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2018年09月28日

医系技官として活躍する女性医師たち座談会――行政の場のリアル、そしてワークライフの両立とは――

医師のキャリアの選択肢のひとつとして、医学の知識を生かして保健医療行政にかかわる厚生労働省「医系技官」があります。その存在はなんとなく認知していても、具体的な職務内容や仕事のやりがい、働き方などについては、よく知らない医師の方が多いのではないでしょうか。そこで今回は、現役の女性医系技官3人にお集まりいただき、入省のきっかけや現在の仕事内容、育児やプライベートとの両立の実態などについて、本音でお話いただきました。日本の医療政策に関わる皆さんの生の声から見えてきた、臨床とはまた異なる魅力的な世界とは――。

出席者

田中桜さん(写真右)
原子力規制庁 長官官房 放射線防護グループ
放射線防護企画課 企画官(被ばく医療担当)

平成12年滋賀医科大学卒業。九州大学小児外科に入局。九州大学大学院医学研究院にて博士号取得。平成24年に医局からの人事交流で厚生労働省健康局疾病対策課(現難病対策課)へ。その後、平成27年に入省。障害保健福祉部企画課課長補佐、母子保健課課長補佐などを経て、平成29年より現職。1児の母。

 

吉住奈緒子さん(写真中央)
厚生労働省老健局 老人保健課 課長補佐

 

平成15年大阪大学卒業。大阪大学医学部附属病院産婦人科に入局。平成18年に厚生労働省へ入省。その後、健康局健康課女性の健康推進室長などを経て、平成30年4月より現職。2児の母。

 

吉井史歩さん(写真左)
厚生労働省保健局結核感染症課 主査

平成27年鹿児島大学卒業。国立国際医療研究センター病院での初期臨床研修を経て、平成29年厚生労働省へ入省、同年より現職。

なぜ医系技官の道を選んだのか?
人事交流、臨床上の疑問、成育環境・・・きっかけも入省タイミングも三者三様

―― 最初に、みなさんが医系技官に興味をもったきっかけや、この仕事を志した理由を教えてください。

田中先生(以下、田中):先輩に医系技官になった方がおり、そういう道があることはなんとなく知ってはいました。私は当初全く興味がなく、まさか自分がその道に進むとは思ってもみませんでしたが(笑)、九州大学病院の小児外科医として臨床や研究に携わるなかで、医局から「厚労省に1年間、人事交流で行ってみないか」と声をかけてもらったことがきっかけです。1年間だけなら小児外科医としてのキャリアにもさほど影響がないし、誰もが経験できることではないと聞き、「それなら、ちょっと行ってみようか」くらいの気持ちでした。
 
 実は、担当業務も知らされないまま赴任したんです(笑)。以前、小児がんの研究をしていたので、子どものがん対策に携われたらいいな、という期待はあったのですが、配属先はがん対策とは別の難病対策を所管している課でした。ちょうど難病対策の法整備に向けて、どの疾病を指定難病の対象として新たに追加するかなどを検討する議論が始まった頃でした。そのような中で、希少で種類も数多くある子どもの難病については、医系技官の間ですら理解が進んでいませんでした。

 このまま1年で帰ってしまうと、子どもたちを取り巻く課題が置き去りにされてしまうという危機感を抱き、教授に相談して、期間を2年に延長させてもらったんです。3年目以降どうするかは、行政官に正式に転職すると、外科医としてはメスを置くことになるので私自身も相当迷いましたが、どちらの世界で自分が役立てるかということを考えた上で、最終的には試験を受けて、厚労省に残ることに決めました。私のような経緯の人はそれほど多くはないと思います。

吉住先生(以下、吉住):私は大学卒業後、大阪大学医学部附属病院の産婦人科に入局しました。産婦人科医として3年間経験を積み、4年目に厚労省に入省しました。

 この仕事に興味をもったきっかけは、私が産婦人科医として働いていた当時、産婦人科医への世間の風当たりがものすごく強いことに、疑問を感じたからです。もう10年以上前になりますが、前置胎盤の帝王切開を受けた産婦が亡くなり、産婦人科医が業務上過失致死で逮捕された「福島県立大野病院事件」や、いわゆる妊婦のたらい回しなどが社会問題化していました。現場の産婦人科医はみんな全力で頑張っているのに、なぜこんなことが起きるのか、国はどういうことを考えて医療行政に取り組んでいるのかが知りたくて、行政の道に飛び込んでみようと思いました。
すでに医系技官になっていた中学・高校の同級生に話を聞いてみたり、厚生労働省に出向していた知り合いに話を伺ったりしているうちに、やってみたいと心が決まりました。

