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2015年10月15日

やりたい医療を実現するには、起業という道しかなかったー
在宅ホスピスケア医 内藤いづみ先生インタビュー

米倉涼子主演で話題となったドラマ「ドクターX」にかけて、「どこにも所属せず、己の長年蓄えたノウハウだけで生き抜いている、フリーランス・ドクターNと呼んでください」と笑う内藤いづみ先生は、山梨県甲府市でクリニックを開業する在宅ホスピスケア医。日本における在宅ホスピスの草分け的存在だ。多数の著書を持ち、在宅ホスピスの理解と普及のために、講演活動を精力的に行うのみならず、自身で「ホスピス学校」というイベントも企画する。永六輔さんや田中泯さんといった著名人らとの親交も深く、「最期は看取ってほしい」と厚い信頼を受ける内藤いづみ先生は、イギリス人の夫を持つ妻であり、3児の母でもある。

更年期という長いトンネルは、まさに「リボーン」

日々の診察、患者さんと家族にとことん向き合うホスピスケア、講演活動にメディア出演、執筆活動、さらには厚生労働省がん対策推進協議会委員にNPO日本ホスピス・在宅ケア研究会理事、山梨県青少年協会理事長、(中にはJAフルーツ山梨理事といったものまで・・・)と数多の肩書きを持ち、とにかくいつも明るくパワフルな印象の内藤先生。ところが、開口一番、内藤先生の口から飛び出したのは「更年期」という思いもかけない言葉。

「講演活動を減らすなどして他人には見せないようにしていましたが、相当につらい体験でした。鷲=イーグルのリボーンでは、生きるか死ぬかの限界の時に死ぬか生き抜くかを選択し、生き抜くと決めたら、自分で毛や爪をすべて抜き、くちばしを岩に打ち付けて砕くと言います。すると新しいくちばしが生えてきて、これまで以上に雄大に空を飛べるようになる。更年期もある意味生きるか死ぬか。するするっと何事もなく過ぎていく人も中にはいますが、覚悟をしておいたほうがいい。人生50年の時代を考えれば、そこから先はギフトとも言えますよね。更年期はこれまで通りの心身の向かい方では通用しないということに気が付かせてくれました。これまで多くの人の命に向き合ってきましたが、死への恐怖や苦しみ、死というものが私自身に覆いかぶさってくる体験です。女性には更年期というリボーンの時期があるということを念頭に置いて、人生に取り組まないと飲み込まれます。私自身もようやくトンネルを行ったり来たりしながらも抜けつつあるかなというところです」。

「更年期は、まさにリボーンです」と語りながらも、心とからだを整えるために教わり、毎日の日課になっているという相撲の四股を、クリニックで働く看護師さんとともに目の前で披露してくれる内藤先生。先生の周りにはいつも笑いが絶えない。

やりたい医療を実現するには、起業という道しかなかった

息子1人と娘2人。3人目の次女が1歳のときに開業したという内藤先生。

「起業せざるを得なかったというのが正しい。組織の中にいれば決まったお給料をいただいて、安定していますよね。職場の人間関係も限られていて、ある意味楽な部分もありますが、自分のやりたいこと、とくに半歩、一歩先のことをやろうとするとバリアも大きい。起業すると職員を雇用したり、その人たちの生活に責任を負ったりと、新たな課題は出てきます。自由もあるけれど、自分ですべて請け負うという、違う責任が肩にのしかかってきます。どちらを選択するかは、自分がなにをしたいか。やりたいことがある場合は、リスクはあるけれども起業することで得られるやりがいは大きいのではと思います。すべてをとるわけにはいかないので、一番大事なことの優先順位を考えて、選択したことのリスクは自分で背負う。その勇気さえあれば、道は開けます。」

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母親として唯一誇れることは、10年以上作り続けたお弁当

3人の子どもたちに10数年、お弁当を欠かさず作り続けた内藤先生。夜中に患者さんを看取り、死亡診断書を書いた後に、自宅に戻ってそのままお弁当を作る日もあった。「もちろんいま流行りのファンシーなものはできないけれど、子どもの好きなものをバランスよく詰めたお弁当作り。これだけは守り通してきました。ある時期、夫の分も含め、廊下に大から小まで4つのお弁当が並んでいるのを見たときは、自分でも誇らしかったですね。」

子どもたちは皆巣立っていったが、「道を踏み外さずに成長してくれました」と笑顔。「子育て中の時間は、子どもが親に愛着を形成するまたとない時期。その時にあまり自分を忙しくし過ぎないで。私自身は起業することで子どもといる時間を自分で計画立ててつくることができましたが、それでももっと抱きしめればよかったという思いはあります。キャリアは自分の夢をしっかり握っていれば、必ず果たせるので、焦らず。宝物の時間を味わってほしい。」

ホスピス医への道のり―――イギリスで学んだホスピスを日本へ

在宅ホスピスへと進む大きな転機となったのは、勤務医時代に出会った一人の女性がん患者さんだ。年頃も近く、心を通わすようになった彼女の「家に帰りたい」という切なる思いに応え、内藤先生は最期を自宅で過ごせるよう、病院に働きかけると、勤務医としての仕事の傍ら、彼女の自宅へと通う生活が始まった。

