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2018年05月17日

「物言わぬご遺体の声を聴く、大切な仕事です」女性法医学者・本村あゆみ先生に聞く、法医学という仕事。

千葉大学附属法医学教育研究センターの医師、本村あゆみさんは法医学者。診察するのは、生きている人ではなく、ご遺体だ。警察や海上保安庁等から依頼を受け、異状死体(確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかである死体以外の全ての死体)を解剖し、死因を究明する。

無論、死因がわかっても、死者を生き返らせることはできない。だが、原因を明らかにさせることではじめて、病死や事故に見せかけた殺人事件を暴くことが出来たり、製品の重大な欠陥による事故の再発を防いだり、恐ろしい感染症の蔓延にストップをかけることが可能になる。
「私は、亡くなられた方の死因を究明した結果を、生きている人や社会に還元して行く医学だと思っています」
非常に重要な医学であるにもかかわらず、担い手は少なく、2018年4月現在、司法解剖に携わる法医師は140人しかいない。こうした現状を改善すべく、日々努力し続ける本村さんに、法医の現状を聞いた。

法医は全国で140人
ただ、女医は増えている

――まず、数ある医学のなかから法医学を選んだ理由を教えてください。

法医学という学問があることを知ったのは大学4年生のときでした。それまでは「病気やケガを治す」のが医学だと思っていた。でも法医学は「なぜ死んだのかを解明していく科学」。それまで自分の発想にはなかった「人の身体の見方」が非常に興味深いと思いました。

根本的に、医学部に入ったのも、自分の身体のこととかを突き詰めて考えてみたいという動機でしたから。なぜ人は生きているのかというところから、なぜ死ぬのかを考えてみたいと思いました。何も語らないご遺体を自分の目で見て、残された痕跡からこんなことが起きたんじゃないかということを調べて行く手法も非常に興味深く思いました。

――法医学に来る前は救命救急に進んだんですよね。

5、6年生の研修で一通りの診療科を回り、卒業時にさてどの分野をやろうかと考えたとき、いつかは法医学に行きたいけど、最初から生命の無い、亡くなった人を見ても、死ぬまでの過程がぴんと来ないのではないかとすごく不安になりました。

血圧が下がってきたりとか、意識がもうろうとしてきたりとか、死ぬまでの過程で、人にどういう反応が起きて来るのかをきちんと勉強しておかないと解けないこともあるんじゃないかなと。それで臨床の経験をきちんと積んでから法医の勉強をしようと思い、救急を選びました。失礼ながら救急は、死にそうな方が一番沢山来るところなので。2,3年経験を積めればいいなと考えたのです。

――実際、務めてみてどうでしたか?

すごくスピーディな判断と対応が求められる現場に魅力を感じましたし、想像以上に勉強になりました。来る患者さん来る患者さんさまざまで、自分で「やりきった」みたいに思えるときがいつまで経っても来なくて、結局7年間いました。

――現在、法医学者は全国に何人ぐらいいるのでしょう。

法医学会の認定を受けている医師は140人です。小規模ですが、歴史は古く、一昨年100回目の学会がありました。
人数が少ない反面、研究分野は非常に多岐にわたります。病死、交通事故、犯罪など、いろんな分野に精通していないといけないのに、全体で140人しかいないので、人手は足りていませんね。

法医学をめざすのは変わり者?
でも、関心を持つ人は多い

――法医の成り手が少ないのはどうしてだと思いますか?

メジャーなコースではないからでしょうか。医者になりたいと思って医学部に入る皆さんがイメージしているのはやはり臨床医。患者さんを治療する医師です。そんななか、法医学をめざす人は、変わり者という流れになるのかもしれません。

ただ、私たちの実感としては、成り手は決して少なくないと思っています。私たちは東京大学でも開講しているんですけど、東大の学生さんも千葉大の学生さんもすごく興味を持ってくれて、1、2年生のうちから解剖の見学にも来てくれます。法医学的な薬物の研究をしてみたいなど、相談されることもあります。ほかの大学の医学部生からの問い合わせも多いので、法医学への関心は非常に高いと思うんです。

ただそういう人たちが全員、法医学者としてやっていけるのかというと、非常に厳しい現実があります。そもそも法医学者になりたいという人たちの受け皿がないのです。法医学教室は基本的に大学のなかの1教室でしかないので、大学の職員としての正規雇用の枠は、教授と准教授、講師、助教だけ。病院みたいに沢山の人が働ける職場もありませんし、解剖を沢山すればそれだけ利益が上がるというわけでもないので。

――救急から法医に転向するにあたっては何かきっかけがあったんですか?

