939194fc e459 441b 9b6e 3de6eb11b11f医療トピックス
2019年06月30日

あの心臓3Dモデルに超リアルバージョン登場!背景には、小児心臓外科の若手育成問題

触感までも再現したモデルは他にない
米在住30年の小児循環器医の証言

「これ、実物じゃないんですか。すごい生々しいですね」

2019年4月―-、国立循環器病研究センター(以下国循)の会議室。水が入った保存容器から取り出した最新の「心臓3Dモデル(超軟質精密ウェットモデル)」に感嘆の声を漏らしたのは、 アメリカ在住30年の小児循環器医・津田武医師だ。

「しかも精密だ」

 あらゆる角度から形状を確かめ、時折「おぉっ」と呟きながら押したり引っ張ったりを繰り返す。 津田医師は、この超リアルな心臓3Dモデルの評判をアメリカで聞きつけ、たまたま帰国した機会を利用して、自分の目で確かめるべく国循を訪れた。

「見た目もそうですが、触った感じも非常にリアルですね。外科医にとっての有用度で考えると、実物以上に役立つと思います。

 

実際、心臓というのは、血液が流れている間はしゃんとして立体的な形状を保っていますが、血流を止めてしまうと、空気の抜けた風船のようにぺしゃんとつぶれてしまいます。外科医はそのぺしゃんとなった状態で、3次元に戻った状態を想像しながら縫うわけです。

 

最終的には、血流を再開して立体に戻った時に、縫ったところがほつれたりひきつれたりしないようにできるかどうかが外科医の腕。技術を高めるには本当に経験が重要で、何百と症例を重ねることが大事です。でもそれはある意味、患者さんを練習台にするようなもの。そうならないためにも、こういうモデルは必要だと思います」

アメリカには、こういうモデルはないのだろうか。

「3Dプリンターで製造する、堅いモデルは結構ありますが、このように柔らかいモデルはありません。しかもこれ、切ったり縫ったりもできるんですよね。斬新です。

 

高難度の複雑な手術をする前に、患者さんの心臓を再現したこのモデルでシミュレーションができたら、手術成績は格段にアップすると思います。
実際の手術は、右心房をほんの少し開けて、拡大鏡を用いて行うのですが、それは小さな穴から洞窟の奥にペンライトで光を当てて、ピンポイントで治しに行くようなもの。心臓をひっくり返したり、引っ張ったりするわけにはいかないので、全体像を見ることができないのもつらいところです。

 

でもこのモデルがあれば、手術前にあらゆる角度から、心臓の外部だけでなく内部をも観察できますよね。どういうところに時間がかかって、どういうところが肝なのか、徹底してシミュレーションすることができたら、手術の質が高まるだけでなく、時短にもなるので、患者さんにとってもすごくいいと思います。
 執刀医だけでなく、第一助手を務める医師も事前にシミュレーションしておいて、術後にディスカッションするようにしたら、外科手術自体の質の向上にも繋がるのではないでしょうか。
いやぁ、凄いな。これ、販売するんですか。欲しいなぁ」


小児循環器医・津田武医師

将来のスーパーサージャリーの育成に
三次元センスを養えるモデルは必需品

ところで、読者のなかには「CTやMRI等による画像診断の進歩が目覚ましい昨今、小児の心臓といえども、患部の様子は身体を切り開かなくとも容易に把握できる。心臓3Dモデルなど必要ないのではないか」と思う人がいるかもしれない。

しかし、画像診断では補えない深刻な課題が現場にはある。とりわけ重大なのは、若手外科医の育成だ。国循の小児心臓外科部長・市川肇医師は嘆く。

「若手を育てようにも、それ以前に人が来ない。小児の心臓外科医になろうという人は本当に少ないのです。現在当科に、若手は3人しかいません。


 しんどいからでしょうね。育てるのも大変ですが、腕を磨くのも難しい。患者さんを練習台にするわけにはいきません。経験を積んでもらうためには、高難度の手術をするのと同じくらいしっかりとシミュレーションをしてもらい、指導医の監督のもと万全の態勢で臨まなくてはなりませんから。

 

ただし、シミュレーションをするといっても、MRIやCTの2次元画像を用いたのでは限界があります。心臓を立体的に把握できる三次元のセンスがないとできないんですよ。 将来的に、高難度の手術を任せられる外科医になれる人は10人に一人ぐらいです」

 なぜ、小児心臓外科が経験を積むのは、突出して難しいのだろう。

「1つには、少子化で、赤ちゃんの数自体減っていること。そこへもってきて以前は基本になるような簡単な症例が沢山ありましたが、最近はそれらをカテーテル治療で治せるようになったので、若手が執刀できる機会も激減しています。


