとつまで、早く見たい!

やっぱりリンゴの皮がむけるのは待ち遠しくて、私もお祝いのクラッカーを鳴らしたくて、看護師さんが推して行くストレッチャーの上で、もう周りに知り合いは誰もいないのに、私はずっと、笑っていた。

あ、知り合いは一人いた。
お腹の中に!

◆◇◆◇◆

手術室に入った。
大学病院だけあって、普通の(?)手術室だ。よし、これから普通に(?)帝王切開が行われるだろう。手術台に移動した私に、声をかける人がいた。

「こんにちは、僕は麻酔科医のなんとかです」

「!!!!!」

「じぇじぇじぇ!」と叫びそうになった(注:岩手の方言で、驚きを表す間投詞らしい。ちょうど朝ドラ「あまちゃん」が放送されていた頃だった)。

なぜなら、自ら「麻酔科医」と名乗った人物は、普通(!)ではなかったのだ。その自称麻酔科医は、顔こそ、そこそこのイケメンなのだが、なぜか、とても変テコな帽子を被っていた。色とりどりの太い紐で編まれた、エスニックな帽子(私はこれを「ネパールの帽子」と名付けた)。

その帽子を理解するために3秒間見つめた後、私は頭の中で関西弁で、こう思った。

(こ、これはあかんやつや……)

なぜ!
なぜ手術室で、麻酔科医がネパールの帽子を被っているのだ?? しかも、大学病院で!

まあ、麻酔科医は直接、術野に触れることはないから、帽子が手術に悪影響を及ぼすことはなかろう、とは思うけど、それでも、どうして大学病院で誰も注意しないのだ?

とは言え、もう手術を控えて、まな板の上の鯉(見た目はフグ)になっているのだから、今更文句を言っても仕方がない。私は全てを受け入れることにした。すでに「明日までの絶食」を受容しているのだから、もう、なんだって受け入れることができた

(この時は「あかん」と思ったネパールの帽子だが、後日、アメリカの外科ドラマ「グレイズ・アナトミー」を見ていると、指導医レベルの外科医は手術室で自分の好みの帽子を被っているようだった。手術用の帽子は自分で選ぶ方が国際標準なのかしら? ひょっとしたら、日本でもオシャレ帽で手術なさる先生がいるのかしら? ご存知でしたら教えてくださーい)

そして、麻酔が始まるようだった。麻酔は、硬膜外麻酔。背中を丸めて、腰骨のところに管を入れ、下半身に麻酔をかける。

私も研修医時代にこの麻酔をさせて頂いたことがあるが、この麻酔をかける際、最も重要な点は、患者が【背中をエビのように、できるだけ丸める】ことであった。こうすることで背骨の間に隙間ができ、麻酔の管が入りやすくなるのである。

「硬膜外麻酔は、体位が勝負!」

まあ、勝負をするのはネパールの帽子先生であり、私ではないのだが、私は患者なりに気合を入れた。在りし日の麻酔科研修を、自分に活かす、稀なチャンスなのである。

といっても、お腹は大きいので、背中を丸めるのは少し難しい。
私はまず、少しだけ丸めて準備して、「麻酔を入れますよ」と言われたら、即座にエビになってやろうとイメージトレーニングをした。

「ん? 痛っ!」

しかし、気づけばネパールの帽子先生は、「えいっ!」と、もう麻酔の針を入れ始めていた。
ちょ、ちょ、ちょっと、これは準備姿勢で、私、まだ本気出してないんですけども!麻酔入れる前に、「今から入れる」って言ってくださいよう!(聞き取れなかっただけ?)

いずれにしても、もう遅い。針は入ってきているのだ。今から動くと余計ダメだ、と思い、私は黙って、本気出していない姿勢で固まった。無念だ、手術で患者が本気出せる場面なんて、今ぐらいしかないのに!

ところが、体位が不十分だったにも関わらず、ネパールの帽子先生は見事に一発で麻酔の管を入れてくれた。(ああ、ありがとう、ネパールの帽子先生! 腕は良かったんですね!(失礼)

麻酔が入り、いよいよ帝王切開の手術が始まろうとしていた。

■プロフィール:Dr. ミナシュラン
四国生まれ、総合医。食べる事が好きで、本名「みな」とグルメの「ミシュラン」を掛けて「ミナシュラン」と呼ばれている。台湾人医師と結婚し、台湾で育児中。

 

出産前の暇な時間、アメリカのドラマをここぞとばかり視聴(このjoynetでは産休中に論文を書いたり勉強をしたりという先生の話をたくさん読んでいるので、ちょっと恥ずかしい)。『LOST』(無人島に飛行機が墜落する話、主人公は脊椎外科医)、『プリズン・ブレイク』(脱獄する話)など名作と言われているドラマはどれも見応えがあり、人生でこのドラマに出会えて良かった、と心が震えた。NYの女性の恋愛を描いた『SATC』で、自立した(でも恋愛はメチャクチャな)4人の女友達が喧嘩したり仲直りしたりしながら、でも結局一緒に朝食を食べる情景は、友情の理想。その他の情報は、徐々に明らかになる予定。


Dr. ミナシュラン!バックナンバー
第13回 私、台湾にて出産す~出産1日前「ついに絶食編」

第12回 私、出産す~出産2日前「お粥とやり過ごす陣痛編」  

第11回 私、台湾で出産す~出産3日前「食べ逃したトンカツ編」

第10回 女医さんのための台湾ガイド NO.2鼎泰豊

第9回 私、専業主婦になる~後編~

第8回 私、専業主婦になる~前編~

第7回 私、患者になる

第6回 地域医療の情景「だんだん」

第5回 女医さんのための台湾ガイド No. 1 晶華軒

第4回 私、国際結婚してしまう

第3回 私、地域医療する ― チョコレートの秘密編

第2回 私、地域医療する

第1回 私、検食を愛す