(転向する)タイミングはずっと伺ってはいたのですが、救急も面白かったので、もしかしたらこのまま救急をやるにかもしれないとも思っていました。

そんななか、救急医だった当時の夫(現在は離婚)が、ドクターヘリで有名な日本医科大学の北総病院で勉強したいといいだしたのです。私も一緒に千葉に行くとして、また救急をやるべきか、それとも法医に転向するべきか、迷っていろいろ調べてみると、当教室の岩瀬博太郎教授の情報が出てきました。千葉大にはこんなすごい人がいるんだと思い、教授の著書である『焼かれる前に語れ』を読み、 大変感銘を受けて「この先生のもとで勉強したい」と決めました。2010年、31歳のときです。

焼かれる前に語れ
~司法解剖医が聴いた、哀しき「遺体の声」

岩瀬博太郎/柳原三佳
WAVE出版

 

 


「3K」は間違いない
怖いのは感染症リスク

――実際来てみてどうでしたか。法医学は「3K」ともいわれますが・・・

最近は「7K」だという話もありますね(笑)。きつい、汚い、危険の「3K」というのは間違いありません

普段は、だいたい毎日8時半に、解剖のご遺体が警察から運ばれてきて、30分ぐらいかけてCTを撮ります。その後9時ぐらいから解剖して、身体のなかを見て行きます。所要時間は平均して3時間ぐらい。お昼ぐらいには終了することが多いです。

時間がかかるのは、刃物で刺されたとか殴られたとかで、身体の表面に所見が多い時ですね。以前、100か所ぐらい刺されたご遺体を連続して扱ったことがあったのですが、1つ1つの傷が身体のメルクマールからどこの場所に、どれくらいのサイズ、どれくらいの深さであって、その性状はどのようなものなのかを100か所についてとらないといけない。しかも、表面を終えたら、さらに皮をむいてもう1回、筋肉をむいてもう1回、骨をはずしてもう1回ずつ調べて、それを全部写真に撮るので、めちゃくちゃ時間がかかるんです。だから、そのときは、一度の解剖に2日かかりました。それも立ちっぱなしで飲まず食わず。そういう意味では「きつい」ですね。

「汚い」というのは、いわゆる汚物的な汚いではなく、感染症がらみで、です。ご遺体なので汚いと言うのは失礼ですが・・・。感染症で亡くなった方から、私たちも感染する可能性があるので、危険にもつながってきます。あと、亡くなってから時間が経っていると、どうしても腐敗が進んでいるご遺体の場合、臭いがきつい ということもあります。

「危険」なのはやはり感染症ですね。どうしても、針刺しとかメスで切ったりとかいう事故は起こってしまうので。メスについては、教授が先を丸くした特殊なメスを開発してくれたので、リスクはだいぶ下がりましたが。

――感染事故はそんなに多いんですか?

結核はご遺体からでも感染するので非常に危険です。ただし、CT画像を見れば結核かどうかは解剖前にある程度わかります。ですから私たちの施設のように、CTがあるところはいいのですが、日本の法医学教室はCTのないところが多く、CTを撮らずに解剖した場合、胸を開けて肺を見た瞬間に、「あっ、これはまずいな」となりますね。

結核は決して過去の病気ではありません。亡くなられる方も少なくないので、私たちも遭遇する率はそれなりに高いです。なのに、予防策はあまりきちんと講じられていないので、一番危険にさらされているのは警察の人たちでしょう。

以前にも、警察が持ちこんだご遺体について、「現場に見に行ったら、大量にかっ血したようで、血液がついたティッシュが袋のなかに沢山入っていました」と聞かされて、びっくりしたことがありました。結局、結核ではなかったので事なきを得ましたが。それはラッキーだっただけ。警察のみなさんも、検視する際にはもっときちんとした感染症対策を講じるべきだと思っています。

大切なのは単純な数ではなく
いかに質の高い解剖をしてきたか

――この冬話題になったテレビドラマ『アンナチュラル』では、検察側の証人として出廷した石原さとみ演じる女性法医学者が、弁護士から「女性は感情的だから、その鑑定は信用性がない」と法廷で侮蔑されるシーンがありました。法廷で、同じような体験をしたことはありますか?