 カテーテル治療の進化は、患者さんにとってはいいことです。しかし、外科医の育成という観点から考えると、今、スーパーサージャリーと称されるような50代ぐらいの手術者のレベルが、今後も維持できるかどうかは非常に疑問。我々は危機感を抱いています。
 アメリカでも、高難度の手術ができる医師は、全米で10人程度といわれていますが、日本では、10人もいないかもしれません」

 2次元画像から立体的に把握するのは、それほど難しいものなのだろうか。

「難しいですよ。3Dモデルを使わなくてもコンピューターの画面でいくらでも練習できるVRのシミュレーターがありますが、やはり実際手にとって触ってみて、切ったり縫合したりといった、本当の手術と同じような手順を体験することが非常に大事だと思うんですね。


 穴を閉じるだけの手術は何人か手術すればできるようになりますが、問題はそこから先。たとえばファロー四徴症は、チアノーゼになる病気のなかでは一番頻度の高い手術ですが、心臓を立体的に把握するセンスが必要なので一気に難しくなります。


いくら賢くても、努力家でも、三次元のセンスがないとできないんですよ。そのような難しい心臓手術ができる外科医になるために10年頑張ったけど、ものにならず、他科に移る医師は少なくありません。そこはやはり才能だと思いますね。

 

 でもこの3Dモデルがあれば、三次元センスの乏しい人でも、患者さんの心臓を立体的に把握することができるし、予習もできる。これからの心臓外科医の育成に、なくてはならないものだと思います」


国立循環器病研究センター 小児心臓外科部長・市川肇医師

従来モデルが「クラス1」
さらなる進化で世界の赤ちゃんを救う

 筆者は2年前、この「心臓3Dモデル(超軟質精密ウェットモデル)」の前身となるドライタイプ(水の中で保管しなくてもよい)のモデルを取材し、精密さ質感ともに充分な完成度(特に、患者のCTデータをもとに各組織の形状や部位間の距離などまで実物大で製作されたモデルは、実際の手術動画と比較しても、寸分たがわぬように見えた)にあると感じた。

 今回、さらなる新モデルを誕生させた背景には、どのような事情があったのだろう。心臓3Dモデルの考案者であり、中心となって開発プロジェクトを進めてきた国立循環器病研究センター(大阪府)・教育推進部の部長、小児科医の白石公医師は次のように語る。

「我々は当初から、『形も触感も本物そっくりで、手術と同じように切ったり縫合したりできる3D心臓モデル』をめざし、開発に取り組んできました。立体構造が複雑で、個人差の大きい新生児や乳児の先天性心疾患手術には、こうしたモデルによる予行演習が必要ですし、若手医師の手術手技の向上にも役立てられると考えています。そういう意味で、リアリティの追求は重要です。最新モデルは、従来にも増してリアルですが、今後は、組織ごとに素材を変えるなど、より一層本物近づけていくつもりです。


 加えて、稀な症例なども、データさえあれば造形できるので、共有して学ぶことが可能です。小児の心臓には、ある程度経験のある医師でもあっても40歳にして初めて出会う症例がいくつもあるので」


国立循環器病研究センター 教育推進部部長で小児科医の白石公医師

 また、白石医師と共に、10年間に渡って研究・開発に取り組んできた株式会社クロスメディカル(京都市)の竹田正俊社長は解説する。

「従来モデルも精密ではありましたが、『真空注型工法』といって、モデルごとに専用の型を起こして作成しなければなりませんでした。コストがかかるし、製作日数も最短で4~5日を要するもので、将来的な需要を満たすのは難しい状況だったのです。

 

そこで株式会社SCREENホールディングス(京都市)と共栄社化学株式会社(大阪市中央区)の協力を得て開発したのが3Dプリンターによる『臓器造形システム』であり、今回のモデルです。オーダメイドの心臓がこれまでの半分の2日間でできて、しかもある程度量産に近いことが可能になりました


株式会社クロスメディカル 竹田正俊社長

 従来モデルは昨年10月、「立体臓器模型」という新たなカテゴリーの第一号として、医療機器登録に受理された。

といっても、クラス1から4まである医療機器の中で、ピンセット等と同じレベルのクラス1。保険点数はまだつかないのだが、「とりあえずは将来に向けてスタートが切れたと思っています」と白石医師。

 今後は必要な治験等をしっかりと行い、クラスを2、3と上げていく他、新モデルでの認可もめざす。

この5月からは普及用として、代表的な4つの疾患(心室中隔欠損、心房中隔欠損、修正大血管転位+心室中隔欠損、ファロー四徴症)の超軟質精密ウェットモデルの販売を開始した。

 医療機器としての有用性と信頼性が公的に認められ、周知が進めば、世界中の医師がこのモデルで術前シミュレーションを行い、本番に臨むようになるだろう。実際国循でも、普及モデルは若手医師の間で取り合いだという。需要が高まり、量産が可能になればコストダウンも図れる。

心臓3Dモデルはこれからも、リアルさ、生産性共に緩みなく進化していくだろう。

文/木原 洋美