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2018年10月10日

200年ぶりに進化した『超聴診器』で突然死を防ぎ、遠隔医療の未来を拓く/新時代の医師たち Vol.4:小川晋平

突然死を防ぐ聴診器をつくろう

(心臓聴診がもっと精緻に、しかも素早く簡単にできる聴診器があれば、救える命が増えるのではないだろうか)

 循環器内科医として大学病院で働いていた小川晋平さん(36歳)は、日々の診察のなかでよく感じていたという。

 心雑音によってスクリーニングできる心疾患には、大動脈弁狭窄症、大動脈弁閉鎖不全症、僧帽弁膜症があるが、なかでも大動脈弁狭窄症は75歳以上の12%が発症するという論文があり、日本における推定患者数は100万人に及ぶ。大動脈弁狭窄症、閉鎖不全症とも、初期には自覚症状がなく、症状が現れたときには病状がかなり進行しているため、すぐに治療が必要となる。

健診における心臓聴診の有用性と困難さ

つくばセントラル病院健診センターが2012年に発表した論文によると、健康診断を受診した成人5492例中、心雑音を認めたのは49例(0.89%)うち未診断例は35例(0.64%)。この35例中29例に施行した胸部X線検査で要精査は2例(7%)、心電図検査でも要精査例は4例(14%)。X線と心電図のいずれか、または両方で異常を認めた例は6例(17%)だった。また、35例中、精密検査の結果が追跡できた19例では、手術適応例(重症)が3例、専門医の管理を要する例(中等症)は7例、軽微な異常は4例、異常なしは5例。さらに、重症と中等症の10例中、X線で異常が認められたのは1例のみ(心電図では異状なし)で、残りの9例は心雑音以外の異常を認めず、心臓聴診のみで診断が可能だった。

 心疾患のスクリーニングにおける心臓聴診の重要性がよく分かる。

 では、健診の際に、心臓聴診をしっかり施行すれば、充分なスクリーニングが可能なのか――というとかなり難しい。病の徴候を示す雑音は極めて小さいため聴き落としやすい。体位や呼吸でも変動するので、漠然とではなく、軽く呼気を止め(患者だけでなく医師も)、耳を澄まして聴かなくてはならないのだ。

 その上健診では、一度に、しかも短時間で大勢を診なくてはならないため、3分診療どころではないスピーディさを求められる。保健所の一角をパーテーションで区切っただけの空間では周囲の雑音に干渉される可能性も高い。

 さらに、企業に出張して行う健診では、仕事をちょっとだけ抜け出してきた従業員は気持ちが急いており、自覚症状もないため、「早く終わってくださいよ」と露骨にいやな顔をされることも稀ではない。具合が悪くなって病院を受診した患者とは、明らかに協力の姿勢が異なる。

 そんな厳しい状況の中で、全体の1%に満たない人たちの心雑音を完璧にとらえるには、実は相当な集中力が必要とされることは想像に難くない。

 
 近年、大動脈弁閉鎖症に対しては、カテーテルで行う「TAVI(タビ)」と呼ばれる開胸手術なしの治療法が普及し、早期発見できれば大事には至らずに済むようになった。集団健診で、自覚症状がない段階で発見し、治療に持っていければ、救える命は飛躍的に増えるに違いない。

「ならば、短時間で、騒音に干渉されず、客観的に、医師の診断をアシストできる聴診器を開発しよう」

決意した小川さんは、2015年11月、たった1人で医療系ベンチャー「AMI株式会社」を起業し、新型聴診器の開発に着手した。社名は「Acute Medical Innovation=急速な医療革新を実現する。」に由来する。

預金を取り崩し、開発費を補うために非常勤医師のアルバイトにも勤しみ、周囲から変人扱いされるのを歯牙にもかけず、「超聴診器」を誕生させた。(超聴診器の正式名は「自動診断アシスト機能付遠隔医療対応聴診器」)


超聴診器(プロトタイプ)

 超聴診器は、手のひらに収まる電気シェーバー大の軽量級。医師だけでなく、保健師や患者自らが扱うことも想定し、胸の中心に、ほんの5~10秒間当てるだけで心電をトリガーにして心音を解析すると同時に可視化し、大動脈弁狭窄症の兆候を自動的に診断できるようにした。

