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2019年04月14日

“男社会”の外科に風穴を――女性外科医が“普通に”スキルアップでき、当たり前に活躍できる環境作りに奔走する消化器外科医・河野恵美子先生

医学部入試における女子差別が大きな物議を醸している。大学関係者から「女性は医師になっても、結婚や出産で辞めてしまうから、ある程度の調整は仕方がない」という声が上がったうえに、それを支持する医師も少なくないことが差別の実態以上に世間を驚かせた。医療界の“常識”が“世間の非常識”であることが改めて明らかになった形だ。

なかでも男社会の傾向が特に高い外科では、「子育て中の女性医師には仕事を与えない」という実態もあるという。「続けたくても続けられない」。そんな女性外科医の環境改善を訴え、10年前から活動を続けているのが、消化器外科医の河野恵美子先生だ。その原動力となっているのは、子育てと仕事の両立に苦悩した自身の経験と、泣く泣く現場を去っていった後輩医師たちとの出会いだった。「女性医師の活躍なくして外科の未来はない」。“普通の女性消化器外科医”代表として、河野先生が切り開く外科の未来とは?

河野恵美子(こうの・えみこ)
2001年宮崎医科大学(現宮崎大学)医学部卒業。佐久総合病院で研修医。高知市立市民病院外科、神戸市立西神戸医療センター外科を経て、2007年に大阪厚生年金病院(現JCHO大阪病院)外科医長に就任。2016年高槻赤十字病院消化器外科。2019年4月より大阪医科大学で2年間研究に専念する。日本外科学会専門医/指導医、がん治療認定医、消化器がん外科治療認定医、米国外科学会フェロー(Fellow of the American College of Surgeon)。「消化器外科女性医師の活躍を応援する会」の発起人の1人として役員も務める。

医長でも子どもがいる女性医師は
患者も持てない、手術もできない

 消化器外科医の仕事と並行して、女性外科医の活躍を支援する活動に力を注ぐ河野恵美子先生。

「2008年に日本外科学会が女性医師のセッションを初開催して以来、10年間ずっと壇上に立ち続けている市中病院の女性医師は、恐らく私だけでしょう」。

毎年の登壇を続けている理由は、後輩女性医師たちへの強い思いがあるから。

「私は外科医5年目に結婚、翌年に出産しています。これって、実は女性外科医の平均的な結婚・出産時期なんです。出産前に特別なキャリアがあるわけでもない、子育て真っただ中の私が毎年壇上に立ち続けることで、出産してもキャリアの継続は可能だと知ってほしい。それにより一人でも多くの若い女性医師が外科を目指してほしい。そんな想いで今まで続けてきました。『河野先生、今年も辞めずにいるな!』と思ってもらうことが大事なんです」

 この活動を始める最初のきっかけは、子どもがいるだけで、責任ある仕事を何もさせてもらえない、外科特有の壁に自らが直面したからだ。

育児に専念するため、勤めていた病院を退職した河野先生は、約1年間の専業主婦期間を経て、大阪厚生年金病院の医長として現場復帰した。同院は医師の育児支援に非常に積極的で、この病院なら子育て中でもやっていけると思ったという。しかし、待っていたのは「手術の執刀はもちろん、患者を受け持つことも、外来も任せてもらえない」という厳しい現実だった。

「当時の消化器外科では、出産後も第一線で働く女性医師はほぼいませんでした。生き残れるのは、ある意味プライベートを犠牲にして、男性と同じように24時間365日働き、かつものすごく優秀な女性のみ。育児支援に積極的な病院ですら、『子育て外科医はマイナスでしかない』という考え方で、私に対する周囲の目は非常に厳しかったですね」

子育て女性医師を苦しめる
「24時間365日働けない者は外科医にあらず」の呪縛

 女性医師が外科医を続けられない理由について河野先生は「24時間365日働けない者は外科医にあらず、という外科の文化が大きい」と話す。親のサポートなしで、夫婦二人で子育てをするご自身にとっても、これが大きなネックとなった。