私はありませんが、噂では、法廷戦術として「未熟な人の証言の信頼度が低い」ということを言うために、弁護士さんから「今まで何回ぐらい解剖しましたか。あ、たった50体なんですね」みたいなことを言われたという話は聞いたことがあります。

私たちは検察側の証人として呼ばれることが多いのですが、被告側の弁護士さんから、本筋とはぜんぜん違うところでいやな思いをさせられることはあるようですね。

――「本筋とは違う」というのはどういうことでしょう?

私たちは中立な立場なのですが、調書はあくまでも検察側のストーリーでつくられていますので、弁護士さんとしては、つっこみどころは結構あると思うんですよ。「この死因はこうなっていますけど、この出血はどう解釈すればいいんですか。殴られたことによるものではなく、単に転んでできたものではないんですか」とか。検察が、わざわざ調書には書いていない事柄もあるので、そこを聞いてくれたら私たちも答えるのに。ぜんぜん違うところにひっかかって聞いてこられると徒労感を覚えます。

そういう意味で、日本の法廷はどうしても検察側が有利な感じは受けます。弁護士さんももう少し法医学について勉強していただいて、 法廷に行く前に、事前にコンタクトをとってもらうとかがあっていいと思うんです。

――本村先生はこれまでに何体ぐらい解剖してきましたか?

法医学に来て8年間で350体ぐらいだと思います。ここが年間ちょうど350体解剖するんですけど。執刀する医師は現在10 人なので。

――解剖数が多いほど、鑑定に対する信頼は高まるものでしょうか?

数が多いことは、経験としては意味があることだと思います。ただ、私たちの施設では、解剖するご遺体1人ひとりについて、解剖後に、薬物検査等いろいろな検査の結果も含めた論文みたいな鑑定書を一冊出しています。でも、施設によってはそういうものを出さないところもありますし、解剖した当日に紙1枚の鑑定書を出して終わりというところもあります。べつにこうしなければならないという決まりごとがあるわけではないので、やり方はさまざま。

そうなると、仮に1万体解剖していたとしても内臓しか見ていない執刀医と、解剖数は3000体だけどすごく念入りに、隅から隅まで、死因と関係ない細かい変化まで見ている執刀医とでは経験の質がぜんぜん違うと思います。

――法医学の技量は、単純に解剖数だけでは測れない?

そうですね。結局、ご遺体が事実を語ってくれるかどうかは、法医学者がどう解釈するかによります。同じご遺体を見ても、どこまで正確に読み取れるかは、能力によって差が出ます。
そういう意味で、法医学は正解がない。臨床なら、病気やケガが治ってくれれば、自分の診断や治療方針は間違ってなかったということになりますが、ご遺体の場合、そうはいきません。できる限りの情報を集めて類推していくしかないし、当たりだったかどうかも教えてもらえないので、「私には、ご遺体の声が聴こえなかった」と、消化不良に終わるケースもあります

法医学は女性にとって
働きやすい職場

――こちらのセンターは女性の比率が高いですね。法医学の世界はどこもこうですか?

当センターでは14名の医師が所属しているなかで6名が女性医師です。学会とかでも、女医に会う機会は増えています。ただ、教授レベルではまだまだ男性が多いですね。

――女性にとって働きやすい職場ですか?

そうだと思います。
妊娠期間中とかは、気分が悪いようであれば別の人が代理で解剖に当たったりとかして皆で助け合っていますし。施設によりますが、うちは基本的に平日の昼間しか解剖していないので、当直もありません。講義や研究など拘束される時間もありますが、ある程度時間を調整しやすいので、働きやすいと思います。

――本村先生も、ワークライフバランスはとれていますか?

