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2018年08月13日

救急は「ブラックでないと無理」なんてことはない。断らない、スタッフを犠牲にしない、日本一の救急はこうして可能になった

断らないだけじゃない
質の高い救急を支える女性パワー

「当センターは、12名いる救急医の6名が女性です。救急医療と言えば『ドクターカーやドクターヘリで現場に出て緊急手術をやって、毎日当然のように忙しく、時に殺伐として働いている、でもカッコよくて素敵』というステレオタイプの捉え方がありますが、人生の7割以上は仕事以外が占めており、仕事以外の生活を大事にしてこそ良い医療ができる。うちの女性医師たちは、そうした医療の実践者です。何人たりとも蔑ろにせず、させず、優しさと思いやりを持って『断らない救急』を提供しています」

そう力説するのは、有吉孝一氏。厚生労働省が実施する救命救急センター評価(2017年度実績)において、全国284施設中、4年連続で第1位を獲得している、「断らない救急日本一」の救命救急センター、神戸市立医療センター中央市民病院・救命救急センター(兵庫県)のセンター長である。

確かに、救命救急には、最も多忙な診療科のイメージがある。重症患者が次から次と運び込まれ、スタッフは常に緊張感でピリピリしながら働いている。若手医師は慢性的寝不足で疲労困憊で、きりきり舞い。
――女性にはとても務まらない職場、というのが世間一般の見方なのではないだろうか。

まして、ここは「断らない救急日本一」。日本一多忙で、仕事以外の生活なんかは「なくて当然」と思われがちだが、実際はぜんぜん違っていた。

「勤務時間中は本当に忙しいです。緊張感もあります。でも、時間になれば普通に帰れるし、休みも週2日あります。家のこともできるし、余暇を楽しむ時間もあります。オン/オフの切り替えがしっかりできているので、特にハードな職場だとは思いません」

そう答えてくれたのは、副医長の浅香葉子氏。一児の母でもあり、育児と仕事を両立させている。彼女だけ、特別に優遇されているわけではない。同様の答えを、取材中に話しを聞いた30人以上のスタッフ全員(医師、研修医、看護師、ナースエイド、薬剤師、救急救命士、臨床工学技士、ソーシャルワーカー)から聞いた。


神戸市立医療センター中央市民病院・救命救急センター 副医長 浅香葉子医師

「断らない救急のためには医師以外の職種の考えが大事」

と有吉氏は言う。その言葉の通り、医師だけでなく、救命センターのすべてのスタッフ、病院全体、さらに地域の医療機関や行政が協力することで「断らない〝質の高い“救急日本一」は成り立っていた。


神戸市立医療センター中央市民病院・救命救急センター 有吉孝一センター長

「軽症」の思い込みを排し
「ウォークイン」も断らない

「断らない」を理念に掲げる病院はほかにもあるが、このセンターの「断らない」は特別だ。緊急手術や集中治療が必要な患者のための3次救急に加え、軽症の1次、入院が必要な2次にも対応。しかも、通常第3次救急が相手にしない「ウォークイン(自家用車やタクシーでやってくる)」の患者も受け入れる。

「医療現場には、ウォークインの患者さんは軽症という思い込みがあります。でも、うちの患者さんで統計をとったところ、心筋梗塞や大動脈解離の31%、脳卒中も24%がウォークインでした。特に75歳以上の方は、重症でもウォークインで来られる率が高い。ウォークインを断れば、そういう患者さんを死なせてしまうことになる」

ゆえに救急患者を選別せず、365日、24時間、断らない。

「消防局の要請に対する『応需率』は99.6%。2017年度は全体で3万5244人の救急患者を受け入れ、うち救急車による搬送は1万534人でした。最も多い日には1日当たり264人、10分間で6台の救急車を受け入れたこともあります」

ひっきりなしにやってくる救急患者を、専従医師23人のほか、常駐する各診療科の専門医、さらには病院にいる当直の医師全員が、必要に応じて救命救急医療に対応する。ほかに、薬剤師や診療放射線技師等も10人以上が当直しているという。

 「つまり、病院全体が救命救急センター。もっと踏み込むと、地域全体で救命救急を担っています」

「受入れ可能」を探り
マイナーチェンジを重ねてきた

「断る理由ではなく、どうしたら受け入れが可能になるかを考えて、救急医療体制のマイナーチェンジを積み重ねてきました」

そう、有吉氏は振り返る。
一般的な不応需の理由には「当直医は今、処置中で手が離せない」「収容できる病床がない」「専門医が不在」等が並ぶが、同病院では長年かけて、これらの理由を一つ一つ潰してきたのだという。

肝になるのは老若男女、軽症、重傷を問わず、あらゆる患者の救急初期診療とトリアージ(治療の優先度判定)にあたる「ER医(救急外来医)」の存在だ。センター医長でEICU(救急集中治療室)に勤務する柳井真知氏は解説する。

柳井氏は全国で14人、近畿地方には1人しかいない女性の救急指導医。有吉氏の下でER医としてのキャリアをスタートさせた後、聖マリアンナ医科大学(神奈川県)に移り、学生の指導と救命救急センターでの仕事に10年間従事し、半年前に帰還した。

「患者さんは病気の名前を首から下げてくるわけではありません。ER医は多種多彩な訴えから、これは何科の病気か、内科だとしたら循環器か呼吸器かなど、どの専門科で診てもらえばいいのかを探り、各診療科につなぐプロフェッショナルです」(柳井氏)