吉井先生(以下、吉井):私は学生のときから医系技官の仕事に興味があり、初期研修修了後、そのまま医系技官になりました。出身が鹿児島県で、地方医療の現場の難しさはよくわかっていましたので、現場の医師として働くよりは、医師の遍在などの問題について、医療政策の部分から関わっていきたいと思いました。
 臨床に進むかどうかは、私もすごく迷いました。でも、一旦臨床の道を歩み始めてしまうと、臨床に注力してしまうと思ったので、卒業後すぐに入省する道を選びました。最近は臨床経験を積まれてから入省する方も増えましたよね。

医系技官としての現在の仕事
原子力規制、老人保健、感染症など保健医療行政上のあらゆる課題を担当

―― みなさんが現在携わっておられる現在の仕事内容について、お聞かせください。

田中:現在は厚労省からの出向で、原子力規制委員会の事務局である原子力規制庁で働いています。約1000人いる職員のなかで、医系技官は私ひとりです。

福島第一原子力発電所のような原子力災害が、今後は起きてはいけないのですが、もし起こってしまった場合に、どのような医療体制を平時から整備するかといったことを考えるのが、主な仕事です。また、被ばく医療にかかわる人材の育成や、医療業界とのパイプ役という役割も担っています。日本救急医学会などの各関係学会や日本医師会などの医療業界、厚労省との橋渡しも、他省庁にいる医系技官の重要な仕事のひとつです。
医師は私だけですので、委員会および規制庁の幹部に対して、医学的な内容に関する説明に加え、医療業界の実情をお伝えする“翻訳”のような仕事も、医系技官の役割として認識しています。

 
原子力規制庁 長官官房 放射線防護グループ 放射線防護企画課 
田中桜企画官(被ばく医療担当)

吉住:私は老健局の老人保健課という部署で、厚労省が推進している「データヘルス改革」の8本の柱のうち、「データヘルス分析」と「科学的介護」のふたつに関わっています。

具体的には、「データヘルス分析」では、医療レセプトや健康診断の情報が入った「ナショナル・データベース(NDB)」と、要介護認定や介護レセプト情報などが入った「介護保険総合データベース」を連結して、研究者などへの第三者提供を、2020年から開始する予定です。
いまは第三者提供に向けて、データ連結のための法整備や、技術的にどうすれば連結できるのか、あるいは連結した情報を提供する際の研究者支援などについて、日々検討を重ねている最中です。

 「科学的介護」については、医療だけでなく介護の分野でも、どういうサービスを提供すると、利用者の予後がよくなるのかを分析し、エビデンスをしっかりつくっていこうとしています。そのために必要な新たなデータベースの構築も、私の主な業務のひとつです。

 介護の分野には「介護保険総合データベース」のほかに、昨年度から運用されている、介護のリハビリテーションの情報を集めたデータベースがあります。そのふたつではまだ足りないデータについて、新たなデータベースを構築しようとしているところです。今年度中にデータベースを構築し、来年度からモデル運用して、2020年度をめどに本格運用させる計画です。
介護保険総合データベースの情報とリハビリの情報に加え、新たに構築するデータベースの3つの情報をつなげて、エビデンスに基づく「科学的介護」について、より詳しい解析を進めていきます。


厚生労働省老健局 老人保健課 吉住奈緒子課長補佐

吉井:私は、結核を含む感染症対策を行う結核感染症課に所属しています。課内では、感染症の危機管理と研究費対応を主に担当しています。危機管理については、海外でエボラが発生したり、国内で麻疹や風疹が流行しているなど、なにか起こった時に、国としてどう対処するかを考えるのが私の仕事です。

