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2018年07月01日

「日本初の女性肛門科専門医」の流儀――マリーゴールドクリニック院長 山口トキコ――

日本初の女性肛門科専門医として知られる山口トキコ氏。医学生だった彼女に、肛門科に進むよう促したのは、「狐狸庵(こりあん)先生」の愛称で知られた有名作家・遠藤周作氏でした。それは単に彼女が医学生だからという理由で語られたものではないはず。「お尻は、女性の先生に診てほしい」という、多くの女性たちの率直な願いに最初に応え、今も真摯な診療を続ける山口氏の生き方を貫く、流儀について聞きました。

「肛門科の女医になれ」
大作家の一言に導かれ

「(肛門科の)待合室には、若い女性が円座クッション(お尻の痛みを和らげる、中央に穴の開いたドーナツ型クッション)に座って、恥ずかしそうにうつむいていたよ。私はジロジロ見ていたわけじゃないが、気の毒に思った。どうだ、トキちゃん、肛門科の女医にならんか」

1986(昭和61)年、当時まだ東京女子医科大学に通う医学生だった山口トキコ氏に語りかけたのは作家・遠藤周作氏。それは1983(昭和58)年、自身が東京・南青山の肛門科医院で痔(血栓性外痔核)の日帰り手術を受けた際に芽生えた問題意識だった。

ふたりの縁は、遠藤氏主催の素人劇団・樹座のオーディションに、山口氏の母親が娘に無断で申し込んだことに端を発する。

オーディション当日、高熱を出したせいで欠席したものの、後日、遠藤氏からじきじきに電話をもらい、親しく交流するようになった山口氏はやがて、「樹座」の座付きドクター(まだ医学生の身分で、医師ではなかったが)を命ぜられた。冒頭の会話は、公演に同行した際に交わされたものだという。

その頃遠藤氏は、自分の長い闘病体験から患者本位の医療を求める「心あたたかな医療」キャンペーンに取り組んでいた。新聞社に原稿を持ちこみ、医療改革への提言を行っていたのである。それはたとえば、「女性が検査のために自分の尿を入れたコップを持って、待合室の前を通らなければいけないのは、おかしいのではないか」「入院患者たちの夕御飯が四時半とか五時というのは一体何だ。 健康な人間でさえ腹がへらないのに、病人がそんな早い時間に飯が食えるわけがない」といった具合。患者の立場に立った、実にまっとうな主張だった。

「女性患者が恥ずかしい思いをしないで済むように、肛門科の女医になれ」という言葉も、そうしたスタンスから発せられたのだろう。

「でも私は学生でしたし、将来自分が肛門科医になるとは夢にも思っていなかったので、遠藤先生の優しさには感動しましたが、突然の提案でもありましたので、『からかっているのだろうと』なんとなく聞き流してしまいました」

そう振り返る山口氏が、日本初の女性肛門科専門医をめざす決心をしたのは数年後。女子医大の外科医として臨床経験を積むうちに、「お尻は女性の先生に診てもらいたい」と希望する女性患者の多さを肌で感じたことが大きかった。

さらに、肛門科も外科領域の一つであり、「肛門科医であれば外科医として長く続けていけるかもしれない、女性患者さんの肛門を診てあげられるのは、私しかいないのではないか」とも考えた。

「遠藤先生も亡くなって今年で21年経ちますね。『肛門科の女医になれ』と言われたときは、なろうとは思いませんでしたけど、人間不思議なもので。女子医大にいると、患者さんの方から女性の先生がいるなら診てもらいたいと電話がかかってきましてね。ニーズがあるんだなと。ほかにも考える所があって、結局、遠藤先生の言葉の通りになりました」(笑)

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正真正銘の紅一点
でも得する方が多かった

肛門科になると決めた山口氏は、日本を代表する大腸肛門外科の名医、隅越幸男氏に師事すべく、社会保険中央総合病院(現・東京山手メディカルセンター)大腸肛門病センターの勤務医になる。センターの肛門科の女性研修医、第一号だった。

この後、「日本初の女性肛門科専門医」になったわけだが、「女性初の肛門科医」を周囲はどう受け入れたのだろうか。

「隅越先生から、私が大腸肛門科の女性研修医、第一号だと聞かされて、驚きました。
隅越先生にはよく面倒を見ていただきましたよ。(女性研修医第一号ということで)他の男性の先生たちより特別目をかけてもらったかもしれませんが、指導は男性女性関係なく、平等に教えてもらったと思います。助手の順番とかも全部一緒でした。だから特に、女性だから特別ということはなかったと思います。

 

ただ、こちらとしては女性なりの気遣いをすることで、もしかしたら良い思いをさせてもらったかも…という記憶はあります。たとえば、お弁当をまとめて買ってくるとかで、『女性らしくていいな』とか、そういうのはあったかもしれないです」

