E67c3e9d cf71 4583 ab4c a61fbdbc9b61医療トピックス
2019年04月07日

行動を変えたくなる外来、人生が変わる人間ドック、誕生秘話/慈恵医大晴海トリトンクリニック「行動変容外来」「ライフデザインドック」とは

患者さんの行動や生活習慣を変えることは何と難しいことか――多くの医師が歯がゆい思いをしているだろう。そんな中、新たな発想でこの難題を克服する医師がいる。慈恵医大晴海トリトンクリニック 所長で「行動変容外来」「ライフデザインドッグ」を手がける東京慈恵医科大学 横山啓太郎教授だ。人生100年時代のQOL向上に大きく寄与するであろう取り組みを追った。記事末の女性医師へのメッセージも必見だ。

行動を変えさせるポイントは、“みのもんた”流だった

 いうまでもなく、生活習慣病の予防と治療のポイントは生活習慣の見直しである。しかし「いくら口を酸っぱくして指導しても患者さんは変わってくれない」「一時的によい習慣に変えても、長続きしない」――これは生活習慣病の治療にかかわる医師すべての悩みといっていいだろう。

 実際、医療機関にちゃんと通院して、治療を受けている患者でも、90%近くは血糖値(HbA1c値)、血圧値、脂質値(LDL-コレステロール)といったガイドラインの基準をクリアできていないことが、東京慈恵会医科大学 糖尿病・代謝・内分泌内科の坂本昌也准教授の調査で判明している。

 糖尿病データマネージメント研究会(Japan Diabetes Clinical Data Management Study Group:JDDM)における登録病院38施設の約10万人強のデータベースを元に調査したところ、なんと血糖値、血圧値、脂質値の3つとも全て達成できている人の割合は、冬場で9.6%、夏場でもわずか15.6%しかいなかったという。

人の行動を変えさせるということは、かくも難しいことなのだ。

だが、この難題の壁に立ち向かい、新たな発想に基づく方策で突破した医師がいる。慈恵医大晴海トリトンクリニック 所長を務める東京慈恵会医科大学の横山啓太郎教授だ。

突破の糸口は、ある生活習慣病患者との次のような会話だった。

横山「〇〇さんを診るようになって3年になりますね。この間、あなたの症状にはタバコを止めることと、体重を減らすことが重要だと、毎回時間をかけてご説明してきました。タバコと肥満のリスクは重々理解していただいていると思います。それなのに、どうして〇〇さんはタバコの本数も減らさなければダイエットもしてくれないんですか。お話はムダなのでしょうか。もし、説明時間を5分か1分か選べるとしたら、どちらがよいですか」

 

患者「1分でお願いします。タバコと肥満のリスクはもう承知していますので。なんなら“なし”でもいいですよ

 

横山「え、そうなんですか。それはショックですね(苦笑)。では、どんな説明、あるいは医師の話なら、5分間説明を聞く価値があると思いますか」

 

患者“みのもんた”のような先生の話なら、聞いてもいいかな。みのさん、面白いですよ。みのさんから、『健康のためにはアレを食べたらいい』とか『こうすれば健康になるよ』と言われると、やってみたくなりますねー」

 かつて、みのもんたが司会していた昼のバラエティ番組は、メイン視聴者である主婦層から絶大な人気を博すと同時に、大きな影響力を持っていた。「ダイエットにいい」とバナナやココアを紹介すると、同日の夕方には、これらがスーパーやドラックストアで売り切れになってしまったほどだ。

主婦をスーパーに走らせるみのもんたの手法は、肥満等のリスクに加えて、「◎◎がいい。こんなに効く」と体験ビデオ付きで紹介することだった。

横山教授は気が付いた。「みのもんたと、私たち医師の違いは、方策を伝えるかどうかだ」と。

「患者さんが受験生だとしたら、これまで私たちは、数学は受験の必須科目だから勉強しなさいと事実を言うだけでした。でも、いくら事実を告げても、患者さんは、どうしたらいいのか方策が分からなければ行動を変えられないですよね。数学が苦手なら、英語に力を入れて点数を上げれば合格できるよと、人をやる気にさせるところまで伝えるのが、みのもんたさんだったんです。

