46812dca 3ba6 42d6 bfc7 0eb26995e79b連載・コラム
2018年04月27日

アラフィフ女医のやり残し【院長ママのパラレルな日々  第23回】

アラフィフの井上先生。酸いも甘いも苦労も越えて・・・・・・ついに、やり残した夢へのスタートを踏み出します。いくつになってもやりたいことはできる!!

第23回 アラフィフ女医のやり残し

第1回コラムで40代からの人生をセカンドステージと位置付け奮起していることを語った私。学生時代に父を亡くし、父の遺言でクリニックと職員を託され、何とか自分なりに消化し歩んできた女医人生。今となってはすべての苦労が今の自分を作っているかと思うと愛おしくもある・・・(笑)

ぬくぬくと御父上の権力に甘んじているjoyを横目に見ながら、うらやましいな、ずるいな、と思わなかったといえばウソになります。自分の置かれた立場を恨み、逃げたくなったこともあります。20歳そこそこの医師なり立ての私が、病院経営が分かるわけもなく、医術の勉強と経験を積むのに必死で日々生きてきました。各方面のお偉方に涙ながらに頭を下げている母を見て、自分がやらねばならぬと腹をくくってクリニックを継続してきました。

もちろん10代の頃に自分が描いた20代ではなかったわけですが、40代前半を過ぎたあたりから、そろそろやりたいことをやろう・・・と心に決めて人生の方向性が少しずつ変わってきました。その中のひとつが大学に戻って勉強することでした。博士号をかけた研究も、クリニック存続と出産のためにドロップアウトしてしまった私は、大学に戻ることを1つのやりたいことリストに掲げ数年前から模索してきました(編集部注:2年半前、留美子先生に初めてお会いした際に、大学そして研究への熱い思いをエネルギーたっぷりにお話されていた姿を編集部も思い出します)

まず私にとってわかりやすかったのは大学院に入学すること。でもこれは必須科目が発生し授業料もばかにならず(今は二人の子供の授業料が優先)、クリニックの外来をおざなりにしてまで授業を受けることはできないと判断。

それでも、どうしても研究への思いを諦めたくはなかった私。大学の先輩や同級生、医局の秘書の方、大学教務課の方々に根掘り葉掘り教えていただき、この度、ついに研究員という形で大学に戻り、勉強させていただく方向になったのです。

母校には、外で働く私のようなものが勉強する方法としては、大学院以外に『研究生』と『研究員』という制度がありました。博士号取得を目標とするならば、研究生となる必要があります。これは大学院ほど縛られず、時間はかかりますが博士号取得を確実にしていく立場。私は博士号にこだわりはなかったため、自由度の高い研究員という立場になったのです。研究員申請の書類は自分の実績なども書かなくてはなりませんが、ほぼほぼ何もない私には楽勝でした。推薦状も開業している立場なので、自分が自分を推薦するという滑稽な推薦状となり、大学事務のほうからも前例がないから・・・とあいまいな受理(笑)。

医局へご挨拶に伺うと、疲れ切った同門後輩の大学院生にしれ~っと挨拶をされ、明らかに大学に勉強したくて戻る私とは膨大な温度差を感じ、疲れの中にも若さ溢れる見てくれの彼らに苦笑。同時に年を取った自分を実感。
とはいえ、今や大学に戻ると各医局で偉くなっている医師たちが、かつて私の後輩・ネーベンであった医師だったりするわけで、新米研究員といえども(アラフィフだけど)気軽にあれこれ相談ができてしまうという幸せ。若干近代化しすぎた大学校舎に恐れを感じながら、ずら~っと文献のそろった図書館に感涙。

きっと、ハタから見るとアラフィフで大学に戻るって不思議に思われることもあるし、「何を今さら・・・」って思われることもあるのかもしれません。でも、一通り子育ても落ち着いてきた今、もう一度大学に戻ってやり残したことをやる、ということも案外利点もある・・・と思うのです。出産や育児は年齢制限があります。子供には、やっぱり母が必要ですから、後悔しないように子育てはしたいですよね。でも医師としての経験や勉強は、後からでもできるかもしれない時代になってきたような気すらします

私は幸せ者で、一番私が大変な時期に一緒に働いていた先輩が率いる教室で、勉強をさせていただくことになりました。父が亡くなるときにクリニックにお手伝いに来てくださっていった先輩です。こんな私を常に気にかけ、受け入れてくれた教授には、感謝以外の言葉が見つかりません。

『女医は自分で働き方を決めることができる時代になった』のかもしれない・・・。才能あふれるJoyたちよ、いくつになってもやりたいことをやろう!

井上留美子 (いのうえるみこ)

1971年東京生まれ、東京育ち。聖マリアンナ医科大学卒業・研修。整形外科学教室入局。長男出産をきっかけに父のクリニックの院長となる。日本整形外科学会整形外科認定医、リハビリ認定医、リウマチ認定医、スポーツ認定医。

自分の健康法である笑うことをモットーに予防医学としてのヨガに着目し、ヨガインストラクターに整形外科理論などを教えている。シニアヨガプログラムも作成し、自身のクリニックと都内整形外科クリニックでヨガ教室を行う。現在は二人の子育てをしながら自身のクリニックにて院長業務を行っている。 

 

\\医療ドラマフリーク、留美子先生の連載//
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