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2015年11月13日

転職、結婚、夫の転勤――
葛藤を経てたどり着いた「週3日非常勤」スタイル

医師として仕事と家庭とを両立するには非常勤勤務も1つのあり方。でも、安定性やスキルアップを考えて二の足を踏んでしまうこともあるのではないでしょうか。そこで今回は、「週3日の非常勤勤務が私のベストバランス!」とおっしゃる内科医M先生のワークライフと、そこに至るまでの過程や葛藤について伺いました。

M医師
2002年に公立大学医学部卒業後、地元の国立大学に入局。その後、一般病院の内科医としてキャリアを積んだ後、夫の仕事都合で東京へ。現在は非常勤医師として週3日外来に従事。グラフィックデザイナーの夫と東京都下で2人暮らし。


現在は週3日、3つの医療機関で勤務しています。大学病院勤務も、一般病院の常勤医も複数経験して、ようやくたどり着いた自分らしい働き方です。私の家は、親も親戚も医師はいません。だから、医学生時代から医師としてどんなキャリアが待ち受けているか、どんな働き方になるのか全く事前情報がなかったんです。いつもその時その時に初めての課題に直面し、そのたび壁にぶつかっては、愚直に悩み、軌道修正を図る。その繰り返しで一歩ずつ今に至りました。決してまっすぐな道のりではなかったですね。

非常勤勤務を続けているのは、無理のないペースで仕事と家庭、プライベートを両立させたいから。夫と共通の趣味であるアウトドアを楽しむ時間と心の余裕を持った穏やかな暮らしがしたいというのも大きいですね。その点は、今は本当に全て希望通りで理想的なバランスを保てていると言えます。

打ちのめされた大学病院時代

でも、もともとこういう志向だったわけでは決してないんです。医師になった当初は「将来は院長に!」と意気込む気持ちもあったんですよ。でも研修医として大学病院で勤務する中で、そんな若手らしい野心はもろくも打ち砕かれました。毎日夜遅くまで働き続ける事の苦しさに加えて、職場での競争で将来が決まってしまうプレッシャー。過酷な大学受験を乗り切ったと思ったのに、また競争社会に戻ってきたように感じてしまいました。
それに50人くらいの大人数での症例研究会やカンファがとにかく辛くて。大勢の前での叱責やいわゆる吊るし上げなどを目の当たりにし、精神的に追い詰められていったんです。

親身に指導くださっているからこそと承知しつつも、どんどん自分らしさを失い萎縮していきましたね。その結果、限界を感じて医局を退局。もともと内科医として幅広い症状に対応できる医師になりたいと思っていたこともあって、一般病院の内科医として再スタートを切ることにしました。 穏やかな雰囲気の一般病院で、比較的穏やかな患者さんに囲まれて内科医としての研鑽を積んでいくことができました。

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趣味が結びつけた出会い
飛び込んでしまった結婚と東京行き

そんな中で趣味であるアウトドアを通して出会ったのが主人でした。キャンプしたり、バーベキューしたり、パラグライダーに乗ってみたり・・・そんな仲間の1人としての出会いでしたね。主人は9歳年上のグラフィックデザイナー。もともと東京で働いていたのですが、独立して地元に戻ってきていたんです。誰とでも分け隔てなく、私が医師であることも変に引いたりせず普通に接してくれる人。お互いちょっと変わった専門職ということで意気投合したのかもしれません。31歳の私の誕生日に入籍。もともと我慢してまで結婚生活を送ることには自信がなかったのですが、「あ、この人とならやっていけそう」って結婚に飛び込んじゃいました。

出会った当初から主人が言っていたのは「またいつか東京で働きたい」ということ。独立して数年実績を積み、自信も出てきたのでしょう。フリーランスとして東京で働くことが現実のものとなってきました。そこで主人にこう言われたんです。「東京なら君の仕事の選択肢もいっぱいあるんじゃない? 身を粉にしてめちゃくちゃ働かなくてもいいし、好きな働き方を考えてみたら?」と。