国立感染症研究所の先生方と一緒に、発生状況から日本に侵入してくるリスクの有無を判断したり、検疫や水際対策など日本国内でできる対策はなにがあるのか、といったことを検討して、国が取るべき対応を決めていきます。

 研究についても「エビデンスに基づく政策立案」の観点から、感染症政策にいま何が求められているのか、また、その政策にはどのような根拠があるのかといったことを、日々考えています。実際に研究をしてくださるのは研究者の先生方ですから、国の政策を進めていくために必要なデータ収集や根拠の提示をお願いしたり、一緒に話し合いながら進めていくのが私の役割です。


厚生労働省保健局結核感染症課 吉井史歩主査

臨床とは異なる仕事のやりがい――幅広いテーマに関わるダイナミックさ、そして、各分野の権威と直接関わる得難い経験の数々

田中:医系技官は、自分の専門科目にかかわらず医療行政のあらゆるテーマに関わります。約2年で別の部署に異動になるので、自分の任期中だけでは解決できない問題がたくさんありますが、だからこそ、行く先々で全力投球できるのです。これまでのプロセスを踏まえたうえで「いまここで、自分には何ができるのだろう」と常に考えながら、前に進めていくところが、この仕事の大変さでもあり、醍醐味でもあります。また、「すぐに結果がでない」という点は、小児外科とも共通しているのかなと思います。

異動の度に業務内容がガラッと変わりますから、毎回異動の度に転職するような感覚になります。これは人それぞれだとは思うのですが、私自身はそれがすごくおもしろいと思いますし、目の前のテーマについて「何から手を付けて前に進めていこうか」と、毎回ワクワクします。

吉井:確かに、「すぐに結論がでない」というのは、おっしゃる通りですね。研究は結果が出るまで少なくとも2~3年はかかってしまいます。研究テーマを考える時も、将来の政策に向けた“種まき”をしているような感覚で仕事に取り組んでいます。

吉住:いろいろな部署に行けばいくほど、前の部署の仕事と連携できることも出てきますよね。前の部署で関わっていた分野で行っていた取り組みがここでも応用できるとか、いろいろつながってくる感覚があります。

田中:仕事もそうですし、人との関係性でもつながりを感じることが増えました。この業界はとても狭いので、どこかで誰かと必ずつながっていて、様々なご縁に助けられることも多くあります。「働きがい」という意味では、臨床だけに携わっているとお会いすることのないような業界のトップクラスの方々と、直接お話できる機会がたくさんあり、非常に貴重な体験をさせていただいています。逆に、こちらから各分野の専門の先生方に説明しないといけないケースも多いので、勉強も必要ですが、この経験が自分にとってものすごく役に立っていると実感します。

 実は私、人事交流で来た時に、医系技官の大先輩から「何か困っていることはない?」と聞かれた際に「お給料が安いです」と言ったことがあるんです(笑)。そしたら、その大先輩からは、医系技官の仕事をしていると普段は会えないような先生たちに会えるし、対等に話もできるのだから「授業料だと思いなさい」と言われて、すごく納得できました。

吉住:私は入省後、最初に配属されたのが母子保健課でした。医師4年目の産婦人科医が、日本産科婦人科学会等の幹部や、大学の有名な教授陣とお会いして、同分野の最新の情報に触れることができるなんて、普通に臨床をしていては、なかなかできない経験だと思いました。

吉井:私はまだ医師4年目ですが、感染症の第一人者の先生方にお会いして、厚労省の職員として一対一の対等な立場で、国の感染症対策もついて話をさせていただいています。これは本当に貴重な経験で、信じられないことだなと思います。

2年ごとに変わるテーマにいかに迅速に精通していくのか
若手勉強会など自己研鑽の機会が充実

―― 2年に1度は異動があるなか、新しいテーマにいち早く精通し、各分野の権威ともコミュニケーションを取りながら業務遂行していくのは、とても大変だと思うのですが、どうやって適応していくのですか?