特に肩に力を入れて頑張るのではなく、ごく自然に努力し、周りへの気遣いも忘れない山口氏は、周囲の男性医師たちから温かく受け入れられていたようだ。
では、学会ではどうだったか、というと。

「今でこそ、肛門科で働く女性医師は増えましたが、そのころは肛門科といえばすべて男性医師という時代でした」

正真正銘の紅一点。だが、まったく気にしなかった。

「損したことは特にないんじゃないですかね。逆に女性の方が、男社会で働くにしても上手く立ち回れば男性より働きやすいんじゃないかと思っています。そこは自分がちゃんとやれば男性も女性も関係ない。

 

私は、男性は女性を助けてあげたいっていう気持ちがあると思いますけどね。だから、(冷たくされることよりも)教えてあげようと思ってくれた先輩の男性の先生が多かったんじゃないかと思っています。たとえば私は1人で開業しているので、学会や研究会で分からないことがあると後から手紙を書いてお尋ねしたりしていたのですが、丁寧に教えてもらいましたよ。そこは損をするどころか、逆に私が女性だということで優しくされて、得したかもしれない。そこは、私が持っている突破力みたいなものだと思っています」

 “上手く立ち回る”というのは、決して、媚を売ったり、ずる賢く振る舞うことではない。

「(相手の)先生の助けになるようなことをすれば、その先生も(私を)何とかしてあげようと思うかもしれない。権利を主張するだけでなく、相手のことを想う、ということです」

女性だって、どこでも勉強できるし、発表の機会もある

約6年間、肛門科医としてのトレーニングを積み、2000(平成13)年2月1日、山口氏は、赤坂見附の外堀通りに面したビルの一角に、マリーゴールドクリニック(肛門科、胃腸科、内科)を開設した。

マリーゴールドクリニックのHPより。清潔感に溢れ温かみを感じさせる。

キク科の花であるマリーゴールドには「聖母マリアの黄金の花」という意味があり、黄色いマリーゴールドの花言葉は「健康」だ。さらに「菊の花」は肛門のイメージに近いにことから、クリニックのネーミングに選んだという。

また、大腸肛門科だけでなく内科も診療科目に加えたのは、痔だけではなく全身も診たいと思ったからだった。そこには、患者本位の医療を求めていた遠藤周作氏の想いも投影されているような気がする。

マリーゴールドクリニックの特徴は、女性患者をメインにして、“日帰り手術”を推進していることだ。患者の男女比率は8対2で女性が圧倒的に多い。

「やはり私が女医だからでしょうね。『女性の先生だから』という理由で、来院される女性患者さんが多いです。一方男性患者さんの場合は、『日帰りで手術が受けられるから』というケースが多いですね。多忙な方々にとっては、当院の強みである“日帰り手術”は大きな魅力のようです」

2015年11月には代表世話人として、「女性医師肛門疾患勉強会(JKB)」を開催した。

「女性の肛門科医も大分ふえてきましたから、こうした勉強会を通じてお互いに知識を共有し合い、診療の連携を図っていきたいと思っています。
ただ、敢えて女性だけの勉強会を作る必要はない。なぜなら女性も、どこでもいくらでも勉強できるし、発表の機会もあるので。本来は要らないとも思っています。

 

まあ私もこういう年齢になって、ある程度女性の後進を育てるには、勉強会を開催するのもいいかなと。あるいは、肛門科以外の先生たちもいらっしゃるので、さまざまな意見が聞けて、視野を広げる場になるかなと思い、ボチボチやっています」

開業以来、治療してきた肛門科の患者はゆうに一万人以上。取材中には、「女性は妊娠出産のせいで痔になりやすいと言われていますが、私の患者さんのデータでは、妊娠出産が直接痔に関わっているというのはむしろ少ないですね」など、日頃の臨床経験にもとづく見解が次々と飛び出した。

女医としてではなく、医師として。常識にとらわれず、目の前の患者としっかり向き合って学ぶ。温かくも、きりっとした生き方が素敵だ。

山口トキコ(やまぐち ときこ)
マリーゴールドクリニック院長
1988年東京女子医科大学卒業、92年東京女子医科大学大学院修了。東京女子医科大学第二外科学教室で研修後、社会保険中央総合病院(現・東京山手メディカルセンター)、同大腸肛門病センター勤務を経て、2000年2月マリーゴールドクリニックを開業。
日本大腸肛門病学会専門医・指導医・評議員。テレビやラジオ、雑誌などでも活躍。

●参考資料
東京女子医科大学広報誌『シンシア』№5
語り部通信(遠藤ボランティアグループ代表兼顧問・原山建郎さんのWEBサイト

文/木原 洋美

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