「まさに在宅ホスピス。それ以上でもそれ以下でもないですよね。ですが、よく勘違いされがちなことですが、彼女に出会ったから在宅ホスピス医を志したということではなく、自分の行く道に彼女がいたということだと思います。」

その後、夫の生まれたイギリスへともに渡った内藤先生は、本格的にホスピスの現場を目の当たりにすることとなる。再度日本へ帰国する際には、イギリスで学んだことを日本に持ち帰り、生まれ故郷で在宅ホスピス医として開業、独り立ちすることを選んだ。「在宅ホスピスというものを知ってもらうのに、20年かかりました」という内藤先生。「高齢化や医療経済などの問題も絡み合って、国も在宅ホスピスを推進するようにはなりましたが、よいほうに変わっているのかは正直わかりません。患者さんを置き去りにして、システムだけが邁進しているようにも見えます。エネルギーと血の通った、心を伴ったシステムでなければ、意味がない」と、在宅ホスピスを取り巻く現状に対しては懐疑的だ。

また、日本の高齢者の医療福祉依存にももどかしさを抱く。「91歳になる義理の母はイギリスで一人暮らしをしていますが、料理洗濯掃除芝刈りと自立したとても素敵な女性です。自立した文化が好きだから、イギリス人の夫と結婚したのでしょうね。彼らには‘日本人はお世話をされるのが好きな国民’と茶化されますが、日本の高齢者ケアは依存心が強い。イギリスでは前提に患者さんの自立があった上での在宅ホスピスでしたが、日本ではその前提がないので難しいときがあります」。

患者さんや家族がすっと落ち着く場面
――経験を重ねたからこそできること

ある日、内藤先生のもとを20歳そこそこの若い女性が訪れた。聞けば、がん末期の祖母が最期のときを迎えているという。「いまおばあちゃんや私たち家族が置かれた状況は、先生の本を読んで知った看取りの方法とは違い過ぎる。命のケアではない」と、医療チームに不信を募らせる様子がひしと伝わってきたが、初めは「(ほかの医療チームが入っている状況で)私たちにできることはないのよ」と諭していた内藤先生。「おばあちゃんの顔を見るだけでよいから」と繰り返し依頼され、ついに折れてしまう。「困ったなと思いながらも20歳の子にそこまで言われたら行かざるをえない。しかも患者さんの顔を見ちゃったら、もうほうっておけない(笑)」。

制度上の問題も大きいが、訪問看護師の慌ただしい時間刻みの「次へ行かなきゃ」とせかしたケアや「がんの末期なんだからしかたないでしょう?」といった乱暴な言葉で、すっかり不安と恐怖でパニック状態に陥っていたおばあちゃんと家族も、内藤先生が訪れると、場面が変わったかのようにすっと落ち着いた。

「言葉では説明しづらいことですが、家族に安堵感が広がったのがわかりました。60歳近い私がいままで蓄積してきた結果なのでしょう。在宅ホスピス医の総合力として、やっとそういうことができるようになってきたと感じました。」
これまで診ていた医療チームは「あとは知りません」と引き継ぎもなくさっさと退散してしまい、内藤先生の急遽呼びかけた医療チームが看取ることに。皆でお風呂に入れてあげると気持ちよさそうな表情を浮かべるおばあちゃん。最後まで食事もできた。関わったのはたったの4日間だったが、内藤先生が見せてくれた写真に写るおばあちゃんと家族の表情はいずれも和やかで、温かい雰囲気に包まれている。

最期のときを迎え、「おばあちゃんの死亡診断書は、人生の卒業証書。これからあなたたちはおばあちゃんの卒業式をやるんだよ」と伝えると、悲しい中にも家族の表情がぱっと明るくなった。孫娘からは「私たち清々しくて、おばあちゃんのお葬式を幸せな気持ちで準備しています」との言葉も。「人生の終わりの情況を温かく伝える医療や福祉の専門家が少ない。だからこそ、無駄に積極的治療を行ったり、高齢で安らかに行けるというときに入院したりということが起きる。‛おばあちゃんがおかしくなったわけではなくて、命の最後だから起きていることだよ。エネルギーを燃やし尽くして、天国の門を開けようとしているところだよ。だから皆で手をさすったり声をかけたりしながら見送ってあげよう’と言える専門職がいれば、介護者も恐怖感なく看取ることができます。」

人生を最期まで自立してまっとうする秘訣は、生きがい

先生の患者さんの中には、足腰が不自由な中でも植物を育てることを趣味にしている90代の女性や、運動がいいと45年毎朝ウォーキングを続ける100歳の男性(なんと介護保険を使っていない)と、自立心を失わずに過ごす高齢者も少なくない。

「人生を最期まで自立してまっとうするには生きがいが重要」と語る内藤先生が出会ったのは84歳のお茶の師匠。「形式ばったことではなく、日本人の心得だとか振る舞いだとか、季節を感じる心とか、お茶を通じて真髄に触れているような気がするんです。戦国時代に生まれた武士道のお茶です」。
3年続いているというお茶が生きがいになっていると、お点前を披露してくれた内藤先生。先生が一服点ててくれたお茶を口に含むと、苦みの中にもほんのりと甘みが広がった。

■文 今村 美都

 

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