 「患者の急変に対応できない人間に手術や主治医など、責任ある役割を任せられない」「河野先生はいてもいなくてもいい存在」「医長には誰か若くて、男性でいい人はいないか」など、嫌味を言われることは日常茶飯事。そんな逆風に耐えながら、仕事と育児の両立に奮闘し、倒れる寸前まで努力した。それでも周囲には認めてもらえない。何度も心が折れそうになったという。

 挙句の果てには、寝る間を惜しんで取り組んだ女性外科医に関する学会発表も「自分が頑張っていることをアピールしたいだけだ」と言われる始末。なかでも、一番きつかったのは、病棟で患者を受け持つことになった時に、まだ外科修練を1年も行っていない女性後期レジテントから「先生、患者が急変したらどうするんですか。尻拭いするのは私たちレジデントなんですから」と見下されたことだ。
他科の女性医師からも「先生がそんなに仕事をしたら困る」と言われ、困惑したという。

「私もこんなやり方はいいとは思っていません、でも、『誰かがやらなければ壁は突破できないんです』と返答したのを覚えています」

 そんな辛い毎日に、一時は辞めることも考えたが、「もう大学の医局に戻ります」と書いて送った病院長宛のハガキによって、状況は一転する。病院長の一言で、手術や主治医を任されるようになったのだ。それでも、簡単な手術を執刀できるまでに約半年。食道など大きな手術を任されたのは、入職から1年半もたってからのことだった。

「先日、当時の記録を書き記していたメモが出てきたんです。初めて患者さんを持った日、初手術の日、そして遂に食道の手術を任された日は涙が出たと書いていました。辛い思いをたくさんしましたが、徐々に周りが認めてくれるのはうれしかったですし、あの時の経験が今、私を突き動かす原動力になっています」

女性目線で手術器具を開発
スキルアップの場も提供

 子育て消化器外科医の突破口は開いたものの、後がなかなか続かない。外科医として非常に優秀だった後輩2人が、育児との両立の難しさを理由に、退職や他科への転向を余儀なくされていくのを、止めることができなかった。

『子育て女性医師は“悪”なのか。私はこんなに続けたいのに、なぜできないのですか』と、泣いて訴える後輩の姿が、今でも忘れられません。彼女にとって初めての論文『育児支援制度が整えば、女性外科医は外科職務と育児を両立できるのか』を共に書き上げた者として、今後このような思いをする人を二度と出してはいけないと、固く心に誓いました。そして、どんなに辛くても私は消化器外科医として生きていくと、腹をくくったのです」

 その言葉通り、2011年に「外科医の手プロジェクト」を発足。日本消化器外科学会の会員へのアンケート結果をもとに、これまで女性医師にとって重く、使い難かった手術器具の改良を、米国医療機器メーカーに直接交渉した。この時の活動が評価され、2012年に日本初の女性ボイス・オブ・カスタマー(VOC)に選ばれた。

 2014年には、男女共用仕様の内視鏡器具の開発にも携わり、現在も大手医療機器メーカーとともに、女性外科医が使いやすい手術器具の開発に取り組んでいる。

 2015年11月に、東京大学の野村幸世氏、日本バプテスト病院の大越香江氏らとともに消化器外科女性医師の活躍を応援する会「AEGIS-Women」を立ち上げると、時間的に制約がある女性医師でも短時間でスキルアップを目指せる10分間のワンポイントレッスンを開始。2018年1月には、小さな子どもがいる女性医師でも、泊りがけでラボに参加できるよう、託児所付きのラボを開催するなど、女性外科医支援のための活動を次々と実現させてきた。
「単に預けるだけでなく、同伴する子どもたち自身も楽しめるように」と、母親の仕事を疑似体験できるキッズセミナーの開催を企画したのも、子育てママならではの画期的なアイデアとして注目を集めた。(関連記事:女性外科医にも子連れで気軽に参加できる腹腔鏡スキルアップの機会を! 託児所・キッズセミナー付き腹腔鏡講習会 潜入レポート

