E1f85128 4649 400e aa45 721587cdbb06連載・コラム
2018年04月19日

Dr.まあや、医師国家試験を振り返る。/Dr.まあやの「今日も当直です」 第22回

今年の医師国家試験&合格発表も終わり、新米研修医たちの初期研修がスタートしました。joy.netでも“国試”の思い出話で盛り上がったところですが(関連記事1:国試対策編2:試験当日編3:試験打ち上げ編)、この人にも振り返っていただきました。Dr.まあやこと脳神経外科医・折居麻綾先生が「昔のことすぎて思い出せない〜」と言いながらも振り返った国試の思い出話。取材場所は2018年2月11日にオープンしたDr.まあやのショップ…。このチグハグな感じが今年も最高なのです。

伝説の94回医師国家試験

国試かぁ・・・。ワタシの時代は試験が3月中旬で、合格発表が4月に入ってからだったから、卒業式の日には合否不明という状況はよかったのかもしれない…。9割は受かると言われている試験だが、残りの1割に入ってしまうことの悲惨さたるや・・・。医学生は今までの人生「優等生」で来ている人の塊、落ちこぼれたことがないわけで。

それがなんと岩手医科大のワタシの同期は20人くらい不合格になってしまった。慶應医学部でも10人くらい落ちたらしく、とてつもなく激震が走った。伝説の94回、なんと合格率80%以下だったのだ! 誰かの何かの陰謀だとか言って大騒ぎしていたそのときのワタシはドレッドヘアだった・・・。こんな姿で受かってすみません・・・。

国試の内容は4年に1度のサイクルで出題基準が改定される。つまり同基準の2回目と3回目は試験対策がしやすく、1回目は対策しづらい。それゆえ4回目は落とせないことになる。そういう星の周りみたいなこともあり、よりによって94回はその4回目に当たっていた

同じ釜の飯をつつきあった仲間との時間

今振り返っても、国試の勉強はよくがんばったと思う。ワタシはバカだったから人一倍努力しないといけなかった。だから、勉強会幹事を買って出た。2年のころから、定期テストのたびに大学の教室を借りて、家で勉強できない派で集まって勉強していた。

国試のころにはそのメンバーも増え、ノートのコピーが欲しい人、何を勉強していいかわからない人、かまってほしい人(笑)が何人も出入りするようになった。ついには6年の秋から国試の日まで臨床講堂を占拠し、看護師さんの研修とかちあってバトッたことも何度か・・・(ちなみに教務課で正式な手続きをふんでいた!!)。

最後の方は家に帰らない人もいて、24時間ずっと一緒にいた。ゴミ置場からコーヒーメーカを拾ってきたり、カップラーメンにトマトジュースを入れるのにハマったり、このころのメンバーとはいまだに連絡を取り合う仲である。

改めて思うが、大学から職場までずっと一緒に過ごすのは医学部だけ。ふつうは大学を卒業したらそれぞれ別の道を行く。ワタシは就職先こそ違う場所を選んだが、こうやって同じ釜の飯を何年もつつきあうというのが医師の世界で、良い面も悪い面もあるが、ワタシにはけっこう居心地がよい


寝姿も見せあった仲・・・そりゃあ、一生モノの関係になりますよね(編集部)

伝統の“国対委員”

国試について言えば、3年のときから手伝っていた“国対委員”も思い出深い。岩手から仙台の試験会場にほど近いホテルまでついて行き、予備校などあちこちから出ている国試対策資料、予想問題、各種データを集め、夜な夜なまとめ作業、それをホテルのドアの隙間から入れて回るという役回りだった。

この資料集が不要な人はドアに「Do not disturb」の札をかけてあったり、「速報時間出ました!」でざわついたり、国試に関わらない人たちにとっては不思議な空間だろうと思う(笑)。3年から5年まで3年間やっていたことで、会場や受験生の雰囲気もわかって、いざ自分の番になってみれば動揺もなく挑めたように思う。それにしても今の時代はSNSなどでいろいろな情報が出回っているから大変だろうなと思う…。

そんなこんなで、国試が終わり、だめかも・・・と無駄に落ち込みながら、4月から慶應義塾大学病院・脳神経外科で研修が決まっていたワタシはすぐに東京へ。引越しのこととか、それ以上に卒業式と謝恩会で着る服を見つけるのに夢中だった。ちなみに卒業式は“コム・デ・ギャルソン”のマタドール謝恩会は同じくギャルソンのスパンコールドレス…!すごい格好だ今思えば!!


貴重!? 学生時代のまあやの写真たち。左上はポリクリの時。病院にいるときは、ドレッドヘアを抑えて、普通を装っていたとか。左下は臨床講堂で勉強している様子。真ん中が卒業式の謝恩会、右が、卒業式の衣装で、コムデギャルソンで買ったマタドール。いずれも、こ・・・濃ゆいです(汗)

国試の合格発表は卒業後に東京で迎えた。4月3日から研修のオリエンテーションがあり、すぐに病棟勤務が始まり、合格発表は病棟を回り始めて1週間後のことだった。受かっていて本当によかった・・・。これから国試を受ける人がこれを読んでくれているとしたら、努力は裏切らないという当たり前の話と、専門医試験よりマシかも…ということはお伝えしておきたい…。説得力にかけるか…(汗)。

次回は今話題の(?)医師の世界でのセクハラ問題について、普段から女扱いされないワタシが他人事ながら考察してみようと思う(笑)

■イラスト/Dr.まあや 構成/ふるたゆうこ

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 Dr.まあや(折居麻綾先生)

1975年東京生まれ、岩手育ち。岩手医科大学卒業後、慶應義塾大学病院で研修を終え脳神経外科に入局。2010年にかねてから夢だったファッションデザイナーの道に挑戦しようと日本外国語専門学校海外芸術大学留学科に入学する。翌年にはロンドンのセントラル セント マーチン カレッジ オブ アート アンド デザインに約2年間留学しファッションデザインの基礎を学ぶ。帰国後は事務所『Dr.まあやデザイン研究所』を設立しアーティスト活動をスタート。現在は釧路孝仁会記念病院、東京・小平市のあかしあ脳神経外科の院長として非常勤勤務している。 

 

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