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2015年11月06日

救急医療の最前線に立つ往復4時間通勤の3女の母―
聖マリアンナ医科大学救急医学助教 北野夕佳先生インタビュー

取材中、ポケットにあるPHSからのコールが何度も鳴り響く。その都度テキパキと対応するのは、聖マリアンナ医科大学救急医学助教・北野夕佳先生。救急医療の最前線で、総合内科医として忙しい日々を送る夕佳先生は、中学2年生、小学6年生、5歳の3人の娘を抱える母としての顔も持つ。

妻が働くことを不愉快に思わないだけでも合格点

まだ眠る娘たちを夫に託し、夕佳先生は朝6時過ぎに自宅を出る。Door to doorで片道2時間弱の電車通勤。往復4時間弱?!と、驚きを隠せずにいると、「米国シアトル市のヴァージニア・メイソン医療センターで内科レジデントをしていた頃、東北大学病院高度救命救急センターで助教として勤務していた頃は、それぞれ車や徒歩で15分圏内に、自宅・職場・娘たちの通う保育園/小学校がありました。勤務先・自宅・保育園/小学校の三角形を少しでも小さくするほうが仕事との両立が図りやすい。職場と自宅の中間地点か、単身赴任か、それぞれの家庭にとっての最適なかたちがあるかと思います。現在のわが家では、研究者である夫の勤務先の近辺に自宅、保育園/小学校/中学校の小さな三角形をつくり、私だけが遠方に通勤することを選択しました。こうすることで、たとえば震災が起きた時にでも(たとえ私一人が離れた場所にいたとしても)夫と子供たちは徒歩30分内で落ち合うことができると考えました」と夕佳先生。東日本大震災時には、東北大学病院でトリアージ黄リーダーを務めた先生の言葉だけに説得力がある。

夫は、京都大学医学部の同級生で、基礎生物の研究に従事する。夕佳先生が「あとは任せた」状態で家を後にせざるを得なくなっても、保育園の準備をし、中学生の娘のお弁当をなんとか作り、朝食を食べさせ、「この靴下きらい~」と玄関でグズる5歳児をなだめすかして保育園へ送り届ける。たとえ夕佳先生の帰宅が遅くなる日も子どもたちにご飯を食べさせ、宿題をさせ、炊飯器のジャーを洗って翌日の米をセットして…と、一連の家事・親業をやってのける。帰宅した夕佳先生が「今日もしんどかったやろ?ごめんなぁ」と声をかけると、「‘大丈夫’と普通は言うと思うんですが、‘ほんとにしんどかった’と返ってきます(笑)」と苦笑いするが、「医師の仕事を辞めてほしいと言われたことは一度もありません。妻が働くこと、働いて成果を上げることを本質的によしとできない男性も中にはいますよね。妻が頑張ることを不愉快に思わないというだけでも合格点です。それ以上に家事・親業を分担してくれる夫には本当に感謝しています」。

家庭内滞在時間は、子どもととにかくイチャイチャする

月に平均17日勤務のシフト制で、当直は免除してもらっている。「親業と両立させるために、もともとシフト制のところを探して、就職しました。いまだ日本の医療では主治医制が根強くありますが、チーム制のよさは、一人の医師を倒れさせずサスティナブルに65歳まで有効活用できる点と、複数の医師の目が入ることで患者さんの安全をより確保できる点にあります。3人寄れば文殊の知恵ではありませんが、複数の医師の経験と知識をもって患者さんを診ていくことでより的確な診断と治療につながります」とシフト制、チーム制のメリットを強調する。病院内滞在時間は、患者さんを診察する、バイタルを診る、レントゲン・採血データを診る、方針を決める、相談すべき相手がいれば相談する、シニア(後期研修医)とディスカッションをして、ティーチングをして…と、怒涛のように働く。