産後も外科医を続けるだけでは不十分
手術がうまい女性外科医の育成へ

 AEGIS-Womenでは、手術技術向上のためのセミナーやイベントなどのプランニングを担当する。河野先生が重視するのは、誰もが知っている超一流の外科医から直接手術の指導が受けられること。また、教授レベルのトップとともに、男女共同参画をテーマに、全国の外科医がデスカッションする機会を設けることで相互理解を図ると同時に、全国の仲間とのネットワークづくりに活かしてほしいと話す。

 これらの活動の根底にあるのは、10年後の外科を見据えた、「高い手術スキルを持つ女性外科医の育成」に他ならない。
 外科はこの10年間で医師数が3分の2まで減少。外科医の平均年齢は50歳まで上昇した。新たに外科を目指す医師が減る一方で、日本外科学会に入会した女性医師の割合は、統計を取り始めた2005年以来、20%前後で推移している。つまり、10年後に予想される外科の危機的状況を救うには、女性外科医の活躍が必要不可欠なのだ。

「子育て支援はもちろん大事ですが、外科医は続けるだけでは不十分です。子育て中の女性外科医が増えても、手術が下手では外科診療そのもののレベルが下がりかねません。AEGIS-Womenが腹腔鏡など高度な手術手技を学ぶプログラムを提供する理由のひとつは、子育て中でも技術習得のトレーニングができる機会を作りたいからなんです。来年度は大腸や胃に加え、より高度な肝臓の腹腔鏡手術プログラムを開発するなど、さらに進化させていきます」

 加えて、自分たちの世代が10年かけてマスターした技術を、今後は3~5年で習得できる方法も模索中だ。「外科の仕事をもっと楽に、楽しいと感じながらやってもらえるよう、いろいろな方面に働きかけています。それは男性にとっても働きやすい環境に必ず繋がっていくはずです」

 長時間労働が日常化する環境改善へ、行政との連携にも力を注ぐ。昨年は、内閣府からの依頼で女性外科医の現状と問題点を官僚に向けてプレゼンした。今年2月27日には「第1回働く女性との意見交換会」に出席し、唯一の医療職代表として片山さつき大臣に直接現状を説明するなど、活躍の場はさらに広がっている。

子育て経験をプラスに変えて
人間力を備えた外科医をめざす

 外科医の在り方を語るとき、河野先生の頭の中にはいつも患者の存在がある。それは3年前に弟を膵臓がんで亡くしたときに、患者の家族として「診療や手術に対して妥協しない医師に執刀してもらいたい」と思った経験が大きいという。
 患者がいかに主治医を頼りにしているか。手術の技術や知識だけでなく、人間性も求められることを痛感し、外科医としてよりストイックに仕事と向き合うようになったそうだ。

トップレベルの技術を目指し、妥協せずに努力することで、患者の気持ちに応えたいと思います。また、患者の置かれている背景や気持ちを理解する上で、子育て経験は決してマイナスではない。むしろプラスになると感じるようになりました。仕事との両立は本当に大変ですが、子育てを通じて人間的にも成長させてもらっています」

 外科を目指す女性医師は増えたとはいえ、消化器外科における女性医師の割合はわずか6%。専門医となると2%、指導医に至っては1%にも満たない。だからこそ、「決してスーパーウーマンではない私が発信し続けることに意味がある」「頑張れば自分もできるかもしれないというロールモデルになりたい」と河野先生は言う。

 「私自身、子どもを産んで第一線で外科医として働き続けるのは無理だと言われましたが、なんとか続けることができています。今までの常識なんて、明日になったら非常識になるかもしれませんよ(笑)。1回しかない人生。やりたいことがあれば、失敗を恐れずにやってみればいい。それが私の持論です」

 河野先生は学生時代、交通事故で瀕死の重傷を負った経験がある。その後、看護師から医師へと転向し、「生かされた人生」を精一杯生きるという想いが人一倍強いという。

「明日、自分が生きているかどうかんなんてわかりません。だったら、今日できることを精一杯やる。私はこれからも徹底的な女性目線で、誰もやったことがないオンリーワンの仕事に挑戦していきたいですね」

文/岩田 千加

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