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2018年06月05日

私、台湾にて出産す―「ついに赤ちゃんとご対面編」/Dr. ミナシュラン! 第15回

ついに出産編完結!エスニックな帽子をかぶった麻酔科医の登場に驚愕しながらも、「その時」は確実に近づいてきた。そして、出産後のミナシュランを襲った事件とは!?

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産科医も到着し、帝王切開の手術が始まった。
既に書いたが、私はこの手術が大好きで、自分が帝王切開を受けられることが、実はとても嬉しかった。

しかし、ここに大きな誤算があった。
患者は、自分の手術野を、見られないのである!(当然だ)

なんとなく「久々に帝王切開を見られる! 嬉しい!」気分でいたので、ちょっとがっかりしたが、今までに見た帝王切開の手術のイメージで、自分の手術の様子を想像した。

メスが入る、のが分かる。
痛くはない。

ああ、もうすぐ、産まれるんだ!

短い時間のはずなのに、長い時間に感じられた。
まだ産まれていないのに、なんだかもう感動してしまって、ちょっとフライングで泣いてしまった。なかなかタイミング良くクラッカーなんて鳴らせないのである。

頭側にいる看護師さんに「あれ、もう泣いてるの? まだ産まれてないですよ」と言われ、「はい、分かってます」と照れながら答え、涙を拭いてもらっていたその時、「グワバッ!!」と、何かが取りだされたような感覚があった。

「ウギャアアアアアア!

ああ!
その瞬間、かつて経験したことのない感覚に襲われた。圧倒的な「喜び」の粒が、私の体を一気に満たすのだ。「喜び」の粒は私の体の中で押し合いながらどんどん増えて膨らんで、収まりきらない「喜び」の粒が私の目に開いた出口から溢れ出た。
涙だった。
「喜び」の粒はどんなに抑えようと思っても抑えきれず、私はずっと、喜びの粒でできた涙を出てくるままに流しながら、手術室に響く産声を聞いていた。

ウギャアアアアアウギャアアアア!

ああ、これがこの子の産声!
ギャア」じゃなくて「ギャア」だ!
私はこの産声を、ずっと覚えていよう。この子が大きくなったら、こんな声だったんだよ、って、教えてあげなくちゃ。ああ、これがこの子の声!

そう思った。
(それが後日、大惨事に繋がった事件はこちら

程なくして、看護師さんが赤ちゃんを連れてきて見せてくれた。私の体は手術台の上で、おそらく産科の先生がお腹を縫ってくれているところだったが、私は目を見開いて、しっかりと見た。

「あれ? ガッツ石松じゃない・・・・・・!」

実は、前の年に出産した妹から、「赤ちゃんは産まれてくる時はみんなガッツ石松(みたいな顔)だから、気にしなくていいよ」という微妙なアドバイスをもらっていたのだ。

だから私は、喜びの涙を流しながらも産まれる時はガッツ石松、産まれる時はガッツ石松と唱え、期待値を下げながら赤ちゃんの顔を、見た。
見た!

「あれ? ちゃんと可愛い!」

赤ちゃんは髪が黒々として、ちょっとパーマがかかったみたいにクルッとしていて、眉毛は眉ペンで書いたみたいにきれいに一文字で、唇は真っ赤だった。

「可愛い、可愛いよ、全然ガッツじゃないよ!
 でもなんだろう、この感じ、この感じはどこかで見たことある……、あっ」

くるくるパーマ、一本線の眉毛、真っ赤な唇・・・・・・、なんか、典型的「大阪のおばちゃん」みたい!
私は心の中で大笑いして、(いや、これは、赤ちゃんが大きくなった時も、言わないでおこう)と決めて、しかし涙は絶えずあふれ出ていて、なんだかお正月とバレンタインデーとエイプリルフールが一緒に来たような忙しさだった。

そこに、麻酔科のネパールの帽子先生が、こう言った気がする。「ちょっと、眠くなりますよ」
そこからの記憶がない。私は(ああ、無事に産まれた! 早く主人に赤ちゃんの顔を見せてあげたい、Facebookには何って書こうかな・・・・・・)などと思いながら、眠ってしまったようだ。気がつくと私は、術後回復室にいた。

                    ◆◇◆◇◆

ブルブルブルブルブル。
ブルブルブルブルブル。

目が覚めると、術後回復室にいるのを理解した。理解したが、自分の身に何か大変なことが起きているのも把握した。

ブルブルブルブルブル。
自分の体、手足がブルブルバタバタと、ものすごく激しく震えていて、自分で止めようとしても止まらないのだ。

「は?」

まだ麻酔の影響もあり体を動かせず、私は頭の中で自分を診察した。何が起きているのだ?