残りの月13日間は、病院へ行かなくてもよいことで、親業にも打ち込める。
「病院滞在時間も短いですが、家庭内滞在時間も短いのでどちらも超効率よく。家に帰ってからは、愛情がベースにはありますが、その子にとって私がしなくてはならないことをある程度優先順位をつけてやります。私はこれを‛家事業と親業をわける’と呼んでいます。具体的には、お皿も洗濯物もおいておいてもいい、だけれど、抱っこと言われれば抱っこ。折り紙しようと言われれば折り紙をする、粘土しようと言われれば粘土をする。とにかく子どもはママとイチャイチャしたいんです。家庭内滞在時間は、ひたすら子どもと接するのが最優先です。遊んで、本読んで、しゃべって、膝に乗ってきてイチャイチャして、だめな時には真剣に諭して思いっきり叱る。それをさぼってはいけない。

小学生以上になってくると、要求も変わってきて、ひたすらおしゃべりや料理に付き合います。話を聴いて、子どもの精神発達についていく。子どもの情況、人間関係を把握する。それをしていないと、なにかトラブったときに介入できませんよね。ですから、仕事から帰ってきてからの時間だけでなく、仕事のない日も最大限有効活用です。お友だちを家に遊びに来させたいと言えばどんどん遊びに来てもらう。お泊り会もよくやりますが、これもさぼってはいけない業務の一つだと思っています。友だち関係もわかるし、自分の子供が結構友だちに厚かましいとか、逆に言いたいことを言えないタイプだとかいったことも客観的にわかる。すると喧嘩をしたときも‘ちょっと●●ちゃんに対して、あなたがきつかったんじゃない?’または‘自分からはっきりいやだって言わないと伝わってないんじゃないの?’とアドバイスできます。自分の子どもは可愛いけれど完ぺきではない。おとなしい子や人の言いなりになる子もいれば厚かましい子もいる。その子その子に応じて、ちょっと修正をしてあげるのがよいのかな、と。親業が最優先なので、たとえばどうしてもカエルを取りに行きたいというのに付き合って、パパの帰宅時にお米は炊けているけれどおかずができていない、ということもあります。とりあえず、ふりかけごはんから始まって後から野菜が出てくる、フランス料理店方式です(笑)」

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理想の王子さまはいない

(家事は手抜きしても)仕事も親業もがむしゃらに。そんな夕佳先生が娘にしつこく繰り返しているのが、「理想の王子さまはいません。大恋愛はありません。結婚はときめきません。禁忌を満たさなければ退屈な人でも構いません。目の前にいる中で一番よい人と結婚して、できれば28~29歳で一人目を生みなさい。なぜならば年齢があがるにつれ、出産のリスクは上がります。下宿探しと一緒で、運命の部屋があるはずと探し続けても仕方がない。4~5件見て、禁忌のない物件に心を決めて、あとはその下宿を、きれいな家具をおいて、お掃除して大切に手をかけ、住み心地のよい、素敵な部屋に自分でしてゆきなさい。夫婦も一緒。喧嘩して相談して仲直りして、喧嘩して相談して仲直りして、子どもを産んで、それでもあなたが大好き、と。」目から鱗の至言の数々の中にも、夕佳先生が選んだ素敵な物件…いやいや、夫への深い愛情が伝わってくる。それにしても、中学生の娘にこの現実を説く、夕佳先生らしい母親っぷりも痛快だ。

総合内科医としてのもどかしさ


もともと多臓器にわたる内科に関心が高かった夕佳先生だが、総合内科医を目指そうと考えるようになったのには、大阪赤十字病院で研修医として、救急当直をした経験によるところが大きい。病態が多臓器にわたり、どの臓器別専門科にも振り分けられない重症患者さんを数多く目にする中で、トータルで患者さんを診る総合内科医の重要性を痛感した夕佳先生。総合内科医としての経験を積むために、その分野では先進的なアメリカへの臨床留学を考えるも、結婚・出産を優先したいと一度は自ら諦めた。