「将来的には、自動診断できる疾病の種類も広げて行く予定です」

超聴診器で遠隔医療があたりまえになる

 機器を開発しただけでは、単なる「発明好きなお医者さん」で終わってしまったかもしれないが、その先に広がる大きなビジョンがあった。超聴診器を活用し、遠隔医療を推進することだ。

きっかけは2016年に発生した、熊本地震。医療ボランティアとして被災地入りした小川さんは、夜間、保健師がいても医師不在で診療できない避難所が数多くあったことから、インターネットで医師とつながる遠隔医療の必要性を実感。

 また、特定健診(いわゆるメタボ健診)では、聴診が必須項目であることから、「遠隔での聴診が可能になれば、わざわざ医療機関を受診しなくとも、職場や自宅で健診を簡単に受けられるようになり、これまで面倒だからと敬遠していたような人たちの健診受診率アップが期待される」と考えた。

 さっそく、テレビ電話を介して、超聴診器を使う実験をしてみると、意外な事実が判明した。

「人の声と心音は周波数が異なるため、電話回線を通すと、心音のデータが壊れてしまうことが分かりました。50~100Hz以下の低音部が削られて、高音部が増幅される。つまり、電話回線にのせた段階で、心音の半分はカットされ、ダミーの音が加わってしまうのです」

 これは、日頃から心音を、注意深く聞き続けてきた小川さんだからこそ、気づけた問題点だった。

「問題を解決するために、まずは、高音質のスピーカーに変えてみたのですが、低音部が一層削られただけで、ムダでした。会話には、低音部は必要ないからです。
そう考えると、どんなにデバイスを改良しても、その壁は越えられないなと。音が壊れないように頑張るという次元ではないという結論に至りました。
そこで開発したのが、心音を可視化したデータを、心音と一緒に送る遠隔医療専用のビデオチャットシステムです。つまり、耳から聞く音と目で見る可視化したデータを併用することで、診断の精度を担保する工夫を加えたというわけです。この8月には、特許を出願しました」

今秋からは水俣市で、実証実験を行うことが決定している。

「ターゲットは、『自分は病気ではない』と思っており、かつ仕事が忙しく、健診の為に休業するのはためらわれる、中年の方々です。こういう人たちに自宅や職場での遠隔医療を提供し、健診受診率を高めて、突然死の予防につなげていきたい

 

40才以上の2000人にアンケートをとったところ、927人が1年以上健診を受けておらず、そのうち91%(844人)が『特定健診などの予防医療に積極的にも積極的に遠隔医療を取り入れるべきか』という問いにYESと答えました。もちろん、その人たち全員が、実際に受けてくれるとは限りませんが、それでも9割が関心を持っているというのは大きな数字ですよね」

遠隔医療は、過疎地の医師不足などからも、今後拡大が見込まれる。

また、かつては、病院で測るしかなかった血圧が、今は家庭で、健康管理の手段として普通の人たちがあたりまえのように、毎日自分で測る時代になっている。超聴診器と遠隔医療専用のビデオチャットシステムが普及すれば、職場や家庭での遠隔健診があたりまえになるかもしれない。

「『昔はわざわざ、仕事を休んで、健診を受けに行っていたんだって』と驚く時代は、意外なほど早く、現実になるはずです」

 日進月歩があたりまえの医療の世界で、聴診器だけは、1816年に誕生して以来、200年もの間、基本構造が変化してこなかった。医師のシンボルでもあるこの医療器具を進化させることで、医療システムが劇的に進化するかもしれない、というのは、ある意味「宿命」のような気がする。

小川晋平
AMI株式会社(熊本県水俣市)代表取締役/循環器内科医

 

熊本大学医学部卒。日本医師会認定産業医、日本内科学会内科認定医。
2015年11月 AMI株式会社設立。医療コンサルティング・医療機器開発・執筆などを行う。
医療機器開発については2016年7月オムロンコトチャレンジ2ndで最優秀賞、2017年2月には次世代ベンチャー創出支援事業化可能性調査委託事業に採択。平成29年度 総務省 inno-vationプログラムに選出。自治体と共同で遠隔医療・予防医療事業を推進中。

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文/木原 洋美