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2018年07月13日

「救急は、毎日違って、面白い」そんな言葉に導かれ、今では女性で近畿唯一の救急指導医に――神戸市立医療センター 中央市民病院・救命救急センター 医長 柳井真知

「断らない救急」を理念に掲げ、厚生労働省が実施する救命救急センター評価において、もっか全国284施設中4年連続でトップを独走中(2017年実績)の神戸市立医療センター中央市民病院・救命救急センター。有吉孝一センター長が真剣に自慢するのはスタッフ、特に女性医師の存在だ。
「救命救急センターの仕組みとして、『断らない』を可能にしているのは、ER医(救急外来医)、なかでも柳井先生をはじめとする女性医師たちの活躍です」。
はたして柳井真知氏は、どんな医師なのか。その仕事、救急医療に対する想いなどを伺った。

「日本一」を強力に支える
女性ER医たちの存在

神戸市立医療センターの救急受入れ要請に対する『応需率』はなんと99.6%(2018年4月実績)。しかも、緊急手術や集中治療が必要な患者のための3次救急だけでなく、軽症の1次、入院が必要な2次にも対応し、あらゆる救急患者を選別せず、365日、24時間、いつでも受け入れている。自家用車やタクシーに乗ってやってくる「ウォークイン」の患者までも断らない徹底ぶりだ。最高で、10分間に6台もの救急車を受け入れたという。文字通り、目の回る忙しさだ。なにせ患者は、救急外来の待合室にもびっしりなのだ。

救命救急センター評価で1位を獲得するということは、そんな忙しさのなかでも、医療の質がしっかりと確保されている証しでもある。こんな凄い救急を可能にするのは、一口で言えば「総合力」。救命救急センターだけでなく、病院全体、地域全体が協力し、改善に努めてきたからこそできたことなのだが、有吉センター長が真剣に自慢するのはスタッフ、特に女性医師の存在だ。

「救急センターの仕組みとして、『断らない』を可能にしているのは、ER医(救急外来医)、なかでも柳井先生をはじめとする女性医師たちの活躍です」。センターで働く医師12名中7名は女性。子育て中の医師もいる。

「救急医療と言えば『ドクターカーやドクターヘリで現場に出て緊急手術をやって、毎日当然のように忙しく、時に殺伐として働いている、でもカッコよくて素敵』というステレオタイプの捉え方がありますが、人生の7割以上は仕事以外であり、仕事以外の生活を大事にしてこそ良い医療ができる」という信念を持つ有吉センター長にとって、救急医療の最前線でイキイキと働き続け、かつプライベートも普通に楽しんでいる彼女たちのワークスタイルは、大きな勇気になっている。


神戸市立医療センター中央市民病院・救命救急センター 有吉孝一センター長

いろいろな年齢、疾患を診たい
救急医ならそれができる

救命救急センター医長の柳井氏は、全国で14人、近畿地方に1人しかいない女性の救急指導医であり、ER医(救急外来医)として、現場の牽引と後進の指導等にあたっている。まずは、「救急医になった理由」を尋ねてみた。

「もともとは内科医になろうと思っていました。でも、この病院で研修をし、最初にローテで回ったのが救急部で、有吉先生に指導していただき、救急の魅力に目覚めました。内科だと、循環器だとか消化器だとか神経とか、臓器を決めないといけないですよね。私は決め切ることが難しかったし、いろいろな年齢のいろいろな疾患を診たいという希望を持っていました。救急なら内科の領域の病気もすごく多いし、高齢者も小児も診ることができます。

 

それと有吉先生からしょっちゅう、『救急は毎日違って面白いよ』『毎日学ぶことがあるよ』と言われたことがとても印象に残っていて、3年目から救急医になりました。

 

このセンターには、2001年から2007年まで6年間在籍し、そこから聖マリアンナ医科大学(神奈川県)に移って10年間いて、半年前に、こちらに戻ってきました」

「聖マリ」の愛称で知られる聖マリアンナ医科大学。附属の聖マリアンナ医科大学病院は、地域の中核を担う大規模な医療施設であり、神奈川県初の救命救急センターの指定を受けている。柳井氏はそこで、救急医学の講師、大学病院救命救急センター医長、感染症センター副センター長といった重責を担ってきた。
足かけ16年、心血を注いできた救急医療の魅力は一体なんなのだろう?