一方で、母校の大学院へ戻り基礎研究を行う道を選択、その間に2人の子どもを出産した。やはり研究ではなく患者さんと向き合うことこそが私の道だと臨床へ戻ることを決めた頃、夫がアメリカへ研究留学をすることに。今度こそ臨床留学にチャレンジしたい!と、先に渡米した夫を追って、1年半後、2人の子どもとともに渡米。猛勉強の末、ECFMG certificateを取得、幸運なことに第一希望だったヴァージニア・メイソン医療センターとのマッチングが叶い、米国内科レジデントとしての生活が始まった。言葉の壁では悔しい思いをする場面も多かったが、その日のNoon conferenceのトピックを可能なかぎりUpToDateやPocket Medicineで予習したり、朝4時から図書館にこもってプレラウンドして診療プランを立てておくようにしたりと、医療の面では引けを取らないよう努力を積み重ねることで、次第に「あの日本人レジデントはやるな」と信頼を獲得していった。

こうして米国で総合内科医としての経験を積んだ夕佳先生だが、「総合内科医はあらゆる臓器にわたって8割方対応できます。もちろん専門知識では各専門医には適いませんが、患者さんの状態の全体を把握することができます。日本では、まだまだ総合内科医の存在意義は認知されているとは言い難く、‘それでなにができるの?’と考える専門医は少なくありません。しかしながら、やれ心不全だ、いや肺炎だと、各科の押し付け合いで、患者さんが宙ぶらりんにされてしまう光景は、一般的な救急外来ではよく目にする光景です。総合内科医がいれば、複数の疾患にまたがる患者さんを、優先順位の高いほうから、診断的治療を行いながら、治療方針を決めていくことができます。聖マリアンナのように救急が病床を持っていれば、行き場のない患者さんを引き受けることができます。誰も診たがらない重症・複合疾患の患者さんを一手に引き受ける総合内科は患者さんにとってのメリットは大きいと考えます。ただ、心臓カテーテルやステント留置、消化管内視鏡などで病院に収益として明確に貢献できる科とは異なり収益性が低いのも課題でしょう。

アメリカではホスピタリスト、日本語で言うと病棟総合医、総合内科病棟医といった役職があり、専門性を確立していて、各専門家からも一目置かれています。日本の総合内科医の中には長年の経験がありながらも不全感がつきまとう人もいますが、やはり認められていないからだと思います。若手が総合内科医に定着せず、専門性の高いほうへと流れていく大きな要素にもなっています。日本プライマリ・ケア連合学会やACP(米国内科学会)日本支部でも総合内科医やプライマリ・ケア医の社会的認識を高める努力をしていますが、職種として認識されることが重要だと考えています。」

とにかく子育て期間は頭を下げてまわらなくてはならない

3人の娘の出産、親業と同時進行で、着実に医師としてのキャリアを築き上げてきた夕佳先生。「勤務時間を7割くらいに抑えて、勤務時間内に怒涛のように働くことで、子どもが小さい間の4~5年を乗り切ることは可能です。医師としての能力は、初めの2~3年は成長を感じますが、その後は個人の努力に依存する面があります。医師というのは独創性が必要な仕事ではなく、きっちりとこなすことが大切なので、そこから先の成長がフラットにならないように少しずつでも上がり続ければ、成長し続けられます」。

また、「子育て期間はいろんな人にお世話になります。夫を始め、両親に、保育園の先生、ファミリーサポートの方にママ友。‘私は仕事をしているのだから当然’ではなく、感謝の気持ちを持って、‘うちの子がお世話になります、お願いします’と頭を下げてまわらなくてはなりません。それも大切な親業」と語ってくれた。

別れ際、スクラップする新聞記事のコピーをいくつか手渡してくださった夕佳先生。認知症の女性と介護する夫について書かれた記事の「人間を“卒業”した人を相手にしているわけではない。妻は今も、優しく、繊細な女性のままでいる」の部分にマーカーが引かれてある。「そうなのよね、反省」の手書きのコメントに、夕佳先生の人となりが垣間見えるとともに、往復4時間通勤の中でも医師として人として成長を続けるために、1分たりとも無駄にすまいと奮闘する姿が思い浮かぶ。この「水面下での努力」があってこそ、夕佳先生の‘現在’がある。


北野夕佳先生の臨床留学について詳しく知りたい方はこちら
『女性医師のための医学留学へのパスポート』
(財団法人 日本医学医療交流財団/編)

 

 

 

■文 今村美都

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