神戸市立医療センター中央市民病院・救命救急センター 医長 柳井真知医師

しかしながら、ER医がいかに素早く、適切に機能しても、病床が空いていなければ病院は患者でパンクしてしまう。どんどん受け入れるには、可能な限り速やかに、転院・退院してもらわなければならない。そこで活躍するのが地域連携推進課だ。

「近隣の開業医や中核病院が協力してくれ、入院・転院の患者さんを引き受けてもらえるからこそ、断らない救急ができています」(地域連携推進課・菅田大介氏)

さらに今、全国の救急の現場で問題になっているのが、精神科疾患がある自殺を図るなどした患者の受け入れだ。断られる率が非常に高いのだ。「精神科医がいない」「暴れる」「自傷の恐れがある」などが理由だが、このセンターでは、そうした患者も断らない体制作りを進めてきた。

「16年には精神科身体合併症棟(8床)を設け、専従の精神科医を配置しました。またセンターのナース129人全員にローテーションで勤務してもらい、精神科疾患を理解できるようになってもらいました」(有吉氏)

断らないための努力は、知恵をひねり、手間と時間とお金をかけて、少しずつ積み重ねられてきた。当初は、患者が殺到し、受け入れる病床を確保できない、忙しすぎてスタッフが疲弊してしまう、結果的に医療の質が下がるので患者のためにもならない等々の理由から「なぜ断らないのか」と看護師を中心に、不満の声があがったこともあったという。その都度、有吉氏は改善を約束し、実行してきたのである。

とはいえ、病院経営的には完全な赤字部門。
神戸市立医療センター中央市民病院を、阪神・淡路大震災を機に生まれた「医療産業都市構想」の中核に据える神戸市から、年間8億円の補助をもらうことでなんとかやっていけている。

「ブラックでなければムリ」
という批判は間違っている

「絶対ブラックだ。でなければ無理でしょう」――医療関係者のなかには、憶測で批判する人たちもいる。

「ネットの掲示板は、心が弱っている時は見られません。ブラック病院だろう、医者を過労死させるつもりかとか、医療訴訟になったら負けるだろうとか、この病院では絶対に働きたくないとかの中傷があふれています」

残念そうに語る有吉氏だが、その信念は固く、少しも落ち込んではいない。

「スタッフは皆、あらゆる患者さんを助けたいという意識でいる。我々は、まっとうな救急をしているだけです」

また、スタッフの気持ちについては、柳井氏が次のように教えてくれた。

「皆、自分がやっていることに自信と誇りを持っていますね。自信は割と働いていればそれなりにできてくると思いますが、誇りの方は、救急の領域ではなくしがちです。

 

というのも医師の世界では、救急の仕事は誰にでもできるとか、ER医は単なる振り分け係と見なされているところがあるので、モチベーションの維持が難しいのです。医師としてのアイデンティティも専門医の方が確立されていますよね。だから救急では、医師も看護師も、磨り減って辞めて行く人います。

 

でもこの病院では、転院の交渉をするソーシャルワーカーも含め、すべてのスタッフが『私たちが日本一の救急を支えている』と言っています。そういう気落ちがあれば、多少しんどくてもやれるのかなと思います」

折しも医療界は今、東京医科大学の入試における女性差別問題で揺れている。

「いまどきこんなことがあるのかと驚きました。平成30年度の医師国家試験合格者の34%が女性です。当センターに女性医師が多いのは、意図的に女性医師を集めたのではなく、優秀な人を集めたら自然と女性医師だったということです。今後は、病院が女性医師を活用することは、男女共同というよりは企業戦略として行わねばならないと思います」

と有吉氏は語り、一方柳井氏は、

「思春期には女性の方が雑念なく勉強するから成績がいいのは当然。(成績順に合格させたら女性ばかりになってしまうので)男女比を調整するためにどこでも同様のことをしているだろう」

と冷めた見方をしつつも

「女性医師はたくさんはいらない、という東京医大のような考え方に対しては
確かに女性という肩書に甘えて女医の名を貶める人がいることも事実で反省すべきではありますが、『Comparison of Hospital Mortality and Readmission Rates for Medicare Patients Treated by Male vs Female Physicians(男性医師対女性医師 病院死亡率と再入院率の比較)※1』という論文をもって反論したいなとも思います」
※1 カリフォルニア大ロサンゼルス校助教の医師・津川友介氏による。英オルトメトリック社が選定した2017年における世界で最も反響の大きかった学術論文ランキングの第3位にランクインしている。

とコメントした。この論文は発表された当初、「死にたくないなら女医を選ぶべき」ということで大変な話題になった。

日本の医療界は長年に渡り、365日24時間、自分自身はもとより家族をも犠牲にして働き続ける医師を善とし、育成してきた。長時間労働が医師の健康を害し、出産育児期の女性医師たちの離職を余儀なくし、医師の家族に悪影響を及ぼし、医療事故の元になっていることは疑いようもない。

世界各国では働き方改革が進められているが、日本ではほとんど進んでいないのが現状だ。過酷な救急医療の現場では女性が活躍できるはずがない、というイメージも、そんな環境のなかで培われてきたのである。

神戸市立医療センター中央市民病院・救命救急センターの事例は、医師や医療スタッフが自分を犠牲にしなくとも、良質の医療、断らない救急は実現できるということを示す、証拠になるだろう。女性医師が活躍できる現場は、男女の別なく健康的に、働き続けられる、患者も医師も大切にする現場だ。


研修医、ドクター、ナース、救命士等が30名ほど参加して実施された救急医療シミュレーションの様子。
人形を使い、『ドクターG』さながらの実演もあった。

文/木原 洋美

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