四肢の不随意運動、意識は清明(っぽい)、呼吸はできている(っぽい)。鑑別診断を立てようと冷静な自分がいるが、生まれて初めて経験する「自分で制御できない自分の動き」は、ものすごく怖くて、ものすごく不安だった。

「すみません、誰か来てください!」
私はとりあえず、声をあげた。
頭の中の鑑別診断は、良からぬ方向へと広がっていく。

てんかん発作? だとすれば、重積すれば大変、でもモニターがついているし、ここなら気づいてもらえるだろう。
悪性高熱? 麻酔の稀だけど重篤な合併症で、死ぬこともあるんじゃなかったっけ?
何だろう? 原因は何にせよ、こんなに筋肉がブルブルバタバタと震えていたら、筋肉が壊れて、CKが上がっちゃうんじゃないかしら、腎不全、透析?!

考えながら泣きそうになった。赤ちゃんが産まれたばかりなのに。私、ひょっとしたら死んじゃうこともありえるのかな? ああ、赤ちゃんを無事に産めたことは本当に良かった、でも成長を見られないのは本当に残念だ。
夫に会いたい、でも、「赤ちゃんをよろしく・・・・・・」なんて、ドラマみたいな展開、本当にあるのだろうか。

手術室で一瞬だけ見た我が子の顔は、一瞬なのにくっきりと、脳裏に焼き付いていた。
自分は死ぬかもしれない、とさえ思っているのに、ちょっと大阪のおばちゃんみたいな可愛い顔を思い出すと幸せで、私は震えながら怯えながら微笑んでいた。

看護師さんが来てくれた。

「どうされました?」
「(どう、って、見たら分かるじゃん!)あの・・・・・・、私、どうなっちゃってるんですか?」

不自由な中国語で、一生懸命聞いた。が、私は死さえ想像しているというのに、看護師さんはあまり焦った様子もない。

「あ、シバリングです」
「シバリングですか・・・・・・」

シバリングとは、高熱などで身体が震えること、戦慄。そう聞いて、私は少しだけ安心した。

(そっか、シバリングかぁ~)

今思えば、シバリングは症状であり、その原因については全く説明がなかったので、これで安心するのは変なのだが、その時は安心したのである。

体の震えは、どれぐらい続いたのだろう。幸い、数十分すると、震えは小さくなってきた。

麻酔科医・ネパールの帽子先生もやってきて、まるでネパール人のような美しい笑顔で私を見てくれたが、私の不安は全く解消されなかった。

私はやっぱり、「今までありがとう、赤ちゃんをよろしく・・・・・・」を言っておいたほうがいいような気がして、(そして、状況をきちんと把握したくて)、回復室に主人を呼んでもらうよう、看護師さんにお願いすることにした。

「お願いします、主人を呼んで来てください」
しかし願いが聞き届けられることはなかった。

ブルブルブル。
ブルブルブル。

震えは少し小さくなっていたが、やはり続いていた。
(私、大丈夫……だよね?)
不安になっていると、また看護師さんが来てくれた。

「ごめんなさいね、ご主人は、入ってもらうことができません。でも、少しだけ、お水をあげましょう」

そう言って、看護師さんは湿ったガーゼで私の口に少しだけ、水を含ませてくれた。

(ああ、美味しい・・・。水って、こんなに美味しいんだ・・・・・・。)

帝王切開後で出血もあり、脱水状態だったのではないかと思う。その水はスプーン1杯にも満たない、本当に少しの量だったのに、涙が出る程美味しく思えた。人間にとって、いや命にとって、水は、こんなに尊いんだと思った。

死に際の患者さんの口をガーゼで湿らせてあげる習慣、あれは儀礼的なポーズかと思っていたが、本当に意味があることなのかもしれない、と思った。(いつか私にその時がきたら、どうぞよろしく!)

看護師さんは手を握ってくれて、その手のぬくもりも、有り難かった。
私は落ち着いて、それでまた眠ってしまったのかもしれない。気づくと体の震えは収まっていて、看護師さんに「病室に帰りますよ」と言われた。

ああ、私、生きている。
そしてやっと、赤ちゃんと生きてゆける!

こうして、台湾での産後生活が始まった。

■プロフィール:Dr.ミナシュラン
四国生まれ、総合医。食べる事が好きで、本名「みな」とグルメの「ミシュラン」を掛けて「ミナシュラン」と呼ばれている。自治医大を卒業し、四国の地域医療に9年間従事した。台湾人医師と国際結婚し、妊娠を機に台湾に移住する。最近ハマっている台湾ドリンクは、チアシードの入った冬瓜茶、めちゃうま。その他の情報は徐々に明らかになる予定。

 

Dr. ミナシュラン!バックナンバー
私、台湾にて出産す―出産当日「ネパール帽子の麻酔科医現る編」

第13回 私、台湾にて出産す~出産1日前「ついに絶食編」

第12回 私、出産す~出産2日前「お粥とやり過ごす陣痛編」  

第11回 私、台湾で出産す~出産3日前「食べ逃したトンカツ編」

第10回 女医さんのための台湾ガイド NO.2鼎泰豊

第9回 私、専業主婦になる~後編~

第8回 私、専業主婦になる~前編~

第7回 私、患者になる

第6回 地域医療の情景「だんだん」

第5回 女医さんのための台湾ガイド No. 1 晶華軒

第4回 私、国際結婚してしまう

第3回 私、地域医療する ― チョコレートの秘密編

第2回 私、地域医療する

第1回 私、検食を愛す