吉住:入省して間もない頃、かなり上の先輩から「異動してから勉強していたのでは遅い。どこに行っても対応できるように、日頃からいろいろな分野に目を向けておきなさい。自分だったらどうするだろうかということは、日々考えておくように」とアドバイスされました。

 今の老人保健課には今年4月に着任したのですが、恥ずかしながら自分が老人保健課に行くとは思っていなかったので、仕事の全体像をつかむのに時間がかかってしまいました。しかし、部署が変わったら一から始めるというよりは、今までの経験がどこかで役に立っていると感じています。

田中:私は、メディアの情報はもちろん、勉強会などに参加して情報収集するなど、自分の担当している業務以外の情報にも常にアンテナは広く張っておくように心がけています。

吉住:勉強会のようなものも多数ありますよね。卒後15年未満の医系技官が中心になって企画している、若手レベルの勉強会もありますし、先輩方が企画する勉強会も、早朝に開かれています。自己研鑽を積める機会はわりと提供されているので、時間の許す限り出るようにはしています。ただ、子育て中ですので、時間の制約もあってなかなか思うようにはいきません(笑)。

医系技官に向いている人は?  多数の関係者を巻き込む調整力、コミュニケーション能力も重要。女性の強みが生かされる。

―― 医系技官にはどういう人が向いていると思いますか?

田中:臨床も同じだと思いますが、レジリエンス(耐性)のある人。ポキッと心が折れない、良い意味での「鈍感力」も必要だと思います。また、医系技官に一番必要なのは「調整力」でしょう。この仕事は、自分はこうしたいと思っても、必ずしもその方向にはいきません。反対意見にも聞く耳をもって、うまく調整していく力が必要不可欠です。

各分野のトップの先生方や政治家の先生たちとも話をする機会が多いですし、現場で困っている方々から直接お話を伺うこともあり、コミュニケーション力はもちろん、謙虚な気持ちも大切です。「医系技官は特別だぞ!」などという考え方は、絶対にNGです。

吉井:私も、コミュニケーション能力は大事かなと思います。厚労省に入ってから自分ひとりでは何もできないと痛感していますから。医師であれば、治療方針を決めるとか、ある程度は自分の裁量で進められますが、われわれは厚労省という組織として、決定していかなければなりません。上司や課長、部長、局全体などとしっかりコミュニケーションをとりながら、段階を踏んで物事を決めていくことが大事です。時間はかかりますが、コミュニケーションを密にとって、自分の考えをしっかり伝えられるようにすることも、とても大事だと思います。

吉住コミュニケーション能力は、内に対しても、外に対しても必要ですよね。厚労省には法令担当や予算係など、さまざまな職種の人間がいます。多職種とコミュニケーションをとって、調整して、物事を進めていくという意味では、臨床現場の「チーム医療」とよく似ています。医系技官はそれに加えて、対外的な交渉がたくさんあるので、一般的にコミュニケーション能力が高いといわれる女性がより向いているかもしれません。あとは、やはりメンタルの強さですかね。

田中:「国会議員の先生方への説明が苦手だ」という人が多いかもしれませんが、私はあまり苦手意識はないんです(笑)。小児外科で患者さんの親御さんに手術の同意を得る方がよっぽど大変だったので。研修医が最初に執刀するような基本的な手術であっても、やはり子どものからだにメスを入れることは親御さんの立場としては心配でたまらないことであり、「先生はこの手術を何例執刀されたことがありますか?失敗されたことはないのですか?」と親御さんから不安そうな顔で詰め寄られたこともあります。そういった意味でも、医師としての臨床の経験が生かされる仕事だと思います。

吉住:2年に1回ぐらいで異動になるので、1つの分野を深く掘り下げるというよりは、いろいろな分野に興味があって、勉強しながら幅広い仕事をしたい人の方が合っているかもしれません。最近は、人事交流も増えていますから、興味があればとりあえず人事交流で来てみるのもひとつの選択肢です。合わなければ1~2年で現場に帰ればいいし、合えばそのままいてもいいのではないでしょうか。