はい。私は子どもがいるので、子どもたちを朝学校に送りだして、夜迎えに行って・・・というサイクルがあるのですが、あまり無理することなくあわせられています。 医療界はずっとブラックな職場でしたが、近年、それが世間に知られるようになって、改革しないとだめだよねという風潮になっていますね。そういう意味で法医学は、女医の比率が高いですし、職場的にも、うちは特に、解剖の補助をしてくれる人もお母さんが多いので、理解し合いながら、無理なく、働けているなと思います。

――急変で呼び出されることはないですものね。

そうですね、ご遺体に急変はないですから。施設によっては、深夜にいきなり解剖が入るところもありますが、うちは昔から、無理しないことになっています。

急いで解剖するよりも、その前に、(ご遺体の)ここを注意して見なければいけないみたいな情報を、捜査で集めてもらわないといけないんですね。たとえば糖尿病とか心臓病の既往歴があるとか。そういう情報があればやはり、内因のことも考えて調べなくてはいけないとなりますので。実際、災害の時とか、沢山ご遺体が出て。遺族も早く返して欲しいとおっしゃるんですけど、早くよりは、確実に返ってくることを考えていただきたいですね。

災害のときにはご遺体が多いので、取り違えをしないことを最優先に考えるべきです。焦って返して、後で別人でしたというのが一番困りますよね。やはり、きちんとDNAや歯の検査をやって身元を確認し、確実に返す。死因をできるだけ正確に判断する。この2つが大事なので、ご遺体に関しては、急がなくてもいいということを理解していただきたいですね。

つらいのは無理心中の事例
一番あってはならないと思う

――忘れられないご遺体はありますか? 

この人と私を境界しているのはなんなのだろうと、つい哲学的なことをいつも考えてしまいます。あとはやはり、お子さんの事例が、何を差し置いても辛くもありますし、この子は何を最後に思ったのかなと、想像してしまいます。

特に以前、心中事件が続いたことがありまして。心を病んでしまった親御さんに、高いところから突き落とされたり、絞殺されたり、パターンはそれぞれあるんですけど。子どもが親に殺されるというのは一番あってはならないことだと思いますし、社会的にきちんと介入していれば防げたんじゃないかなと。家庭内のことなので、すごく難しいんですけど、そこを社会全体で汲み取って行けるようなシステムを強化して行くべきだと、学会に提言したりしています

これは、私1人がそう思っているわけではなくて、小児科の先生、精神科の先生、保健師さんなど、いろんな人が同じことを思っています。実際、産後うつのチャートを作ってリスクを検出し、精神保健や母子保健等で介入して行く動きも活発化しています。

事件について話を聞いていくと、周囲はぎりぎりまで気付いていなかったというケースも多いので、昔のおせっかいおばちゃんみたいな人がちゃんといて、地域のコミュニケーションがもっととれるようになればいいのになぁと思います。

――今後のビジョンを教えてください。

救急にいた頃も、死因がわからない患者さんはすごく多くて、なんとかしたいという気持ちがありました。法医に来れば、救急に還元できるんじゃないかと思っていたのですが、変わりませんね。どうしても、解剖すべきご遺体をピックアップするのが警察なので、目の細かいふるいがかかるので、なかなか法医までご遺体が到達しないというところがあります。やはりもっと多くのご遺体を解剖できるように、死因究明のシステムを改善しなければいけないと考えています。法医学の果たすべき役割は重要です。

もっと発展できるよう、積極的に取材を受けたり、学会に出たりして、法医学の重要性を広報して回ることと、法医学者としての能力を高めるよう精進していくことを、生涯の仕事としてやっていきたいと思っています。

本村あゆみ
国際医療福祉大学医学部講師 (取材時は、千葉大学附属法医学教育研究センター助教)

 

佐賀医科大学(現・佐賀大学)医学部卒業。8年間の救命救急医勤務の後、法医に。千葉大医学部附属法医学教育研究センター助教、東京大学法医学講座特任所助教(兼務)を経て、2018年5月より現職。2児の母でもある。

文/木原 洋美

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