 そこに気が付いてからは、患者さんのマインドを動かすコミュニケーションを考えるようになりました」

 要するに、いくら指導しても変わらない患者は、「分かっちゃいるけど変えられない」のである。人間は、目に見えない危機には、なかなか備えられない生き物だ。「それをやったらすぐに死ぬよ」と言われたら、すぐにやめるのだろうが、「それをやったらいつか死ぬよ」と言われても、行動を変えることはしない。そこをどうやったら変えられるか。患者一人一人の個人差・個体差や事情を考慮して、提示してあげることの必要性に横山教授は気が付いたのである。


慈恵医大晴海トリトンクリニック所長を務める東京慈恵会医科大学 横山啓太郎教授

「リスク」で脅すよりも患者個人が「どうありたいのか」

 横山教授の気付きで画期的なのは、次の2点だ。

1. “平均値の人間は”いない

現代医療は、膨大なデータから導き出された「均一化したヒト」の数値だけを見て、治療法や薬の処方を判断する傾向がある。しかし実際には、生活習慣病はじめ、習慣やライフスタイルが大きく影響する疾患の診療においては、患者を統計的な平均値の枠組みにはめ込んでいたら、適切な治療法は選択できない
世の中に“平均値の人間”はいない。生活習慣病の治療には、テーラーメードの発想が必要だ。

2. 未来の“なりたい”から行動を変える

「心筋梗塞にならないように」「がんを見逃さないように」「寝たきりにならないように」など、医師は過去の行いから導き出させるリスクにばかり目を向けさせようとする。しかし、生活習慣病は、個人のこれからの行動の積み重ねが大きく影響する。 リスクよりはむしろ、未来の“なりたい自分”の姿を考えさせ、それに向かって今後、どのようなプロセスをたどればよいのかを提示しなければ、行動は変わらない

アメリカの哲学者で心理学者でもあったウイリアム・ジェームスの言葉「心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる」も参考になった。

そうしておよそ2年前、将来患者が、病気で亡くなったり、寝たきりになったりする運命を変えるために、横山教授は『行動変容外来』を立ち上げた。行動変容外来では、受診する患者に対して、最初に必ず次のように尋ねている。

「死に方には3つ あります。①いわゆるピン ピンコロリ、②心筋梗塞などのイベントごとにガクリとQOLが落ちるパタ ーン、そして③徐々にQOLが低下していく老衰のパターンです。あなたはどうありたいですか」

患者の多くは①を選ぶが、「では、 運動とダイエットをしてください。タバコは止めてください」と指導をしても、病院を出た足で普段通りにお酒を飲みに行ってしまうのが人間というものだ。

「だからこそ、行動を変えるためには、患者さん自身に“ありたい姿”を思い描いてもらい、医師はそれに合った“やり方”を提供しなければいけません
プラス、そこで終わらず、患者さん自身がプロセスを見直して“やり方”を日常化できるようにコミュニケーションをとっていくことが必要不可欠なのです」

 そんなわけで行動変容外来では、患者の性格に合ったアプローチでモチベーションを高めるために、まずは国際的に定評のある性格診断に加え、普段の生活や価値観など“こうありたいと思う姿”を看護師が聞き取る。次に医師は、性格診断の結果と看護師が聞き取って整理した“ありたい姿”の情報を受け、方策を提案。アスリートとコーチのように患者に寄り添い、生活習慣を変えるよう導いて行くという2段階の手順で、患者の日常化のプロセスに介入している。

結果、ほぼすべての患者で体重の有意な減少がみられたという。

健康常識にも個人差がある
患者自身の気付きを促す

患者の行動を変えるには、「患者自身が自らの身体の個性を知ることが重要である」と横山教授は確信している。それは自身を実験台にした以下の試みから得た教訓だ。

「行動変容外来を立ち上げた当初、皮膚に貼り付けて、常時計測し続けるウェアラブルタイプの血糖値測定デバイスを装着して、しばらく生活してみたのです。すると診療中の昼食で、おにぎりとシュークリームを食べたらぐんと上昇していました。自分のデータが、糖尿病領域でした。焦りましたね」

おにぎりとシュークリームの昼食は、いかにも血糖値が上がりそうなメニューだが、さらにその夜、意外なことが起きた。

「夕飯は家でビールとすき焼きとご飯を食べたのですが、血糖値は上がりませんでした。それだけではありません。後日、埼玉県で講演している最中には血糖値がぐんと上がったにもかかわらず、講演後、酒や肴など、やはり血糖値を上げそうな飲食物をたくさん摂った時には、血糖値はぜんぜん上がりませんでした」