吉井:最近は専門医を取得してから、入省される方も増えてきていますよね。

臨床能力を維持するため土・日は兼業も可能に

―― 医系技官には興味はあっても、臨床から離れる不安もあると思うのですが、そのあたりはどう考えればいいのでしょうか。

吉住:厚労省としても、医系技官の臨床能力維持や医療現場に触れるということも必要だということで、昔に比べると兼業もすごくやりやすくなりました。兼業申請して、例えば土・日曜日だけ、臨床の場にアルバイトに行って自分の臨床能力を維持する、などということもやりやすい状況です。

吉井:私も月1日程度ですが、兼業をさせていただいています。少しでも臨床現場に触れることで、医療現場にどういう問題があるのかなど、現場を理解するいい機会になると思うので、兼業制度を利用しています。

 若手の医系技官は週1回、希望すれば半日研修というかたちで、国立国際医療センターに行ける機会も用意されています。実際に、そういう制度を利用している同期や若手医療技官もいます。臨床の先生方と触れ合い、医療現場の空気感を知っておくことは、医系技官としてもとても重要だと思います。

田中:もし1~2年で臨床に戻ったとしても、厚労省の医系技官として経験したことは必ず現場でも役に立ちますし、ここで培った人脈などは将来役に立つと思います。興味があれば、まずは扉をたたいてみてはいかがでしょうか。皆さんが思っているほど、敷居は高くないですよ。

私はもう外科医に戻ることは考えていませんが、行政官としての任務を勤め上げたら、なんらかの形でまた臨床現場に貢献したいと思っています。

仕事と育児、両立しやすいポストもあるが、いざという時のための“備え”は必須

―― 医系技官のワークライフ両立について教えてください。ライフステージに応じてどのように活躍していけるのでしょうか?

田中:私は約2年間の不妊治療を経て40代で出産し、育休明けの復帰から4カ月目に、管理職に昇進しました。子どもがまだ2歳なので、基本的には勤務時間内に仕事を終えて、短いながらも子どもとの時間を大切にするように心がけています。

 もちろん、対応が必要な場合は、保育園に延長をお願いし、夫(厚労省から他機関に出向中)にも協力してもらいます。保育園は認可外にしか入れなかったのですが、事前に予約をしてお金さえ払えば毎日夕ご飯も用意してもらえますし、最大21時半まで預かってもらえるので、逆に融通が利きます。

 業務上、どうしても緊急対応が必要なケースもあり得るので、可能性は低いですが、日頃からセーフティーネットを複数つくって、緊急対応できるよう準備はしています。保育園や夫の協力のほかに、何かあった時には、夫婦両方の親にもヘルプをお願いしています。ただ、どちらの実家も遠方なので、どうしても間に合わないときの備えとして、産休・育休中に知り合った近所のママ友にも、万が一の時はお願いできるように頼んでいます。「子育て中の女性には大事な仕事は任せられない」と思われたくないので、複数の備えはやはり大事だと思います。

吉住:私は9歳と7歳の子どもがおり、二人分の産休・育休で合計約3年間お休みをいただきました。ブランクが長かったので、復帰の際はかなりドキドキしましたね。復帰直後は、独立行政法人国立病院機構本部で2年8カ月勤務しました。国会対応がないので、定時で帰りやすいですし、緊急的なことがあまり求められない部署ですから、育児との両立は比較的しやすかったです。

 省は違いますが、夫も国家公務員で、とても忙しい人なので、私の場合は申し訳ないですが「緊急時対応はできません」と、人事にも言っていました。幸い、子育てとの両立がしやすい部署に行かせていただけたので、とても有り難かったです。

 それでも育児はほぼワンオペ状態ですし、夫婦ともに実家が遠いので、何かあった時にすぐにお願いできるように、信頼のおけるシッターさんを複数名確保しています。ほかにも、当日の朝申し込んでもシッターさんを派遣してくれる病児保育専門のNPOに事前登録しておくなど、万が一のフォローアップ体制は自分で整えています

吉井:私の場合は、まずは相手探しからですけど(笑)。将来結婚して、子どもができてももちろん働き続けたいと思っています。同期のなかには現在育休中の人もいます。医系技官は臨床医と違って、カレンダー通りにはちゃんとお休みも取れますので、女性にとっては本当に働きやすい職場だと思います。