「急性期の患者さんは状態がめまぐるしく変わって行きます。常に細心の注意と素早い判断が迫られるところにやりがいを感じます。また、病気、ケガ、中毒など、ありとあらゆる傷病の患者さんが来られるので飽きない。あとは一番世間に近い診療科である。「社会に開かれた窓」なんですね、病院にかかる際の、最初の窓口になれるのも魅力だと思いますね。

ただ反面、患者さんを診るのは最初だけで、その後は専門医に引き継ぐことになります。そういう、根本的に治すところまで介入できない場合があることを、物足りなく感じている救急医も沢山いると思います。

私は、もとが内科なので、診断をつけて、治って、帰宅されるまで診たいなという思いがあります。実は以前、この病院にいた頃は、それができませんでした。スタッフも少なかったので、外来の患者さんだけ診ていたのです。それで不完全燃焼になってしまい、入院した後も患者さんを診ることができる、聖マリアンナに行きました。あちらでは集中治療室で重篤な患者さんの管理とかもやりながら外来も診るという治療体制で勉強させてもらいました。


そのうち、この病院も新しくなり、私たち救急医が主導権を握って、重症の患者さんを診られる体制に変わりました。だから今私は、聖マリアンナでやってきたのと同じように出来ています」

日本ではなじみが薄い
ER医の重要な専門性

救急医について、「根本的に治すところまで介入できない場合があることを、物足りなく感じている救急医も沢山いる」と語る柳井氏。そういえば、病院取材をしているなかで、他科の先生方から、救急に対する、ネガティブな感情を吐露されることもある。

「私も以前は、『救急は患者を増やすだけで、何もしない』と責められることはしょっちゅうありました。最初だけ診て、やっつけ仕事で、「あとはお願い」みたいなことをしているんじゃないかと。でも、それは誤解です。

 

患者さんは病気の名前を首から下げてくるわけではありません。ER医は多種多彩な訴えから、これは何科の病気か、内科だとしたら循環器か呼吸器かなど、どの専門科で診てもらえばいいのかを探り、各診療科につなぐプロフェッショナルです。この役割をもし内科医が担うとしたら、内科の病気ばかり探してしまい、腹痛を訴える患者さんが実は転倒してお腹を打った外傷だったとしても気づかないかもしれません。
その点、ER医はすそ野を広く探していくので、本当に必要な専門医に、スピーディに繋ぐことができます

ただ、ER医という職種も、日本ではまだなじみが薄い気がするのだがどうだろう。

「そうですね、救急医とか集中治療医の定義がすごくあいまいで、病院とか地域によって皆さんがイメージするものはまったく違っていると思います。だから救急医のなかでも、自分のことをER医と思っている人もいれば、救命救急センターの重傷を見る救急医だと思っている人もいる。両者がやっていることは、患者さんの種類、疾患、重症度など、ぜんぜん違っていたりするので、とてもひとくくりにはできません。

 

さらにER医といっても、ER(救急外来)だけ診る先生もいれば、我々のように集中治療室・の患者さんも診る人もいます、本当にいろいろですね。
アメリカのER医は、ドラマ『ER緊急救命室』のように、完全に救急外来を診る方医師だけを指しますが、日本はちょっと違う気がしますね」

この10年で病院全体が
劇的に変わった!

日本では、救急医療自体歴史が浅い上に、「働き過ぎ」「患者のたらい回し」等、さまざまな課題を抱えている。この救命救急センターも、かつて柳井氏が勤務していた頃には、断らないことに対する不満などが鬱積していたようだ。昨年戻ってきて感じた、10年前との違いとは、具体的にはどのようなことなのか。

「病院全体の雰囲気が変わったなと思いました。『救急を中心に動いて行こう』というような空気が全体にあって、以前私がいた頃のような、『救急が患者を取り過ぎるから困る』みたいな空気はなくなっていましたね。

 