 このことから分かることは2つある。第一に、血糖値の上昇には、身体の緊張状態が大きく影響しているということ。横山教授の場合は、何を食べたかよりも大きかった。

第二に、これも横山教授個人にとっては、昼食に白米を食べるのは、ほかの何を食べるよりも血糖値を上昇させる原因になる。「ちなみに別の日にいなりずしを食べたら200(正常は140mg/dl以下)ぐらいまで上昇しました(笑)」

 血糖値の常識1つとっても、個人差は相当あるようだ。

「緊張やリラックスのタイミングは十人十色です。従来の検査で診てきたのは平均血糖値ですが、それは病気の診断には役立っても、生活指導にはあまり効果がないということがはっきりしました


 ところが私たち医師は、『肥満の方は糖尿病なりますよ』と常々指導しています。これは思い込みです。私はこれまでの30年間で、太っていても糖尿病にならない人を山ほど診てきました。太っているから糖尿病になるわけではない。肝心なのは機能。体重によって一律に糖の代謝が落ちるわけではなく、太っていても糖代謝が良く血糖が上昇しない人もいる。車でたとえるなら、大きな車でも燃費が悪いとは限らないということです」

未来を面白く変える
ライフデザインドックという発想

この3月、横山教授は所長を務めるクリニックにおいて、『行動変容外来』での実績を活かし、人によって異なる生活習慣病にならない生活術を見つけ、実行に結び付ける日本初の人間ドック『ライフデザインドック』を開設した。

 文字通り、「この先、どんな人生を送りたいか」から行動をデザインする人間ドックだ。その特徴は、①タニタが開発した運動機能分析装置(ザリッツ)とマルチ周波数体組成計によって運動機能や筋肉の状態を「見える化」し、将来の要介護や寝たきりになるリスクをチェックする。②その上で、『NEO性格分析』を用いて得られた受診者の性格パターンに合わせたカスタムメードの生活指導を行う、の2点。

『NEO性格分析』は「5因子人格検査」をアプリカ化した性格分析法で、行動変容外来でも使われている。受診者はそれぞれタブレット端末を渡され、、「現実と理想とする自己像が異なっている」といった質問に対して「非常にそうだ」「そうだ」「どちらでもない」「そうでもない」「全くそうではない」の中から選ぶ等、60項目に及ぶ質問に回答する。

性格分析の結果は受診者にも伝え、自分がどういう性格なのかを自覚してもらうのに役立てる。行動変容のためにも大事なプロセスだ。

さらに、「この患者さんの場合、自分らしく、ゆっくりとしたペースを好むので、せかさずに、理解度を確かめながら説明する必要がある」、あるいは「きちっと計画的なタイプなので、レコーディングダイエット(食べたものとエネルギー量を記録する方法)が適している」といったように、医師、看護師らによる患者との接し方や生活指導にも反映させられる。

また、椅子に座った状態で装置に足を載せ、踏ん張って立ち上がるだけで、脚の筋力とバランスの状態を計測できる運動機能分析装置や、「体重」「BMI(肥満指数)」「筋肉量」「筋質点数」「体脂肪率」「筋肉総合評価」が測定できるマルチ周波数体組成計は、運動機能や筋肉の状態が簡単に分かる。

こうした分析や測定はもちろん重要だが、一番重要なのは、これらの情報をどう受け止め、指導に生かすかだと横山教授は言う。たとえば、一般的な人間ドックの場合、糖尿病の可能性が疑われ、病院受診を勧められても、ちゃんと受診するのは「わずか7割」に過ぎないが、ライフデザインドックなら、病院に行きたくなるように、性格や生活志向に合わせて上手に仕向けることができる。
つまり検査結果は一緒でも、ソノサキの運命には、大きな差があらわれるのだ。

 受診した人の行動を変える『行動変容外来』と『ライフデザインドック』の発想はきっと、『人生100年時代』に突入する日本人の未来を、面白く変えてくれるに違いない。

横山先生から女性医師へのメッセージ
行動変容外来では、生活習慣を自分事として考えてもらうことが必要です。
そのためには、患者さんの日常に入り込んでいく必要があります。 日常に入り込んでいくことは男性より女性が得意な領域です。 
私は、行動変容外来の協力者として女性医師を積極的にリクルートしています。 看護師と協力して行動変容外来をするのは女性の視点の気づきが重要だからです。

文/木原 洋美