田中:先ほど、お給料が安いと言いましたが、土日祝日は基本的にはちゃんと休めるので、拘束されている時間の長さを考えると、臨床とさほど変わらないと思います。私の場合、出産後に職場復帰してからの昇進でしたが、女性管理職の少なさに改めて驚きました。会議の場で女性が自分一人だけということも結構あります。世の中の半分は女性なのに、女性の意見が反映されないことは、やはり大きな問題だと思います。

 管理職になりたがらない女性もいると聞きますが、上になればなるほど、自分の考える方向性に物事を進められたり、実行したいことを主張したりすることもできるので、私はうれしかったです。いまはとても優秀な部下が4人いて、上司にも恵まれて、大変働きやすい環境です。現在は定時で退社させてもらっていますが、部下も上司も残っていることが多いので、感謝の気持ちを常に忘れないこと。また、家でもメールは確認できるので、家でできることはできるだけフォローするように心がけています。

留学、次世代育成、医師の働き方改革,etc
医系技官としての今後の目標

―― 今後の目標や、チャレンジしたいことなど教えてください。

吉井:いま入省2年目ですが、4~5年目ぐらいで人事院の留学支援制度を使って、留学することが一つの目標です。もともとやりたいと思っていた医師の需給問題にもいずれ関わりたいですが、いまは結核感染症課がすごく楽しくて(笑)。今後も、経験を積むうちにいろいろ見えてくる部分もあると思うので、その時々で仕事を頑張っていけたらなと思っています。

吉住:私も今後も、行く先々でいろいろな課題に、精一杯取り組んでいきたいと思っています。国内の医療や公衆衛生に今後も関わっていけたらうれしいですね。ただ、育児と仕事の両立は悩みがつきません。子どもが小学校に上がって楽になった部分もありますが、幼稚園の頃とはまた違う悩みが出てきました。

子どもの長期休暇のスケジューリングやお弁当作り、PTAの役員、子どもの勉強を見る時間をいかに取るかなど、問題は山積みです(笑)。特に、「下の息子の勉強しない問題」(笑)について、今年の夏に初めて夫と真剣に話し合いました。その結果、最近ようやく夫が育児に関わってくれるようになりました。夫が積極的に育児に関わることで、私の気持ちがすごく楽になったんですよ。これまでは自分の仕事も頑張りたいけど、夫が仕事を頑張れるように、「育児は私が頑張らなきゃ」と思っていたので。自分の経験を通じて、働き方改革は女性だけの問題じゃなくて、男性も含めた改革が必要なのだと、改めて感じています

田中:私は自分の人生のテーマみたいなのことを考える年齢になってきて。そのうちの一つが「次世代育成」です。今後どの部署にいっても、次世代育成をキーワードに取り組んでいきたいと思っています。

 もう一つは、皆さんの話にもあった医師の働き方改革など、東京医大の問題も含め、「女性の活躍」も自分の生涯のテーマにしたいと考えています。私の小児外科の先輩も後輩も、第一線で小児外科医として働き続けている女性医師って本当に少なくて。特に、家庭をもった後も、小児外科医を続けられている女性医師は本当に一握りしかいません。そういう状況は変えるべきだと思います。女性医師の働き方を考えることが、男性医師含めて医師全体の働き方改革にもつながるはずなので、そこに何らかのかかわりが、今後できればと思っています。

吉住:産婦人科こそ、いま女性医師がとても増えているので、働き方を本当に変えていかないと、近い将来成り立たなくなってしまいます。

田中:本当にそうですよね。自分への反省を込めて、これは特に若い女性医師の先生たちにお伝えしたいのですが「妊娠・出産には年齢の壁」があります。私は小児外科医だったにもかかわらず、自分のからだに向き合おうとせず、ずっと仕事第一で走ってきたところがありました。幸い40代でなんとか子どもを授かることができましたが、この件に関しては、私のようにはならないでほしいですね。

―― 医系技官の先生方も、育児と仕事の両立に悩みを抱えておられるのですね。本日は、医学の知識を生かして、行政の立場から制度づくりに携わる女性医師の存在を、多くの先生方に知っていただけるよい機会になったと思います。お忙しい中、ありがとうございました。

\\医系技官採用情報//
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