私が働くことも当然のこととして尊重してくれる優しさをありがたいと感じましたね。私はついあれこれ考えすぎてがんじがらめになってしまうタイプなのですが、主人は「考えすぎてもしょうがないよ。必ず思うようにいくことなんてないしさ」と大らかに構えているタイプ。そんな主人の優しさと思い切りに押されて、結婚同様、東京行きに飛び込んじゃいました。

予想外続きの都心勤務を経て見つけた
ベストな働き方

そこで始まった東京での仕事探し。「週4日、当直なし」という条件でサーチしました。せっかく東京に来たからには都心で働いてみたいなという憧れもあり、転職サイトで見つけた病院に常勤医として入職。でも、都心での勤務は想像もしていなかった状況で・・・。まず驚いたのが満員電車。都下にある自宅から病院に着いたら一仕事終えた感じでぐったり。そして、もう1つ驚愕したのが都心の勤務スタイル、患者さんのタイプの違いでしたね。外来数も多く、病院も患者さんも時間に厳しい。当たり前のことと言えば当たり前なのですが、地元の病院のほのぼのした人間関係に慣れていた私は殺伐としているように感じてしまいました。何しろ、地元では診察終わっても患者さんは病院に残っておしゃべりしていたし、そこから恋愛が生まれて結婚に至った例もあるくらいですから。

そこで、都心勤務は自分に合わないと実感。都下での仕事を探し始めました。そこで気付いたのは、都心では少ない非常勤勤務も多いということ。常勤先でミスマッチがあったところだったので、非常勤で様子を見ていくのもよいかなと入職を決めました。これが本当に良い選択でしたね。患者さんも都心に比べれば穏やかだし、時間の決まった勤務だし、医師が足りない分歓迎してもらえるし、人間関係も良好だし・・・と非常に働きやすくなりました。当初2医療機関で2日だった勤務をもう1医療機関増やして週3日勤務へ。ベストバランスが見つかった感じですね。

とはいえ、もちろんメリットだけではありません。病棟を持っていないので、幅を狭めているなと感じますし、どうしてもスキルアップの機会は少なくなってしまいます。薬の説明会や勉強会にお声がけいただけることもありますが、やはり十分ではなく物足りなさはあります。非常勤の宿命として常勤医師が入職したら職を失ってしまうリスクもありますしね。でも、それらは全て分かったうえで自分が選択していること。そんなに大きな悩みではないです。

非常勤勤務への後ろめたさを消したもの
そして、「これがベストスタイル」と心から思える今

今は本当に仕事も家庭も良いバランスを保てていて「これが私の求めていたスタイル」と心底思っていますが、非常勤になった当初はすっきりしない気持ちもありました。「非常勤勤務だけって医師としてどうなの?」「結局は逃げたってことなんじゃないの?」と引け目も感じたし、悩みもしました。同級生の活躍を耳にしては気持ちが波立つこともあったり。自分の中に競争心が全くないわけではありませんからね。でも、不思議なことに時間を重ねてそんな気持ちに折り合いがつけられるようになりました。もやもやした気持ちを抱えながらも、日々の業務を誠実にこなしていくことで、人と比べて自分を見ることも徐々になくなり、ありのままの自分の姿を受け入れられるようになりました。

自分の気持ちに折り合いをつけることはすぐにはできないけど、時間が解決してくれることってあるんだなと実感しています。自分を偽ることも、大きく見せることもなく、これが私のスタイルと言い切れるようになりました。

今は、50歳までを目標にこのスタイルで勤務を続けていけたらと思っています。そうしたら、主人は59歳。現状では主人も忙しく2人の趣味のアウトドアも2泊3日が限界ですが、もう少し長い旅行も2人でできるようになるといいなと思っています。海外ならどこがいいかななんて想像することも多いです。でも、そうはいってもやっぱり医師として貢献したい気持ちも出てきて、50を超えても細くとも仕事は続けていくのかなと思ったりもして。仕事もプライベートも今後を楽しみに想像できるってやっぱり今が充実しているということなのかもしれないですね。

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