『救急の先生に頼まれたらすぐに協力しよう』、『救急車を断らなくてもいいように、救急のベッドを空けよう』、『協力して患者さんを引き受けよう』とかいう感じが、他科のドクターも看護師さんも、それに協力するソーシャルワーカーの方たちもみなさん、あります。

 

それは持ちつ持たれつというか、救急に、以前はなかった専用の集中治療室ができて、体制が変わったのが大きいかもしれません。重症の患者さんを(最初だけ診て)各科の先生にお任せするのではなく、救急部の一部が大変なときを(他科と)一緒に診療して、容体が落ち着いたら専門の診療をしていただくよう引き継ぐという体制になっています。そのため昔と比べて、ただ患者さんを増やして、他科に押し付けるだけじゃないよという、バランスができてきたように思います」

劇的変化! その変化をもたらした、第一の功労者は有吉センター長に違いない。しかし、それだけではないはずだ。

「恐らく、一番は有吉先生が、システム改革と共に、病院全体の雰囲気作りに取り組んできたこと、あとは地域の、ほかの病院の協力だと思います。

 

私たちは入り口として患者さんを受けていますけど、患者さんが出て行く先がなければ、断らずに受け入れ続けることはできません。実際、救急外来からほかの病院へ、入院のために転院する患者さんもいらっしゃるし、退院後、他の病院に通院される患者さんも大勢おられます。そこはソーシャルワーカーさんなど、他のスタッフもかかわってやってくださるんですけど。相談したらすぐ、その日のうちに受けて下さる病院が、この地域には沢山あるわけです。普段から連携を深めているんですね。

 

だから、ここが満床で入院させてあげられない患者さんは、その日のうちに転院できたり、大きな手術が終わったら、数日のうちにあとを引き継いでもらえるようなシステムが、すごくスムーズに動いています。そこは正直、私が知っている他の病院と比べて、数週間から一ヶ月ぐらい早いですね。もう本当にびっくりです」

確かに、有吉センター長の力は大きいが、救急センターのスタッフ始め、かかわる人、組織それぞれが、前向きにかかわらなければ、「断らない救急」は成り立たないということか。

「そうですね。うちのセンターはみんな、自分がやっていることに自信と誇りを持っていますね。自信は割と働いていればそれなりにできてくると思いますが、誇りの方は、救急の領域ではなくしがちです。


というのも医師の世界では、救急の仕事は誰にでもできるとか、ER医は単なる振り分け係と見なされているところがあるので、モチベーションの維持が難しいのです。歴史も浅いので、将来像としても、このまま年を取って行って、どんなふうになるんだろうとか。医師としてのアイデンティティも専門医の方が確立されていますよね。だから救急では、医師も看護師も、磨り減って辞めて行く人います。

 

でもこの病院では、転院の交渉をするソーシャルワーカーも含め、すべてのスタッフが『私たちが日本一の救急を支えている』と言っています。そういう気持ちがあれば、多少しんどくてもやれるのかなと思います」

仕事に対する自信と誇りは、当然、柳井氏も持っているに違いない。

「はい、そう思っています。私はずっと、救急医を続けるつもりです」

柳井氏に話しを聞いた後、センターの若手女医にも尋ねたところ「救急医をしていると、将来どうしようと悩むことはありますよ。でも、ここには柳井先生のような素晴らしいロールモデルがいらっしゃるので助かります」と教えてくれた。ちなみに「救急医をしていて女性であることをハンデに感じたこと」がある女医は、このセンターには一人もいなかった

有吉センター長は、今後も、センターの「断らない度」を高めるとともに、「ER医を養成し、全国にどんどん送り出していきたい」と抱負を語る。女性ER医たちが憧れる柳井氏は、センターになくてはならない、この上なく頼もしいセンパイだ。

柳井 真知(やない まち)
神戸市立医療センター中央市民病院・救命救急センター 医長
2000年 神戸大学医学部卒
専門領域と専門資格
日本救急医学会救急科専門医・指導医
日本集中治療医学会専門医
日本内科学会総合内科専門医
日本感染症医学会専門医
併任等
医学博士(聖マリアンナ医科大学)

文/木原 洋美

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